9 あのチンピラエリートめ!退学だ!
俺の心臓にとどめを刺すため、魔女はつま先で心臓をサッカーボールのように蹴り上げ宙に放り、ヤリを取り出し、ニヤリと笑う。
「やめろッ! やめてくれ!」
「さよーなら、堕して」
「――おい! キミ!」
ヤリを突き出そうとした魔女はぴたりと止まる。そして声が聞こえた俺の背後に視線を移す。
俺も振り返る。
呼び止めたのは教員で、屋上の扉から生徒や教員があふれ出して、騒がしくなる。
「――助かった!」
俺の心臓の激痛がやんだ。
「おい、1年A組の君! この生徒手帳の生徒だな!」
「ほらな、犯人は現場に戻るんだよ!」
「生徒手帳のあいつだ! チンピラエリートだ!」
「見ろ、犯人がこっそりいたずらの続きをしに戻って来てるぞ!」
生徒たちが俺を囲もうとする。
「ちょうどよかった! 見てくれ! 犯人はここに! ――ってあれ?」
俺が指を指した方向には、制服姿の魔女はいなくなっていた。俺は屋上を見渡すが、どこにも魔女の姿がない。
「往生際が悪いぞ! これを壊した犯人だろ! 観念しろ!」
「……違う俺じゃない! 誤解なんだっ!」
教員と生徒たちは、俺に対してじりじりと距離を詰めてきた。
「犯人は七不思議の化け物! そう、魔女の仕業なんだ! この学園に凶悪な魔女が潜んでるんだッ!」
俺の訴えを聞くと、生徒や教員は驚いて立ち止まる。
「――七不思議?」
「――魔女?」
俺に襲い掛かろうとしていた生徒たちは顔を見合わせた。
「……そ、そうなんだよ! 聞いてくれ、本当だ! 魔女がモニュメントを破壊した! トイレから化け物が出てきた! 人体模型が廊下を走った! それもすべて魔女が犯人で――!」
教員、生徒たちは真剣に俺を見つめる。
「あいつ狂ってるのか?」
「――なに……?」
生徒たちはあざ笑う。
「まさか七不思議やお化けのせいにしてるぞ!?」
「ふざけてるの? お化けなんているわけないでしょ!」
「さっき魔女って言ったか?」
「正気じゃないな、間違いなくあいつが犯人だ!」
「……なんだよ、お前らがいつもお化けお化け騒いでたくせに……!」
生徒たちの集団は俺を非難の目でにらんでくる。
「――ッ! どいつもこいつも!」
怒りより、悔しさがこみ上げてくる。
しかし、本物の化け物はちゃんといた。
生徒集団の中の足元に、ひっそりとカマをもった化け物がこちらをうかがっている。
昨日、トイレからずっと俺を追いかけまわした、気色悪い緑色の化け物だ。みんな俺に注目していて、足元の化け物に気が付いていないようだ。
化け物は隠れて監視しているつもりなのだろうか、丸い目はしっかりと俺を凝視している。
俺は昨日、化け物から受けた仕打ちと痛みを思い出した。怒りがこみ上げ、こぶしに力が入った。
足元には、崩壊したモニュメントの瓦礫の中に、手ごろな金属棒の破片が落ちている。
突然、生徒集団の中から、ひとりの女子生徒が俺に向かってきた。
「……ちょっと待って!」
その姿に覚えがあった。
俺が泣かせて、フォークダンスの罰を受けるきっかけ、廊下でノートを落としたあの三つ編みの女子生徒だった。
その女子生徒は何かを訴えながら俺に駆け寄ってくる。
「――痛ッ!? いでで……! ぺクソッ!?」
化け物はその女子生徒の走り出す足に頭を蹴られ、目を丸くして不機嫌な顔をした。俺は化け物の動きに全神経を使いにらみつける。
「みんな、犯人って決めつけるのは早いよ! ちゃんとあの人の話も聞いて――」
そのときだ。
化け物が女子生徒の頭上に飛んできて、怒りの形相でカマを振り上げた。
「メスのクセに無礼! 痛かっだ! 謝レ! ジネッ!」
「危ない! 伏せろッ!」
