善光寺
善光寺で待ち受けていたのはいったい何者なのか?
忠輝と五郎八に降りかかる災難は誰によってもたらされたのか?
善光寺の麓に辿り着いた一行を待っていたのは、天台宗の僧形に身を包んだ10人近くの僧侶であった。
忠輝は頭目と思われる一人の男に声をかける。
「そなたらは、俺を松平上総介忠輝の一行と知って襲撃を企てんと致しておるのか?まぁ、知らぬでも俺の領内でその様な不穏な輩を生かして帰す義理は無いのだがな。」
忠輝は不敵に笑う。
僧侶の頭はにやっと笑い忠輝に答える。
「そちらから名乗られるとは、わざわざこちらから聞く必要は無くて助かるというもの。忠輝殿はこれから善光寺にて黒脛の者に暗殺されるのです。」
というと同時に仕込み杖を抜き、一行に斬りかかってきた。
忠輝は黒脛巾の者に「必死で五郎八を護れ」と簡単な指示を与え、斬陽に「参るぞ」と声をかけた時には斬陽は既に二人の僧侶を斬殺していた。
「殿、この者たちは陰流の流れを組む使い手です。」
短く説明する斬陽に忠輝が頷く。
忠輝は抜刀し、多人数を相手にする時の戦術である最小限の動き、すなわち胴突きで僧侶たちを刺し殺していく。
僧侶たちは思いもよらぬ忠輝と斬陽の反撃に怯んだ。
それが彼らの最大の隙となる。
不動金縛り。
金縛りは現代科学で就寝中に脳が覚醒し体が動かせず、縛り付けられる様な感覚から「金縛り」と呼ばれるのだが、不動金縛りはれっきとした殺人術であった。
相手の心の弱さや隙を突き、強烈な殺気を放つことにより、相手に身動きをさせない気合い術であった。
産まれた時より剣の修行を施された斬陽にとってこの程度の相手を怯ませる事など造作もない事なのである。
「陰流とはいえ修行が足りぬな。」
残酷な目をして呟く斬陽に僧侶たちは立ったまま小便を漏らし、中には腰が砕け立ち上がる事すら出来ない者、恐慌状態になり逃げだそうとする者まで現れた。
五郎八と黒脛巾くノ一は忠輝と斬陽が生み出したその凄まじい戦場に戦慄を覚えた。
忠輝が斬陽に「頭ともう一人を残せ」と指示を出す。
斬陽が「はっ」と答え、次々と僧侶たちを切り捨てる。
五郎八はそんな忠輝が恐ろしかった。
気軽に善光寺参詣を申し出た自分がこの忠輝を引き出したのかと思えば自責の念で潰れそうになる。
忠輝は五郎八に近づき
「俺が恐ろしいか?」
と問うた。
五郎八が「はい」と正直に答えると、忠輝は少し寂しそうな眼差しを五郎八に送る。
五郎八は忠輝の目を見て、わかってしまった。
「忠輝殿、申し訳ございませぬ。五郎八は今しがた忠輝殿の御心を見誤り、恐怖の心から忠輝殿が恐ろしいなどと失礼を申しました、しかし五郎八はたった今目が覚めました。」
忠輝は急な五郎八の申し出にきょとんとした。
「忠輝殿の心根は善人であり優しき心である事を失念していたのです。」
忠輝はそんな五郎八に改めて言う。
「しかし善なる優しい者は僧侶を皆殺しにはしないであろう?」
五郎八は笑いながら忠輝に答えた。
「この者らは姿かたちは僧侶なれど、その本質は忠輝殿を亡き者にせんと企てた刺客、斬られて何の憚りがありましょうか?」
忠輝は五郎八がただの箱入り娘でなく、しっかりと「伊達政宗」の血を引いている事を改めて思い知らされる。
「それに忠輝殿が暴君であれば、家臣は忠輝殿を慕わず、また道中領民に襲われることもあったでしょう。しかし領民は忠輝殿に手を振り笑顔を見せておいででした、戦国大名の妻として恥ずかしい言葉を口にした事を殿は許してくださいましょうか?」
