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結城秀康

襲撃を受け何とか伏見から越前へと帰った結城秀康

彼の命の灯もまた消えようとしていた。

松平忠吉(まつだいらただよし)の死は伏見の次郎三郎に衝撃を与えた。


それと同じに憤ったのは越前・福井に戻り養生していた結城秀康(ゆうきひでやす)である。


「何故、忠吉は死んだのだ!!」


秀康は激昂して傍に仕えていた土屋正明(つちやまさあき)と永見長次(ながみちょうじ)に問いかける。


「腫物の病と伺っておりますが。」


正明が忠吉の実家である東条松平家(とうじょうまつだいらけ)の正式な発表を鵜呑みにするように秀康に伝える。


「しかし正明よ、忠吉公の死と殿の襲撃とちと都合が良過ぎぬか?」


長次が正明に問いかける。


「都合が良いとは如何なる物言いだ!殿に対し奉り無礼であろう!」


正明が秀康の心中を察し長次の軽々な言葉を諫める。


「良い!長次、都合が良いとは如何なる存念か申せ。」


秀康が長次の言葉に耳を傾ける。


「殿に於かれましては大変不愉快なお耳汚しになるやも知れませぬ。」


長次が改めて秀康に確認を取る。


「長次よ、この秀康、父上の教えを片時も忘れたことは無い。信頼するべきは親兄弟ではない、忠義の家臣と心得よと父上は日頃より仰せである、この秀康にとって忠義の家臣は正明と長次お主らに外ならぬ。故に思った事を申してみよ。」


長次と正明が自分たちがそこまで秀康の信頼を得ていたとは初めて知った。


長次が目に涙を溜めながら


「さすれば言上いたします、此度の一件、江戸におわす上様の仕業と考えれば筋が通ります。」


秀康は思いもかけぬ容疑者に驚きを隠せなかった。


正明はうすうす感じていたのだろう、黙して何も語らなかった。


「秀忠だと?何故だ?正明の様子から致せばそちも何かを知っておるのだろう?遠慮はいらん申してみよ。」


長次が続ける。


「今年、にわかに榊原康政(さかきばらやすまさ)公と本多忠勝(ほんだただかつ)公が襲撃されたとの噂がありました。康政公は襲撃にてお亡くなりあそばし、襲撃を見事撃退した忠勝公は伏見の大御所と共に江戸へ赴かれた由(よし)、その時、江戸の上様は大御所より御不興(ごふきょう)を被り廃嫡の噂もこれあり、江戸幕府3代将軍には殿か忠吉公が選ばれると噂がござりました。」


秀康は初めて聞いた噂に驚いた。


「それは真実か!?」


正明が冷静になだめる様に秀康に言う。


「殿、あくまで噂にござります。しかし康政公は亡くなり、大御所と忠勝公が何らかの荷物を持ち江戸に入ったのは当家の密偵により調べがついております。」


秀康は「何故その事報告せなんだ?」と二人に尋ねた。


「この噂、下手に関われば殿の身にも災いが降りかからんとご報告を差し控えました。」


秀康は二人の忠義を褒めた。


「難しい決断であったろうが、よくぞ堪えた。その方達の忠義は来世まで覚え置くぞ。」


正明と長次は秀康を励ます。


「殿!何をそんなに弱気な事を仰せになります!病如き吹き飛ばして下され!!」


正明は涙を流しながら秀康を激励する。


「そうですぞ!殿!伏見の大御所より拝領の紫雪(しせつ)にて何卒ご療養を!!」


長次も同様に秀康を激励する。


そんな二人の必死な様子を見た秀康が笑いながら


「そなた達、戦場でなくとも意見を合わせる事が出来たでは無いか?」


と笑っていた。


その夜、秀康は夢を見る。


「於義伊(おぎい)(秀康の幼名)よ、これからそちには肩身の狭い思いをさせるやも知れん。これもわしが正妻を憚(はばか)っての所業だ、決して築山(つきやま)を恨んでくれるな、恨むならこの父を恨むのだ。」


赤子であった己が家康に抱かれた時の夢であった。


何故このような夢を見るのか?


「そうかわしは死んだのか?」


秀康はなぜかそう感じた。


心地の良い夢であった。


「父上、秀康は今一度父上にお目にかかりとうござりました。」


まるで遺言の様につぶやく秀康。


そんな秀康を呼び止めるような声が聞こえた。


「殿!殿!!」


正明と長次の声だ。


「あの世へ行くのはまだ早かったか。」


秀康は何とか一命をとりとめる。


目を覚ました秀康は布団の中にいて傍には長次と正明、そしてもう一人見知らぬ男が居た。


「その方、何者だ?」


秀康が見知らぬ男に尋ねる。


見知らぬ男は秀康の質問に答える前に、正明に強壮剤と塗り薬を渡し改めて秀康に名乗る。


「私は高坂六郎と申します、大御所様の影の傍御用を承る忍びにござります。」


六郎は次郎三郎から預かっている三つ葉葵の紋の入った懐剣を秀康に差し出す。


秀康は六郎の身分は分ったが何しに福井まで来たのかがわからなかった。


「六郎と申したな?何故この越前まで参られた?」


六郎は秀康の疑問に答える。


「一つは大御所様手ずからの薬を届ける為にござります、今一つは秀康公を襲撃せし謎の盗賊の話を見聞して参れとの大御所様の指示にござります。大御所様に於かせられましては、玄蕃尾の盗賊を根絶やしにする所存にて」


秀康は大御所の耳の速さに多少驚いた。


つい先日まで忠吉と共に江戸にいた大御所が何故そこまで掴んでいたのか?


