江戸進軍
いよいよ次郎三郎の堪忍袋の緒が切れる。
彼は一体秀忠に対してどう反撃するのか?
そして時は戻り慶長12年12月(1607年)
南光坊天海に対抗するべく島清興が以心崇伝と名乗る事となり、如何にして江戸幕府へとねじ込むかが次郎三郎たちの課題であった。
「大御所様、如何いたしましょう?」
それぞれが良き案は無いかと思案する中、次郎三郎の心は既に決まっていた。
「明日、表の家臣もいる中でわしの心中を伝える。」
それぞれが次郎三郎の無表情のその答えに不安を抱き夜を過ごした。
お梶の方が閨で次郎三郎の安否を気遣う。
「殿?最近の殿は何やら思いつめたご様子、梶に何かできる事があれば何なりとお申し付けくださいませ?」
お梶の方は心の底から次郎三郎が心配であった。
最初はここまで惚れ込むなどと自分自身思ってもいなかった、しかし体を合わせれば合わせる程、次郎三郎の優しさや気遣いが嬉しくなっていくのだ。
「梶よ、わしは所詮、秀忠殿の家臣筋だ。」
次郎三郎が藪から棒に言う
「はい、承知しております」
梶も次郎三郎が次に何を言うのかさっぱりわからない。
「しかしわしは柳生の家臣ではないぞ?宗矩は心得違いにも徳川の忠臣を暗殺し、事もあろうに上様の御子である秀康殿、忠吉殿をも手にかけた。」
次郎三郎の急激な怒りの爆発にお梶も驚き何も答えられない。
「それだけでは飽き足らず、駿府に火をかけ、兵庫介殿の心まで傷つけた。平八郎と釘を刺した時点で懲りておれば良かったものを、これ以上、天下にこの様な悪人を放ってはおけぬ。」
お梶は嫌な予感がした
「殿、まさか!?」
次郎三郎がお梶に言う。
「そのまさかよ、わしは江戸へ攻め込む事にする」
その言葉を聞きお梶は次郎三郎と共に死ぬ覚悟をした。
しかし残される五郎太丸と長富丸の行く末を慮ると両手放しで次郎三郎を見送ることも出来なかった。
「殿、五郎太丸殿と長富丸殿は如何いたしましょうや?」
お梶がその美しさを怜悧に冷たい表情で次郎三郎を問い詰める。
「五郎太丸と長富丸は忠輝殿に預ける。弥八郎(本多正信の事)と皆川広照に文を書いた、企ての状況にて届けさせるか否かを判断し風魔に届けさせる手筈を整えておる。」
お梶は次郎三郎の固い決意をもう止めることが出来ないと知り、頷く。
「戦場には梶をお連れ下さい、いかなる時も殿と共にありとうございます。」
お梶の申し出に驚く次郎三郎だが、お梶の目を見て説得が不可能である事を知り、不本意ではあるが承知した。
翌日、次郎三郎は主だった家臣を駿府の仮住まいの屋敷に呼び寄せた。
即ち大御所側近・本多正純、鉄砲頭・布施孫兵衛、駿河興国寺藩主・天野康景、駿河沼津藩主・大久保忠佐等々と言った面々が屋敷に集まってきた。
当然その中には六郎はじめ風魔衆や崇伝が居たのは言うまでもない。
「大御所様の麗しき御尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉ります」
天野康景が口火を切る。
「此度我ら駿河衆を召しい出したるは如何なる御存念でござりましょうや?」
大久保忠佐も質問を投げかける。
「我らに何か落ち度あれば何なりとお申し付け下さりませ。」
駿河の大名衆は口をそろえて次郎三郎に申し出る。
駿河の諸将は己に何か不手際があり、大御所にこの度お叱りを受ける為に呼び出されたとばかり思っていたのだ。
「駿河衆よ、此度その方らを呼び出したはお主たちの不手際を叱責する為ではない。」
駿河衆にどよめきが走る。
「しからば、一体何故我らはこれに召しい出されたのでしょうか?」
皆が口をそろえて不思議そうに問いかける。
本田正純がその問いに答えた。
「大御所様に於かせられましては先日、駿府城の大火事にて居城を作り直さねばならぬのは皆々様の御存じと思います」
諸将がざわめく、大火事の話はつい先日の事であった。
しかし、この度の招集と大火事がどう繋がるのかがよく解らなかった。
「大御所様は此度の大火事にて意気消沈している諸将を引き連れ関東にて大々的な鷹狩りを催される御所存にて、その発布に此度皆々様にご足労願いましたる次第。」
駿河衆は「それは景気が良い!!」「さすが大御所様!」「豪儀ですなぁ」「良き案ですな!!」などと口々に発言する。
それを次郎三郎は心地よく聞いていたが、ちらりと正純を見て、正純もその合図に気付き頷き喋りだす。
「しかしながら、此度の鷹狩り、駿府城の大火事にて亡くなりし者たちの鎮魂の催しにて決して駿府衆以外に漏らさぬよう諸将にはお願い申し上げたい。」
諸将はなぜ?と言った風に次郎三郎の顔色を伺う。
次郎三郎が諸将の顔を見て答えた。
