駿府城の戦い~城攻め~
いよいよ始まった駿府の攻防、初手は柳生の駿府城への火付けによって次郎三郎を動揺させる。
箱根山で対峙する左近と荘田教高、果たしていくさはどの様に展開していくのか?
島清興の用兵は荘田教高のそれとは比べ物にならなかった。
清興は根っからの戦国武将であり、戦の妙を心得ているのに比べ、教高の用兵は所詮は机上で習った柳生新陰流の教科書通りの兵法であった。
清興は敵陣を駿府側から小田原方面へ一騎掛けをし、敵陣の後背に抜ける。
敵兵は皆、大将首である清興を狙い、我先にと後背の清興を目指し走り出す。
教高はそんな兵の浮つきを収める事が出来ずにいた。
その間に風魔衆20の兵は10名ずつ左右に分れ、敵陣を囲むように攻め立てる。
教高が気付いた時には柳生衆は、もはや清興の術中にあった。
風魔を攻めれば清興がそれを掻き回し、逆に清興を狙えば風魔衆が後背から攻め立てる。
これは清興という大将を囮とした布陣であったのだ。
後手に回ってしまった教高には差し当たり二つの選択肢があった。
方円の陣を敷き防御に徹するか、ある程度の犠牲を覚悟で駿府方面に抜けるか。
この二者択一は教高とっては実質選択肢は無かった。
教高に下された指令は「命に代えても世良田次郎三郎元信の殺害せよ」であったからである。
方円の陣なぞ敷いて、清興に時間を稼がれては駿府で次郎三郎に迎撃態勢を整えられるかもしれない。
数の上では圧倒的に有利とはいえ、万が一という事もある。
ここは清興に構わず駿府へ向かうべきであると決断てから教高の行動は素早かった。
「全軍!!清興に構うな!!我はと云う者に清興の相手を任せる!!10名程にて清興相手に殿申し付ける!!他の者は一人が敵を一人斬ればこちらが数の上では優位である!!柳生新陰流の恐ろしさを敵に見せてやれ!!」
教高の激励は清興の武威で体が縮こまっていた柳生衆を奮い立たせた。
清興は息を吹き返した柳生衆を相手にするのは不味いと素早く判断し風魔兵に一時撤退の命令を下す。
柳生兵は清興と風魔兵の必死の抵抗により30名近くの死傷者を出したが、50名は無傷で駿府へと向かうのである。
30名の柳生の死傷者は箱根の風魔により息ある者は止めを刺され、死体は箱根山へと運ばれた。
一方その頃、突然の大火事に見舞われていた駿府城では、おふう率いる風魔くノ一衆が側室衆の警護は当然の事、それ以外の側用人や使用人達の避難誘導を行っていた。
避難する城勤めの者の中にあり、怪しい動きをする女中がいたのを風魔のくノ一は見逃さなかった。
怪しい女中が気になった風魔くノ一は一組で女中の後をつけてみる。
すると女中はあろう事か駿府城から更に火の手が上がるように、細工をしているではないか。
即座にくノ一は三人の内の一人を頭であるおふうに報告する為に走らせた。
その時である、風魔の発した微妙な違和感にを感じたのか女中は振り向き様に短刀を抜き、くノ一達に突如襲い掛かってきたのである。
その剣筋は見るからにただの忍びのものでは無かった。
くノ一は敵の忍びと思われる女中の短刀を躱し、一度距離を取る。
相手はただの忍びではない、しかし忍びとしては半人前。
それは自分たちが尾行をしている事に全く気付いた様子が無かった事から感じ取った感想であった。
それからあの短刀の扱い、忍びというより剣客?半端な忍術に合わせた剣術。
相手は恐らく柳生忍び。
風魔の二人はほぼ同時に同じ答えに辿り着いた。
風魔のくノ一は目配せをする。
一人は手裏剣と忍び刀で女中姿の柳生くノ一の動きを牽制し、動きが止まった所をトリカブトの毒をたっぷり塗った吹き矢を使い仕留める。
一人は手裏剣を抜き柳生忍びに投げつけた。
風魔の使う手裏剣は手裏剣と呼ぶよりも投剣と呼んだ方がそれに近いものがあり、それを直打法という先端を上に持ち投げる事により弧を描く様に投擲され、斬り刺すと云ったような傷をつける事の出来る大陸由来のものであった。
柳生忍びは投げられた手裏剣を自分に命中する物だけ短刀で叩き落し、手裏剣を投げてきた相手を睨みつける、がそこには手裏剣を投げると共に忍び刀を抜き一足飛びに接近してきた風魔忍びが既に畳一枚分の距離まで迫っていた。
柳生忍びは短刀を構え風魔忍びを突きで刺そうとする。
風魔は元々柳生に剣術で敵うと思っていなかった。
あくまでこの踏み込みはフェイクであり、畳一畳分まで近づいた後、後ろに飛びながら、手裏剣を柳生の足に目掛けて投げつけた。
突きで隙が出来ていた柳生忍びは両足に手裏剣を受け、驚きと痛みから一瞬だけ動きが停止する。
吹き矢を構えていたもう一人の風魔はこの瞬間を見逃さなかった。
即座に柳生忍びの首筋を狙い、一撃で吹き矢を命中させる。
柳生忍びは、トリカブトの毒で痙攣し、時を待たずに絶命した。
風魔の忍びは絶命した柳生忍びの心臓を忍び刀で一突きにする。
油断をせずに、しっかり止めを刺すのも忍びの習性であった。
先におふうへの伝令として走ったくノ一は見た事をおふうに伝え、おふうは避難誘導に当たっていた全ての風魔くノ一に
「火事の裏に忍びあり、他にも潜伏の可能性あり、見つけ次第消すべし」
と指令を出した。
怪しい者は火事の中すぐにあぶりだされた。
風魔はこの者達の名を検めた上でおふうに報告した。
おふうに報告として挙がってきた者は全部で6名、すべて女中として奉公に上がってきた者達であった。