いや、それ故に大御所となったのだと理解し、六郎に武将の恥を忍んで全てを報告した。


「という訳だ、六郎殿の存念やいかに?」


六郎は一忍びの自分の意見を聞こうとする秀康の姿勢に驚いた。


「しかし、私は一介の忍びにて。」


そういって固辞しようとしたが


「大御所の影働きを一身に請け負い、三つ葉葵の懐剣まで持たされる忍びは一介の忍びとは言わぬよ」


秀康は先ほどまで生死の淵を彷徨ってたとは思えないほど、六郎の話が聞きたそうに目を光らせていた。


「しからば畏れ多くも言上いたします。」


六郎が言うと「堅苦しいのはよせ」と秀康が言う。


「某の見立てではその者達は野盗ではありませぬ。」


秀康は当然だがその場にいた正明と長次も驚いた。


「野盗で無ければ何者だというのだ?」


秀康が六郎に尋ねる。


「正明様、長次様、秀康公のお話を統合すると見えてくるのは江戸の柳生。」


秀康が「柳生だと?」と訝しげに尋ねる。


「昨今、江戸の上様に於かれましては柳生宗矩(やぎゅうむねのり)なる兵法者を寵愛(ちょうあい)している様子にて、大御所と忠吉公が江戸へ赴かれた際に某が江戸をつぶさに調べ上げた時に宗矩以下、裏柳生の者が江戸から消え失せていた時期と秀康公が盗賊に襲われた時期が重なります。」


秀康がそこで一つの結論に達する。


「では秀忠がこの秀康を狙ったと見立てるのか!?」


六郎は黙して首を縦に振る。


秀康は力なくうなだれる様に


「なんという事だ、兄弟で命を奪い合うとは、まさか忠吉も秀忠により暗殺されたのではあるまいな!?」


六郎は一言「ご明察」と秀康に言った。


「何故だ!何故、秀忠はわしらを狙った!!父上に御不興を買い将軍職から降ろされるのがそれほど恐ろしかったか!?」


その時、秀康は昔、信康が亡くなったと聞かされた時に秀忠に何気なく言った怨み言の様な一言を思い出す。


「父上はお家の為なら我が子でも殺すのだ、信康兄は素晴らしい兄上であった、長丸、お主も気をつけよ。」


それは自分が尊敬してまた優しかった兄・信康が打ち首になったと聞かされた時に呟いてしまった一言であった。


「あぁ、まさかあの時の己の一言が秀忠の心に怨念となり生きていたのか!?」


秀康は心の中で後悔した、あの時余計な事を言わなければ秀忠の性根がここまで腐る事はなかったかもしれない。


その後すぐに秀吉の下へ養子に出された自分を見て、秀忠が「次は自分かもしれない」という恐怖と戦いながらこれまでの人生を過ごしてきたかと思うと己の軽率な一言が秀忠の人生を腐らせたのやも知れぬと後悔の念が堪えない。


「父上にお伝え下され、秀忠の性根が腐った原因はこの秀康にも一因あり、何卒、秀忠のみを責めずに秀康も共にお叱り下さりませと」


六郎はここにきて驚いた。


秀康の潔さ、弟を庇う孝行の気持ち、結城秀康という男は英傑の一人であったのだ。


「畏まりました」


もはや六郎にはそう答えるしかなかった、この英雄の決意と気持ちを踏みにじってはならない。


六郎は秀康に一字一句違えず大御所へ伝える事を約束した。


その後、結城秀康は松平忠吉の後を追うように慶長12年閏4月8日に死没した。


享年は34歳、越前福井は秀康の長男である松平忠直がこれを継ぎ、結城家から死因は梅毒であると正式発表された。


土屋正明と永見長次の両名は秀康に殉死した。


葬儀は結城家が信仰していた曹洞宗の形式で葬祭されたが、次郎三郎が上様と同じ供養をした方が良かろうと、結城家と談合の上、浄土宗の形式で葬儀を執り行い、戒名も曹洞宗の形式から浄土宗の形式に変えたのである。


結城家の社稷(しゃしょく)は秀康の遺言により5男である松平直基(まつだいらなおもと)が引継ぎ結城家の祭祀(さいし)を執り行う事になる。


秀忠はこれにて松平忠吉と結城秀康を無事に暗殺し枕を高くして眠る事が出来たのだ。


次郎三郎は柳生の目に余る暗殺の数々に怒りは爆発寸前のところまで来ていたのだ。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

誤字脱字等ございましたらご指摘いただければ幸いです

これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。

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