「此度の鷹狩りは、江戸の秀忠の対応を試すものでもある。江戸の綱紀粛清する為の鷹狩りと心得よ!この事他に漏れれば江戸へ抜き打ちにて対応を見る鷹狩りの意味がなくなる故、お主たち忠義の家臣には委細決して漏らさず鷹狩りにて存分に采配を振るうがよい!」
次郎三郎のその言葉に集まった一同は「畏まりましてござりまする!」と平伏した。
こうして次郎三郎の秀忠に対する前代未聞の反撃が始まる。
まずは焼け落ちた駿府城の再建を滞りなく進める為に次郎三郎は藤堂高虎と風魔小太郎を呼ぶ。
「高虎殿、この者はわしの子飼いの忍びである。」
高虎は小太郎を見てそのあと次郎三郎に「はっ」と頭を下げる。
「此度の駿府の改修であるが、高虎殿と加藤清正殿が中心になり差配を頼みたいと思っておるのだが、忍び返し等の対策にはこの者の意見を全て聞く様に申し渡しておく。」
高虎はこの者がそれだけ大御所の信頼を勝ち得ているのかと思うとこの忍びの素性が知りたくなった。
「藤堂様、某への詮索は無用に願いたく、甲賀者を害するは忍びなく存じます故。」
小太郎が高虎に釘を刺した。
高虎が甲賀者を飼っている事は既に周知の事実であったが、それを差し向けたとしてもこの者に勝てないというのか?甲賀は忍びの名門だぞ?と様々な思いが高虎の脳裏によぎる。
「高虎殿?もし甲賀を駿府で見かけたならば、わしは迷わず駿府勢で甲賀を攻める故その覚悟を持って臨まれよ?」
高虎の顔から血の気がすっと引いていった。
「大御所様に於かれましては高虎の浅慮、お許しいただきたく!決してそのような事はございませぬ故!」
次郎三郎は笑いながら
「そんなに恐縮するでない、これから駿府の城の普請を任せようというのだ?互いに信頼関係が無ければ成り立たぬであろう?」
高虎はそんな次郎三郎の言葉を聞き
「信頼関係があるならこの忍びの事を教えてくれ」
と心の中で毒づくのだ。
慶長13年(1608年)
年賀の挨拶を伏見城で受けた次郎三郎は関東の様子をつぶさに調べ上げていた。
特に江戸柳生道場の情報は逐一報告させていた。
柳生宗矩と木村友重は粛清の対象であったがゆえこの二人の動向は常に風魔が追っていた。
同年3月、駿府勢の中でも大久保忠佐は甲斐の国から富士吉田側に抜け八王子城跡に布陣した。
鳥見役として風魔が何十名も関東に入っていた事に江戸にいる者は誰も気づいていなかった。
唯一、本多正信だけが次郎三郎の許可を得た正純より報告がありその事を知っていたが知らぬふりをしていたのである。
秀忠は正に上機嫌であった。
邪魔な井伊直政、榊原康政、松平忠吉、結城秀康を前年の内に片付ける事が出来、その上大御所肝入りの駿府城まで火事で焼失させることが出来たのだ。
今迄が失敗続きであった柳生宗矩が大手柄を上げた事に秀忠の柳生への評価は上がる一方であった。
また策を授けてくれた天海には感謝の言葉しかなかった。
「ようやくあの忌々しい次郎三郎に一泡吹かせてやれたわ!宗矩!ようやったぞ!策を立ててくれた御坊にも感謝いたす、これからも余の為に力を貸してくれぃ」
秀忠は喉元迄近づいている猛反撃の事など知らず、呑気に平和を享受していたのであった。
同年4月、本多正信が病と称し所領玉縄へと引き籠るという事件が起こった。
秀忠は良い事は続くものよ!などと言いながら邪魔な正信が江戸から姿を消したことをさらに喜んだ。
この時点で天海は違和感を感じ始めていたが、天台宗の中に作られた天海衆という集団からは何の報告も上がってきてはいなかったので気にし過ぎかと違和感を忘れる様に努めた。
実はこの天海衆、鷹狩りの軍勢に悉く召し取られ、大御所の本陣に連行されていたのである。
同4月、天野康景が多摩に入り、陣を敷いた。
それと時を同じくして次郎三郎が小田原に入る。
突然の次郎三郎の訪問に小田原城主・大久保忠隣は急ぎ江戸へ使者を出そうとするが、次郎三郎に「此度は抜き打ちの反応を見る訓練である」と言われ安堵に胸を撫で下ろす。
大久保忠佐はその頃、八王子城跡を発し江戸城へと向かう。
同年5月、江戸の町から町民の姿が消える。
秀忠は何事かと困惑し宗矩や天海に尋ねるが、どうもはっきりとした答えが返ってこない。
そうこうしているうちに先鋒の天野康景勢が江戸へと到着する。
そこで秀忠は初めて何者かの軍勢が江戸へと向かっていた事を知った。
しかしそれならば小田原の大久保忠隣から早馬が来てもおかしくない。
江戸の町民は既に姿が無く柳生道場のみ通常運転していたのだ。
そうこうしている内に大久保忠佐の軍勢も江戸へと到着し江戸城はこの二つの軍勢に囲まれる形となる。
秀忠は恐慌状態に陥った。
何故幕府の中心である江戸が正体不明の軍勢に囲まれているのか?
