1 可愛い生徒会長には近づくな!
その魔女が現れた日の前日……。
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入学して一ヶ月たらずの全新入生に向けて、生徒会長は掲示板にて身の毛もよだつ命令を下した。
『未だ告白経験なき諸君には、1日10通の恋文作成を命ずる!』
『未だ恋愛経験なき諸君には、夜明け前の家庭科の調理実習を命ずる!』
『未だ異性との会話すらなき諸君には、フォークダンス部への入部を命ずる!』
そして、俺を名指しでこうオーダーメイドの特別命令を下した。
「女子を泣かせた俺には、早朝のフォークダンスの練習を命ずる!? 生徒会になんの権限があるんだよッ!」
早朝の夢見が丘学園の校庭で、俺はイライラしていた。
あくびをする雄太は俺の手を握りながら、不平をもらす。
「……なら泣かした女子生徒に謝って、解決したら? さもなくば卒業式まで毎朝ここでおいらとフォークダンスさ……」
俺は地面に広げた体育の教科書を眺めながら、雄太と不器用なステップを踏んでいる。
「拒否すれば内申点に影響とか脅しだ! 卒業した日にはしかるべきところに訴えてやる!」
「でも生徒会の命令に逆らえば、生徒会長からどんな呪いをかけられるか……ぞくッ!」
「まーた七不思議の話か……。雄太、お前も浮かれているというか、平和だな……」
雄太は背丈は俺と同じくらいなのだが、背中を丸め姿勢が悪く、田舎のヤンキーのようだ、というか本人は悪ぶりたいらしいが中身は極めて可愛げのある奴だ。
「あ! 実は昨日、掃除をサボったクラスの男が、旧校舎のお化けがでるトイレで――」
「で! そのお化けがいたって証拠はあるのか? 証拠は?」
「ないけどさ……」
「ならその七不思議も与太話だ」
そして雄太の調子のいいおしゃべりのせいで、俺は小学校からずっと変なあだ名がついて回る。だいたい、それを聞いた初対面の誰もが首をかしげる。
「さすが真面目な”先生”はファンタジー全力で否定っすね」
俺がうなって答えると、雄太はうつむき黙る。
朝練でポニーテールを揺らす体育着姿の女子たちが俺たちのステップを見てはクスクスと笑っている。
ホームルーム開始のチャイムが鳴った。俺は雄太から急いで離れ、参考書を片付け、スクールバッグをつかむ。
そのまだ見ぬ憎き生徒会長がいる、校舎の生徒会室をにらみつける。すると、人影が揺れて、何やらこちらを監視していたようにも見えた。
「ありえない七不思議はいいから、教室に向かうぞ! 担任の体育教官は俺にだけ厳しいんだ!」
女子生徒たちの視界から逃げ、街を一望できる学園の丘から夢見ヶ丘の街を見渡す。
この街には『夢見ヶ丘の七不思議』という噂が根強く定着している。
この街ではお化けが人間にいたずらをする。それが、新入生たちの旬な話題なのだ。
お化けに目覚まし時計壊されてた。
やった宿題燃やされた。
体操着盗まれた。
毎日変わるがわる、さまざまな与太話を耳にする。
放課後の廊下では人体模型が徒競走をして、保健室前の金魚は恋患う女子にウィンクを投げ、毎晩何かがホルマリン液から脱走する。
そんな空想、幻想、夢物語にうつつを抜かす時間があれば、保健の教科書を眺めていた方がずっと有意義だ。
女子生徒の七不思議トークをうんざりするほど聞かされ続け、むしろ本当にいるのではないかと錯覚してしまうほどだ。
もちろん、入学してからそのような怪奇現象に出くわしたことはない。なんかの偶然を大げさに仕立て上げ、物好きな奴がウソを脚色して、暇な奴が広めたウソでしかない。
「いかれてやがる……本当に……」
惰性で終えた朝のHRの後、突然席替えをすることになった。担任の女の体育教官は委員長にその場を任せた。さっさと1限を始めてほしい。
はしゃぐクラスメイトたちはそれぞれが引いたクジをもとに席を決定して、黒板に書かれた座席表に名前が次々と書き加えられている。
クジが1人分余っていることに気が付いた委員長は、ひとり席に座って外を眺めている俺のところへきて口をとがらせた。
「ねー、そこの男子! 参加してよー!」
「……ああ」
俺は委員長をほとんど無視した。すると見かねた担任の女の体育教官が俺の席の隣に立つ。
「おい優等生、お前がクジ引かないと席替えが終わらない。おとなしくクラス行事に参加しろ、フォークダンスより簡単だろ?」
「ふぉ、フォークダンス……毎朝男同士で……くくくく!」
「ええ、エリートフォークダンサー……くすッ! あはははは!」
担任のフォークダンスという茶化しを気に入ったクラスメイトたちが大笑いを始めた。俺はクラスメイトを無視して、窓に向かい頬杖つく。
