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7 至急職員室に来るように!

 胸の激痛で飛び上がると、目の前にはいつもの自分の部屋の景色があった。ベッドの上で、制服のワイシャツが体にべったり張り付いていた。


 床に脱ぎ捨てられた制服には、槍やカマで八つ裂きにされたはずの傷はない。昨日のカップラーメンの食べ残しと、ペットボトル、散らかった教科書がある。時計の針の音と、時折に蛇口から水が落ちる音だけが聞こえる。


 あわてて体中を探りまわすが、ヤリでつらぬかれた跡も、腹に手を突っ込まれた跡もない。飛び上がり、鏡を見る。ひどい顔をしているが、間違いなくいつもの俺がそこにあった。


 時計の針は明け方をさしていた。外からスズメの声がちらほら聞こえ始めていた。


「――夢か、だよな。ゆ、夢に決まってる。ったく……」


 ●


 朝の爽やかな春風が通り過ぎてる快晴の下、学園への通学路は生徒たちの登校時間を過ぎ、慌ただしさはない。わずかな遅刻組の生徒たちが走って学園へ向かっているのが見える。

 俺はゆっくりと歩きながら、今は違和感の消えた胸をさする。


「――それで、カマの化け物に追いかけられて、魔女みたいな女に殺されかけた」


 フォークダンスをさぼった俺に不機嫌な雄太が俺の後ろを歩く。そいつに昨日の夢のことを話して聞かせた。


「え……? 先生それって……」


 雄太からもっと詳しく聞かせてほしいとの好奇心に満ちた反応を予想していたが、しばらく無言が続き、どんな顔しているか確かめると、ただ唖然としていた。


「魔女!? 化け物って!? せ、先生、どうしたさ!? 熱でもあるさ!?」


 雄太は俺を驚きの目で見つめる。


「……かもしれない。そうだよな。連日のフォークダンスの早起きで疲れてるんだ、すまん……忘れてくれ」


 俺はそれから何も話さず、雄太と学園まで歩き続けた。

 遅刻した生徒たちが俺たちの背後から走りくる足音にも背筋が凍り、振り向く。その度に雄太は俺を心配そうな目を向ける。


 学園前の校門に到着し、恐る恐る学園の中をのぞき、様子を確認する。玄関に吸い込まれていく生徒たちの姿、教室へ向かう教員たちが渡り廊下を歩く姿が見える。

 そして鮮やかな桜が揺れている。


「……遅刻するから、おいら先にいくさね、先生」

「あ、ああ……」


 校門でしり込みしている俺を置いて、雄太が走って校舎へ向かった。俺は雄太の背中を見送る。

 校内に足を踏み入れるが、昨日の化け物の姿はない。

 あの場所、カマの化け物が襲ってきた旧校舎のトイレを遠くから眺める。普段通りに静かにたたずんでいた。


 昇降口で靴を脱ぎ、校舎の中へ入る。とっくに授業は始まっていて静まりかえっている。

 体育の授業でフォークダンスの練習を行う生徒たちの姿と、愉快な曲が小さく聞こえる。

 学園のどこにも昨日の地獄のような風貌ふうぼう形跡けいせきはなかった。


「だよな、俺もどうかしてた」


 廊下を歩いていると、怒鳴り声や悲鳴が聞こえてきた。


「とんでもねぇことしやがる奴がいたもんだ」


 玄関の近くでは生徒たちが屋上を見上げて騒いでいる。


「イタズラってレベルじゃないぞ! あれ!」

「必ず犯人を見つけ出して処罰するって教師たちが怖い顔で聞き取り調査してたぜ」

「いいえ、もう犯人の生徒はわかってるみたいよ! だから、外部には言わず事件にしないんだって」


 その生徒たちの視線の先をたどる。屋上に視線を向ける。

 俺は昨日の夢を思い出した。

 魔女やカマの化け物、人体模型は、それが屋上から落ちてきて俺の目の前で地面に引きずりこまれてから、現れ始めた。


「うそ……だろ!? ま、まさか――そんなはずは!」


 勤勉きんべんの象徴、口をへの字にして屋上から学園を見下ろしていたあのモニュメント像があった場所には青いビニールシートが覆いかぶさっている。


「せ、先生! た、大変さ!」


 その叫び声に振り向くと、先に教室へ行ったはずの雄太が引き返してきた。


「せ、先生の生徒手帳が屋上の壊れたモニュメント像のそばで見つかったって!」

「……んだとッ!?」

「先公どもが殺気さっきって先生のことを探し回ってるさ!」


 ジャケット裏を探りまわすが、俺の生徒手帳が見当たらない。


「まさか、先生が本当にあれ壊したさ!? どうして!?」

「お、俺じゃない! そんなはずない! そんなのありえない!」


『―――は至急職員室に来るように! 生徒の呼び出し! 一年A組の生徒番号――


 校内放送で俺の名前が荒々しく呼び出されている。俺は後ずさり、雄太の肩をかすめて走り出す。


「ちょ、ちょっと先生! どこ行くさ?」

「――この目で確かめてやる!」


 俺を探している教員の待ち伏せを迂回うかいして屋上に走った。授業中のため、生徒は廊下にはいない。

 走りながら廊下の窓から屋上を見る。風に揺られたビニールシートの下から、モニュメント像のむき出しの鉄骨が時折見えた。


「……どうして、あれは夢なんじゃ――」

「廊下を走ると危ないですよ?」

「生徒会の佐藤!?」


 俺を呼び止めた佐藤は廊下の壁に寄りかかり、屋上を見つめていた。


「この学園は大変な事態におちいりました。屋上で破壊されたモニュメント像は物理的な力では決して崩壊することのない特殊な事情のある代物しろものです。あれが機能していないと実に困るのです」


 佐藤は俺の進路に立ち、意味ありげな視線で俺の顔を覗き込む。


「昨日、だいぶ遅くまで残ってましたよね?」

「……知らない!」


 俺は廊下の中央に立つ佐藤をにらみつける。俺は慎重にその横を通り過ぎる。


「こうなればもう、救いをうしかありません。向こうの世界に関わってしまった以上、貴方にできる唯一は、悪しきものを退ける神秘の力をもった女神、生徒会長金城コミンさんに守ってもらうよう懇願することです」

「向こうの世界? 女神? 金城コミンに守ってもらう!? まだそんなことを言うのかよッ!」


 俺は佐藤の胸元を掴む。


「生徒会室に金城コミンを探しに行ったのが、詮索したのが気に入らなかったんだな!? ええッ!?」

「そう、金城コミン生徒会長に関わってはいけないと忠告したはずです、しかし今はもう――」

「そもそもお前も昨日のいたずらに噛んでるんだろ! フォークダンスじゃ飽き足らず、俺を脅して痛めつけようとして――!」


 俺の怒鳴り声を聞きつけてか、教員たちが廊下に現れ、俺たちの方へ向かってきた。

 それを見た佐藤は俺に小さく言う。


「とにかく、生徒会室へ。金城コミンさんに会ってください」

「は!? 金城に関わるなってお前が!」


 教員たちの姿が見えたので、俺は佐藤を突き離し、走り出す。


「お前があれの犯人という証拠をつかんできてやる!」

「……幸運を」

「ちッ!」

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