それもよくよく見たら徳川譜代の大名達では無いか。
慌てふためいている秀忠に続々と報告が入る。
病と称し玉縄に引き籠っていたはずの本多正信が参勤したというのだ。
秀忠は正信の顔を見るなり怒鳴りつける。
「一体何があったというのだ!!この有り様は何だというのだ!!」
正信は冷静に答えた。
「上様はやり過ぎたのでござります。大御所は大いに怒り、今にも柳生道場を取り囲み皆殺しにすると仰せでした。」
これに青くなったのが柳生宗矩である。
「大御所は何故、柳生道場の者を皆殺しといたすのか?」
秀忠は白を切る。
「私には全く覚えのない事、そちらにいる柳生殿が個人的に大御所の勘気を買ったのでしょう。上様に於かれましては此度は庇い立て無用と存じまする、庇い立てれば上様にも勘気が向くやもしれませぬ。」
正信は冷酷に言い放つ。
「何とかならんのか?」
秀忠は藁にも縋る気持ちで正信に聞く。
「事ここに至れば、こればかりは上様御自ら大御所様と談合せねば収拾がつきませぬ。」
そんな話をしている間に次郎三郎の本体が柳生道場の前に陣取り包囲する形で陣形を整えた。
秀忠は今になって気づいた、大久保忠佐と天野康景は江戸城から軍勢を出させないための抑えなのだと。
すがる様な眼で見てくる宗矩に秀忠は次郎三郎の行いに腹立たしいものを感じるのであった。
「申し上げます!!柳生道場から宗矩殿へ使いの者が見えました!」
江戸城の取次役が柳生の弟子の一人を引き連れてくる。
若者は今にも倒れそうなくらい蒼い顔をし、宗矩の顔を見ると少し安堵したのか泣きながら語り始める。
「ただ今柳生道場蟻の這い出る隙間も無く、1刻後に鉄砲の一斉射撃を行うと大御所様に申し渡されました。」
秀忠はその申し様が少々不思議であった。
「その方、何故取り囲んでいる軍勢が大御所の軍勢だとわかった?」
柳生の弟子は不思議な事を聞かれたと言わんと答える。
「あの南蛮胴と金扇の馬印を持つのは大御所様だけでは無いのですか?」
秀忠は大御所の本気の程度を見誤っていた。
どうせいつもの脅しだろうと高を括っていた自分がどこかに居たのだ。
「不味い、不味いぞ!大御所は本気だ!行けばわしも殺されるやもしれん!!」
秀忠は今になって恐ろしくなった。
「弥八郎、わしは殺されぬであろうか!?行けば殺されるのではないのか??」
秀忠はもはや正常なものの考え方が出来ていなかった。
そんな秀忠を見て宗矩ももう絶望状態である。
「上様に於かれましては、大御所の言う事に全て是と申しなされ、二度と約は違えぬと、誓紙など意味が無いと大御所はもはや上様を信用なさってはおりますまい。」
秀忠の自業自得が招いたとはいえ、一家臣にそこまで譲歩せねばならないのは秀忠の自尊心が赦さなかった。
「もし上様が自尊心を守り、大御所と事を構えると申されるなら、正信微力ながら上様にお味方申し上げる。」
秀忠は叫びだしたかった。
「勝てるわけがないであろう!!」と
「上様がもし柳生殿を心より救いたいと申されるなら一刻の猶予しかございません急ぎ大御所の陣へ参上し大御所の勘気を御解きあそばされませ。」
秀忠は忌々し気に、宗矩を引き連れ柳生道場の付近に敷かれた大御所の陣に参上する。
お梶の方が軍装束に着替え大御所の肩や腕を揉んでいた。
「おぉ、秀忠殿か、わしの采配を見に来たのかな?」
秀忠は次郎三郎のその堂に入った軍装束を見て思った。
「この者は関ヶ原を勝った男であった。俺如きが戦で敵う筈もない」と。
その後ろから柳生宗矩が恐る恐る顔を出した刹那、次郎三郎は宗矩の足元を狙い鉄砲を放った。
大きな音を鳴らし放たれる鉄砲に驚いたのは秀忠と宗矩である。
次郎三郎はお梶より既に次の鉄砲を受け取り今度は宗矩の体を狙っていた。