それ以上の事は奉公人を吟味した次郎三郎と本多正純にしか解らなかった。
駿府城への奉公を希望した者達の詮議は次郎三郎と正純で行われていた。
無論、希望した人々の背後関係は風魔忍びが徹底的に洗い出していたが、風魔の情報網を以てしても不審な人物は見つけられなかったのだ。
おふうは正純に事の次第を報告する。
正純はおふうや風魔の事は知らない。
ただ「大御所に仕えている忍びの者」というだけの認識であった。
「ふむ、その6名が此度の大火を起こしたのか。」
正純は少し考えてこの6名の共通点を即座に見つけ出す。
本田正純は父・正信に似て頭の回転が人より優れていた。
周囲を「愚鈍」と見下すような驕りもあったが、それをあからさまには出さず、次郎三郎にも「家康の代わり」としてよく仕えていた。
「この者達は例外なく山科殿の推挙か。」
正純はそう呟く。
「大御所には私からご報告申し上げます、お主は駿府の人々の避難誘導を引き続きお願いする。」
おふうは「はい」と返事をし、闇へと消えていった。
「駿府には柳生忍びはおらぬ、あとは弥八郎が上手くやってくれよう」
次郎三郎のこの発言は駿府に入った柳生忍びを一人たりとも生かして帰すなという決意の表れでもあった。
自分の膝元になった駿府に柳生や天海の手の者を入れるつもりも入った者を帰すつもりも全くなかったのだ。
己が守りたいと思う人々を護れる、そんな次郎三郎の「天領」が駿府であり、駿府城はその象徴であった。
正に今、その駿府城は大火に見舞われ、箱根からはそれと呼応したかの様に柳生衆が攻め込んできている。
十中八九駿府城の火事は柳生の仕業であろう、どのようにして駿府城に忍び込んだかは知らぬが、次郎三郎の怒りは生まれて初めて頂点に達していた。
柳生宗矩と天海が憎かった。
何も、駿府に攻撃を仕掛けた事が憎かった原因の全てではない。
無論駿府強襲も原因の一つとしてあるのだが、何より未来ある柳生の若者たちを己の欲望の為に命を散らせる命令を下した事に腹を立ててた。
「わしをどうこうしたければ兵を差し向ければ早いものを。」
次郎三郎は鉄砲隊30を引き連れ駿府の入り口に布陣する。
鉄砲隊は3名一組とし10の組を作り5隊ずつ左右に展開させ柳生衆を待ち構えていた。
そんな最中、本多正純が次郎三郎の下に到着し駿府城火事の詳細を告げる。
「山科殿が背後にありか。山科殿は恐らく企てを知らぬのであろう。これは恐らくは南光坊天海の仕業だな。秀忠殿にもましてや柳生にもそのような策は扱えまい。」
秀忠は将軍とはいえ、関ヶ原に遅参するような愚鈍な将であり、宗矩はただの一剣客。
公家を巻き込んで城内と城外から同時に攻撃を仕掛けるなどという策を扱えるのならば、上田城で無様な負け戦をしなかったはずである。
それに比べ南光坊天海は信長政権下で様々な戦を経験し、権謀術数にも十分長けた男である。
「しかし、この度火付け役となった6名の娘達は恐らく使い捨てられる定めであったのだろう。城中にて風魔に殺害されればそれでよし、万が一駿府より消えたとすれば、これもまた素性が怪しまれる故、駿府を出たところで柳生に斬らせる手筈であったに相違あるまい。南光坊天海。その所業はおおよそ人のする事では無い。これ以上、奴の好きにさせては天下の行く末は闇の中の闇であるな。いよいよわしも己の手の者を江戸へ送り込むか。」
次郎三郎はここにきて江戸の秀忠陣営への反撃を決意した。
これは次郎三郎にとって大きな決断であった。
主筋の徳川家に反旗を翻すと言っても過言ではない発言であったのだ。
「黄泉の殿も許してくれよう、正信とよく相談し江戸に天界に対抗する者を送ろう。」
正純はその言葉を黙って聞いていた。
正純もようやく決心してくれたのかと心の中で思っていたのだ。
確かに次郎三郎は家康を護れなかった一心で徳川家に滅私奉公を続けていた。
秀忠を征夷大将軍に就け、徳川家の為に次郎三郎が今まで行ってきた。
そもそも秀忠は一番最初に家康の死を知っただけであり、後継ぎの器には結城秀康殿や松平忠吉殿、父・正信が申すには松平忠輝殿もその将器を兼ね備えているというではないか。
仮にも秀忠に忠義を尽くしている次郎三郎に対して今の時点で対立するのは愚策でしかない。
どうしても次郎三郎が気に入らないならば豊臣家を滅ぼして名実共に徳川の天下となってから戦なりなんなりすればよいものを、秀忠は短慮が過ぎるのだ。
次郎三郎と正純がそうこう考えていると柳生衆の先鋒が見えてきた。
次郎三郎は自ら練兵した自慢の鉄砲隊に構えを取らせる。
柳生の兵を引きつけ、それを狙い定めて戦は始まった。
轟雷の如く鳴り響く鉄砲の音。
柳生衆は一人、また一人と鉄砲の玉に倒れて行くが、仲間の死体を盾に徐々に距離を詰めていった。
そして一人の刺客が次郎三郎の下に辿り着き、次郎三郎を刺し殺そうと刀を向けた刹那。
次郎三郎の陰から一人の男が現れ、刺客の両腕を切断し袈裟に切りつけた。
柳生衆は思いもよらない相手の反撃に驚くばかりであった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。
これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。




