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忠輝の手紙

忠輝は事の次第を伏見の家康へと報告する

しかし既に伏見は忍びが容易に入れない城になっていた。

果たして忠輝の手紙は次郎三郎に届くのか!?

川中島を発った黒脛布くろはばきのくノ一は駆けに駆け雪道にも関わらずわずか5日で伏見まで到着した。


しかし、伏見城は忍び対策が完全に施されており、中に入る事はおろか、付近も得体の知れない者が守っているという完璧な防御陣を敷かれていた。


「今、徳川家はどこかと戦でもしているのか?」


くノ一が初めに思った感想であった。


天下泰平と言うにはまだ麻の様な粗さがあるとはいえ、征夷大将軍も2代目である秀忠公に無事譲渡され、徳川に歯向かえるのは豊臣家か伊達家である。


しかし伊達家は徳川家と事を構えるつもりは全くないので、もし反乱があるとすれば豊臣家なのかもしれない。


くノ一が必死に考えを巡らせ、何とか伏見城に入らねばと思案していると背後より声をかけられた。


「もし?お嬢さん、何かお困りのご様子。年寄りで良ければ伺いますぞ?」


そこには飴売りの格好をした老人が立っていた。


くノ一は自分が気配を感じられなかったまま背後に立たれた事に戦慄を覚え、老人から距離をとる。


「何ものですか?」


老人に尋ねるが、老人は答えない。


いや、答える必要が無かったのだ。


くノ一は周囲を見回すといつの間にか自分が得体の知れない忍びに囲まれている事に気付く。


このままでは得体の知れない者に命より大切な主君の密書を奪われてしまう。


そう思ったくノ一は自爆しようとするが、老人が咄嗟の判断で気絶させ、伏見城へ連れ帰った。


伏見城で事の次第を聞いた次郎三郎は忠輝の密書を読み、直ぐに下手人が南光坊天海なんこうぼうてんかいであると理解した。


問題はこの「忠輝暗殺」に秀忠が関わっているのかいないのか?


そのあたりがまだはっきりとしない以上下手に動くわけにはいかなかった。


とりあえずくノ一が目を覚ました時に素性を検める為、自分の所に連れてくるように六郎に申し渡す。


くノ一は目を覚ました時、体に仕込んだ武器、暗器、毒類はすべて取り去られ、着物姿で猿轡さるぐつわをされ、どこかの大広間に居た。


「不味い!これでは自害が出来ない!」


焦ったくノ一に優しく声をかけるこれまた美しい着物を着た女性が居た。


「そなたの体に仕込まれた武器、毒の全ては私が手ずから調べました。決して男性に肌を晒してはおりませんので安心してください。」


くノ一は安心するどころか脂汗をかきはじめる。


「不味い事になった。忠輝様の密書を奪われた上、得体の知れない者達に捕縛され自分が今置かれている状況が全くわからない。」


そうこうしていると、女性が「大御所おおごしょ様がお見えです」とくノ一に言い平伏した。


上座を見ると、そこには徳川家康(次郎三郎)公がいるではないか。


くノ一は自分が家康の手の者によって捕縛され、伏見城内に入り、その上家康に密書が渡った事を理解し、涙を流した。


次郎三郎が「猿轡はそちの自害を止める為のものであるが、もう外しても良いかな?」とくノ一に尋ねるとくノ一は黙って頷く。


「おふう、聞いての通りだ猿轡を外してやれ」


おふうと呼ばれた傍にいた女性が丁寧に猿轡を外す。


くノ一は焦り次郎三郎に平伏し


「大御所様にはご機嫌麗しく、私めは松平上総介忠輝様に仕える忍びでミズキと申します」


次郎三郎は目を見開き


「忠輝が忍びを飼っているという話は聞いておらぬが、お主は何者だ?」


ミズキは徳川家に害意が無いことを伝える為に正直に答える。


「私と数名、くノ一衆が五郎八姫様に付き添い影より忠輝様と五郎八様をお守り申しています。」


次郎三郎はふむふむとミズキの話を聞いている。


「五郎八姫の付き添いとなるとそなたらは元々は政宗まさむね殿の忍びであったという事かね?」


ミズキは肯定の意を表す為、首を縦に振る。


「政宗殿はどれ程の規模の忍びの里を作られたのだね?」


次郎三郎は少し意地悪な質問をした。


忍びの規模を他人に漏らすのは裏切りに等しい行為である。


しかし、天下の徳川家康に逆らえば主家はもちろんの事、一族はおろか里すら滅ぼされる恐れがある。


ミズキはうつむき黙ってしまう。


おふうはそんなミズキを黙ってみていた。


そこにミズキにとっては大きな助け舟がやってくる。


「殿、殿はいつから女子に意地悪をしてその顔を楽しむ趣味をお持ちになったのですか?それは気の強い梶への当てつけでございますか?」


ミズキはふと顔を上げるとそこには、ほっそりとした体つきではあるが、胸は程よく大きく、尻の肉は女性特有の丸みを帯び、肌には張りがあり色白く、眼鼻はスッキリと立ち、唇は厚くも薄くも無く紅をさして美しい女性が家康を子供を叱るように叱責していた。


「すまぬ、この者の忠義を知りたかっただけだ、決してそのような性癖は持ち合わせておらぬゆえ許せ梶よ。」


梶と呼ばれた女性はミズキから見てもそれは美しい女性であった。


「そうでございましたの?次の閨にはそのような趣向を施しても良うございましたのに?」


と意地悪げに梶が笑った。


次郎三郎は「それは残念な事をした」などと呟き、ミズキに再度声をかける。


「そちにもすまぬ事をしたな、上総の忍びと言うからにはその心根が知りたかったのだ、しておふう如何であった?」


おふうが「はい」と短く返事をし


「この者の申しように嘘の色は見受けられませんでした、恐らくすべて真実の事でありましょう。」


次郎三郎は天海の意図と秀忠の関りが見えない故にどうしたものかと悩む。


「上総に文を書く故、そなたは2~3日伏見に逗留せよ、金銀を遣わす故、上総と五郎八姫、そなたの仲間に土産を買っていくがよい。それと上総の手紙と共にそなたら忍びの者に金銀を与える。しかし勘違いするな、これは上総と五郎八姫を護る役目を厳重に果たせという事、場合によっては現地で人を雇い入れても構わぬという事である。」


ミズキは格別の計らいに驚き頭を下げる。


その後、ミズキにおふうを付け伏見城の一部屋を貸し与え、ミズキはおふうの案内で伏見散策をする。


次郎三郎は六郎を呼び、今は幕府の中枢として秀忠傍に仕えている本多正信ほんだまさのぶへ書状を書き、この度の「忠輝暗殺」に秀忠が関わっているのかいないのかを確かめる。


「天海には今下手に手を出さぬ方が良いかもしれぬな。」


天海は徳川家を何とも思っていないだけに秀忠より質が悪い。


しかも忠輝暗殺に向かった下手人は陰流の流れを組む剣の使い手であったと忠輝自身が言っている。


「恐らくは柳生新陰流を教え込んだのであろう、しかし上総殿もよく新陰流相手に生き残ったものだ、いや、その前になぜ上総が陰流の技を知っている?」


次郎三郎は愛洲斬陽あいすきようの事をうっかり失念していた。


「まぁ、上総殿の傍に柳生と同等かそれ以上の剣客が居るとなればこれほど心強いものは無い、後は上総殿に何と手紙を書くかだな。」


次郎三郎は何とかして忠輝に平穏な暮らしをして欲しいと願い、手紙の内容を考えるのであった。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

誤字脱字等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。

これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。

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