俺はとっさに足元にあった破片を握り、女子生徒を突き離し、化け物の振り上げたカマに向かって一振りした。
鈍い音と共に、化け物のカマが宙へ弾かれ、遠く見えなくなる。
「……アレ? ぺこき?」
化け物は目を丸くして、カマを失った自分の手を見ている。
すぐに俺は化け物を指さし、生徒たちに向かって叫んだ。
「見ただろッ! みんな、こいつだ! 化け物だ! こいつも犯人なんだ!」
しかし、誰も俺の指さした化け物には見向きもしない。唖然として俺と女子生徒を見ている。どうやら、生徒には化け物が見えないようだ。
足元から震える女子生徒の声が聞こえた。
「ぅぅ……」
女子生徒は俺が突き離し転んだ拍子に膝をすりむいたようで、尻もちして血を出していた。
女子生徒は涙目で俺の握る鋭利な破片を見つめている。その恐怖と懇願は明らかに俺に向けてのものだった。
一斉に集団から怒号がこみ上げる。
「あのチンピラエリートめ! やりやがった!」
「あの女子を助けろ!」
「犯人め! こんなことして退学じゃすまないぞ!」
「もう逃げられやしないぞ! 捕まえろ!」
生徒集団は俺に向かって走り出す。
「――そ、そんなッ!」
「暴力反対! イーケナイダ、イケナイダ! ぺぺぺ!」
化け物は教員の頭に腰掛けて、俺を指差しケタケタと大げさに笑っている。
「先生! 大丈夫さッ!?」
「雄太!?」
慌てふためく雄太が横から現れた。
「先生がお化けがいるって言い出すなんて、おかしいと思ったさ!」
バットを握った雄太は生徒たちの前に立ちはだかる。というより、教員の頭上の化け物をにらみつける。
「……おいらには見えるさ! 本当に学園にお化けがいたんすね!」
「あの化け物が見えるのか!?」
「ああ、不細工に笑って、でも間抜けで弱そうさね! やっつけてやるさ!」
雄太はバットをかたく握り締める。
「あのチンピラたち、抵抗する気か!!」
「そこの犯人二人! 武器を捨てて降参しろ! 逃げられはしないぞ!」
「おい、雄太、今はよせ! バットをおろせ!」
「ペコキ! 武器チェンジッ!」
「痛いッ! うぎゃああ! ……何だコレ!?」
化け物が指をくるりと回すと、雄太の握るバットがサボテンに変化する。雄太はサボテンを放り投げ、手に刺さったトゲを見て絶叫する。
「ぅ、うぁ! 痛ツ! そんな! うそ……! め、女神さま、神さま! お助けください!」
逃げようとする雄太は野球部の坊主頭たちに捕まり、地面に押し付けられ、確保された。
「うぐっ、離すさッ! 化け物がそこにいるさ! 殺されるさ!」
別の野球部たちが俺に走りかかる。
「逃がすな! あのチンピラも捕まえろ! 追え! 追え!」
騒ぎを聞きつけ知らぬ間に集まりに加わってきた血の気が濃いラグビー部、剣道部、柔道部が大勢で襲ってくる。
「……くそ!」
俺は柔道部の掴みを避け、悲鳴を上げる女子生徒たちの真ん中を突っ切り、扉を蹴り、屋上から逃げ出した。
廊下を走るなと怒鳴った教員を突き飛ばし、とにかく走った。
そして、生徒会室と書かれた扉にビタンとへばりつく。
「助けてくれ! 中に入れてくれ!」
ドアノブを動かすも、鍵がかかっていて扉が開かない。
「生徒会長! 金城コミンと話がしたいんだ!」
『ただいま外出中 生徒会長』とかかれたプレートがドアノブに垂れ下がっている。
「……どこに行っているだよ! 早く戻ってきてくれよ!」
迫りくる生徒たちの怒号が大きくなる。
「そこまで来てるんだ! 化け物も狙われてる! ヴァーサー・クーラーだ! 魔女が来たんだ!」
そう叫ぶと、背後から気配を感じる。
頭が激しく振動した。
何かで殴られたと何となくわかった。
「――だ、誰、だ……? ぅぐ……」
そして、ゆらりと大きく仰向けに天井を見上げて崩れ落ちた。