「そう朝からすねるなって、若者が。席替えが終わればお前の好きなお勉強が始まるんだ」
「残り1つなら、結果はわかってる。別に引かなくてもいいだろ、クジなんか」
「残り物には福があるって言うだろ、だから―――」
「……ない! そんなの、絶対ないッ! ありえないッ!」
突然の大声に教室中が沈黙し、担任に対峙する俺に注目した。俺は担任を睨んだあと、クラス中を見渡す。すると後ろから手が伸びて来て、俺の腕をつかむ。
「先生、よしなって、何も怒鳴ること……」
「雄太、お前は黙れ」
俺は雄太の手を払いのける。
「お前のような生徒に朝から噛みつかれる教師の気持ちを察しないか? 将来の夢が教員なら、お前の内申点を握っている担任の私には―――」
「夢じゃない! 絶対になる! 俺は自力でなんとかする! 誰に頼るもんか!」
「おい、内申点……。お前らのフォークダンスが台無しだと思わないか?」
「――ッ!」
俺の腕をつかむ雄太が涙目でもうやめてと懇願したので、俺は席に座る。
「すみません……でした」
「もう、まるでチンピラじゃないか……。1学期はお得意なお勉強で学年1位をとるより、まず品性を学べな」
「――品性を欠くチンピラ!?」
「――チンピラエリート! くすすすす!」
クラスの女子がチンピラという言葉を気に入ったようで、過剰反応している。
担任は俺の肩をたたいて、委員長はあきれて黒板へ戻る。
俺は引いたクジの番号を確認し、黒板の座席表を見る。
「……。どうやら一番うしろの席だ」
くじ引きが指定した席にクラスメイト全員が落ち着いた。
しかし俺の隣は空いている。
クラス中の意味深な視線が俺の隣の席に集まる。委員長は俺の隣席を見て一瞬ためらうと、黒板に”あの名前”を書き始める。教室がざわつき始めた。
ある生徒の名前がささやかれている。
クラス全員がその名前に釘付けになっていた。
「ま、まさか……!」
背後から雄太の悲鳴が聞こえた。
黒板には、空白の席の枠内に『金城コミン』という名前が書かれ、座席表が完成した。背後からまた手が伸びて俺の背中をつつく。
「――なんだよ?」
「せ、先生ヤバイって! 先生の隣、あの呪われた生徒会長っすよ!」
「――金城コミンか」
「き、金城……こ、コミン……! こいつはマジでやべぇって! せ、先生は夢ある話とか信じないから、きっと、呪いをかけられて……あわわ!」
雄太は持っていたシャーペンを数珠のようにこすり合わせ、手を合わせ俺から遠ざかる。
「……そんなのあるわけないだろ!」
チャイムにより席替えイベントはひと段落し生徒たちは席を立つ。廊下でも、呪いや魔法、七不思議という単語がささやかれる。
クラスの男子生徒たちが金城コミンについて話し合っていた。
「入学式の生徒代表スピーチからさっぱりだよなぁ」
「俺なんかまだ顔もみてないぞ……」
「超美人だって聞くけど、授業にも来ないし、実はお化けだったりして! あははは!」
俺は教室後ろの生徒会長が掲げた学級目標の掲示をにらむ。
『学園内での失恋はご遠慮ください! 生徒会長 金城コミン』
『素敵な愛を育むものこそ人生の勝者! 生徒会長 金城コミン』
『失恋は幸福への門! よろこんで落ち込もう! 生徒会長 金城コミン』
「……全く意味がわからん」
クラスの男子生徒が俺の隣の金城コミンの席に集まってきた。
「ほらエリート先生! 貴重な1枚だ! みんなも拝めよ!」
ある男子生徒が携帯電話で撮影した金城コミンの写真を見せびらかしている。雄太もそれを覗き込む。
「友達がたまたま撮れたんだ!」
「げ、すげー美人ッ! この世のものとは思えないさ! ほら、先生も見てみるさ!」
「……興味ない」
俺はその話題と写真を無視した。
「なあ、大先生! お隣が美人生徒会長でうらやましいよ! 勉強が手に付かず、次のテストも学年1位を逃すだろうな!」
「……うるさい」
「金城さんの美貌に呪われないように気を付けな!」
「そうそう、みんな口をそろえてそう言うよな、呪われるってね」
「――そいつは楽しみだな」
呪われた美人生徒会長……金城コミン。
金城コミンが入学してから夢見が丘の街や学園で七不思議が発生したという。
さらには他のクラスの生徒たちが噂の金城コミンを一目見れないかと教室の中をのぞいている。これほどの物好きたちが学内にひしめいているというのに、彼女の目撃情報はない。
みながあこがれる女子高生ならどんなもんだか見てみたい気もしていた。
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