五郎八が忠輝に許しを請うた時に忠輝は五郎八の聡明さと観察眼に驚かされ、また五郎八を一人の人間として尊敬の念を抱いた。
「五郎八よ、俺もそなたを試すような事を申した、許せ。五郎八は忠輝には過ぎたる妻やも知れぬなぁ」
などと言い笑い始めた。
斬陽は僧侶を斬りながら、五郎八と笑いあってる忠輝を恨めしげに見ながら
「殿!二人を縛り上げましたぞ!」
と忠輝に声をかけた。
斬陽の事をすっかり忘れていた忠輝はコホンと小さく咳をして「すまぬ」と謝る。
斬陽は「私は殿の刀にて」等と言うがもはや嫌味にしか聞こえない。
そんな二人の主従を越えたやり取りを五郎八は羨ましく思う。
「私もいつかは忠輝殿の隣を歩きたい」
そんな思いを募らせるのである。
忠輝は僧侶二人と向かい合い詰問する。
「さて、お主たちの素性であるが、今天下の中にあり徳川に弓引く者はそう多くはあるまい?まず、そなた達は圧倒的優位の立場にあった時、我らを黒脛巾の仕業と見せかけて、これを殺害に及ばんと申したな?恐らく伊達殿に罪をなすり付け、何らかの責めを負わせ、得をする者の仕業と思うが、陰流の流れを組む太刀を使うというのが気になる。」
斬陽が忠輝に言う。
「上泉伊勢守の子孫が上杉家に仕え、会津一刀流なる剣術を名乗り広めておりますが」
と言うが忠輝にはどうしてもしっくりこなかった。
「上杉殿は先の関ヶ原に於いて、多くの領地を召し上げられておる。」
斬陽はそれについても答える。
「上杉殿は会津征伐のおり領内で伊達殿と干戈を交えております、それに上杉家宰相・直江兼続殿は伊達殿と犬猿の仲と聞き及んでおります。何らかの遺恨があってもおかしくは無いかと。」
忠輝は思案し
「上杉殿が軒猿衆に会津一刀流を学ばせ忠輝を殺害に及ばんと、斬陽はそう思うのだな?」
斬陽は「いかにも。」と一言答えた。
忠輝は「あいわかった」と言い僧侶に「言い残す事はあるか?」と聞いた。
これは斬陽の考えに一応の筋が通ると思い忠輝がもはや忍びに聞く必要は無いと判断したための最期の慈悲であった。
僧侶の頭は忠輝が刺客の自分に最後の言葉があるか問うてくれた事に驚き恐れながらと言う。
「我らの衆を善光寺にて葬って頂きたく」
と答えた。
忠輝は「あいわかった」と答え僧侶を斬った。
忠輝は黒脛巾くノ一の一人に事の顛末をしたためた密書を持たせ伏見の家康の元へ走らせる。
ひと悶着あったが無事善光寺に参詣した一行は天台の大勧進の貫主に事の子細を話し、山麓の遺体を検分させた。
それによってこの者たちは善光寺所属の僧侶ではない事が判明した、忠輝は遺言通りこの刺客を善光寺にて葬った。
五郎八は念願の善光寺・大本願にて夫婦円満、無病息災を願掛けする。
その甲斐が早速あったのか、忠輝は先ほどの騒動からもはや五郎八を伊達家の忍びとは考えず、今回の事件で伊達家が忠輝に対し害意を持っておらず、敵はまだ見えないが別の所に居る事を知ったのだ。
「敵を知り己を知らば百戦危うからず」奇しくも川中島で上杉謙信公と5度に渡り戦をした武田信玄公がよく学んだ孫子の兵法の一節だ。
未だ見えない敵に対し何の先手を打つことが出来ない自分の無力さに焦る忠輝はまだ15歳であった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘頂ければ幸いです。
これからも『闇に咲く「徳川葵」』をよろしくお願いします。