他の者は戦場では当たり前と言わんばかりに歯牙にすらかけず、着々と柳生道場攻めの準備を進めていた。
甲冑を着込んだ大勢の武士の中にあって急いで江戸を出立した秀忠と宗矩に甲冑を着込む暇はなく、平服でこの軍勢の中に居たのだ。
秀忠と宗矩は周囲の威圧感や大御所の躊躇わない鉄砲の撃ち方に思わず恐れ慄き、気づいたら大御所にひれ伏し許しを請うていた。
「此度の計略は天海の立しものにて、某は止め立て致したのですが、かの坊主が某と宗矩を唆し・・・」
次郎三郎は秀忠と宗矩をぎろりと睨み据え
「なればお主たちに非はないと申すか?」
秀忠と宗矩はそこで黙り込んでしまう。
そこに正信が助け舟を出す。
「上様と宗矩殿に於かれましては目付として某の行き届かざる事多々あり、大御所様に於かれましては何卒寛大なる御心で上様だけでもお許しいただけますよう御願い申し上げ奉ります。」
正信は宗矩を斬り捨てた。
正信にとって徳川家が安泰であればそれで良いのであり、柳生宗矩個人がどうなろうと知った事では無いのだ。
宗矩の顔がどんどん青くなっていく、柳生宗矩は柳生を滅ぼした男として歴史に名を刻もうとしていたのである。
そこに今度は見知らぬ僧侶が口を出してきた。
「大御所様もお人が悪い、若い柳生門下生を皆殺しなど方便にすぎませぬ。」
秀忠も正信も宗矩も初めて見る見知らぬ坊主が大御所に気安く声をかけている事に驚いた。
「大御所、その御坊は如何なる御方にござりましょうや?」
正信が質問する。
正純からの書状にもこのような坊主の事は全く書いていなかったのだ。
正信は正純を軽く睨みつける。
「弥八郎よ、倅をそうそう睨みつけるものでは無いぞ?」
次郎三郎がたしなめた。
「大御所からすれば上様とて倅ではありませぬか?」
正信が負けじと答えた。
次郎三郎は「一本取られたなぁ」などと言いながら笑い始めた。
秀忠と宗矩はひとまず大御所の勘気が解けたと胸を撫で下ろす思いであった。
「この御坊はな以心崇伝殿と申して臨済宗は南禅寺第270世住職にして、帝から紫衣を賜った者である。」
秀忠と宗矩は口を開け間抜け面で崇伝を眺めていたが、正信は違った。
この場に崇伝がいるという事は、この者を幕府の要職に付け天海に対抗せよとの次郎三郎の策略であると即座に読んだのだ。
「上様、如何なさいます?」
正信は単刀直入に秀忠に指示を仰ぐ。
しかし肝心の秀忠は「何」を「如何」するのかわかっていない。
正信は秀忠に以心崇伝がこの場にいる理由を説明する。
「大御所様はこの者を幕府の中枢に据えよと仰せにござります、それをもって此度の柳生攻めは手打ちとなりましょう。」
秀忠は地獄に仏と言わんばかりに
「大御所様の仰せの通りに致します、この御坊を幕閣にお迎えいたします!」
次郎三郎は満足げに大きく頷き、柳生道場の囲みと江戸城の囲みを解かせ、江戸城に入城した。
江戸の町民は南蛮胴を着込み金扇の馬印を従えた大御所の威光にひれ伏した。
それと馬を並べる平服の秀忠は惨めそのものであった。
秀忠の心の奥底にまたもやどす黒いものが渦巻いていた。
次郎三郎は江戸幕府の重臣たちに以心崇伝を紹介する。
その時言った言葉は幕閣たちの肝を抜いた。
「崇伝はな?わしの意を非常によく汲み取る男でなぁ、崇伝と正信の申す事、駿府よりわしが申したと思うて心して励むが良い。」
この言葉を聞いた幕閣たちはもはや崇伝と正信には逆らえなくなっていた。
こうして次郎三郎の痛烈な反撃と以心崇伝の幕府参画は鮮やかに行われたのであった。
ここまで読んでいただき誠に有難うございます。
誤字脱字等ございましたらご指摘いただければ幸いです。
これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。




