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帰る場所 2

 人生で最悪の誕生日だった。あっちでは成人式なんてものがあるくらいには、記念すべき区切りの歳に俺は半死半生に遭い、挙句人を殺した。殺したのはどうしようもない悪人で、それを咎める奴もいない。だが、殺人は周りの人間が思う以上に、俺にとって重い。


 この価値観の違いが、俺と、それ以外の奴らとの違いなんだろう。異世界人と、それ以外の。胸に燻る罪悪感が心を腐食していく。よくもまあ、あの男はこんなものに耐えていた。あいつはやはり、俺よりも心が強い。俺と同年代なら、サイリウムの性能差を以てしても勝てなかったかもしれない。


 でも、俺は独りじゃない。反吐が出るようなこの感情を溶かしてくれる友人達がいる。その中には悔しいことに、クソマッドも入っていることは否定しない。


 片手にいつも通りの掃除用具を引っ提げて、屋上への扉を開ける。冷たい風が吹くそこには、いつも通りに友貴がいた。


「おはようございます、生くん。今日は早いんですね」

「独りでいたくなくてな」


 しばらく休みを取っていたにしては、屋上は綺麗だった。辺りを見渡しても、どの棟にもゴミひとつ落ちていなかった。

 友貴が座るベンチに腰掛け、空を見上げた俺は友貴を話し相手に時間を潰す。


「気味が悪いくらいに綺麗だな」

「私が掃除してたんです。生くんがくるなら、綺麗にしておかないとって」

「そいつは殊勝なことで」


 おかげで暇つぶし(しごと)がなくなったことは黙っておこう。

 初めて会った時から、互いに大きく変わった。友貴は遅れながらも自我を獲得し、俺は純粋に成長した。まだ自身のやるべきことも見つけていない子供だが、宿命は果たした。これからの人生で、あれ以上に壮絶な体験をすることはないだろう。


 友貴はよく笑うようになった。元々よく笑う方ではなかった俺も、こっちに来てからは笑う頻度が高くなった。呆れ半分のものがほとんどだとしても、これも変化のひとつだろう。


「生くんは、これからどうするんですか?」


 何をするでもなく、呆けていた俺に友貴が問いかける。視線をそちらへ移すと、友貴は不安そうな顔をしていた。因縁を終わらせた俺が、この仕事を辞める可能性を危惧しているのだろう。


 そんなことはあり得ない。決して良い給料とは言えないが悪くもない。おおよそ月に二〇万の給金だ。こんなコスパの壊れた仕事は他にないだろう。


「どうもしねえよ。俺はずっとここにいる。お前こそどうするんだよ」


 自分の未来よりも、友貴の未来の方が心配だ。人見知りでコミュ障で、幸か不幸か顔が良い。変な奴に引っかけられないかが気がかりだ。

 そんな俺の親心にも似た心境を知ってか知らずか、友貴はとんでもないことを口にする。


「私、学校の先生になろうと思うんです」

「……マジ?」

「本気です」


 およそ友貴の性格から最も遠い仕事がその口から飛び出したことで、俺は思わず身を乗り出した。勉強面はともかく、精神面が心配だ。乱暴に言えば、教師は人前に出て一時間しゃべり続ける仕事だ。そんなことが友貴にできるとは思えなかった。


 だが、本人の目は真剣そのもので、否定はできなかった。


「なんで、なりたいんだ?」

「学校なら、いつでも生くんたちに会えるじゃないですか」


 今から大学に入って、ストレートで教師になれたとしても、アリスには少なくとも会えないのは分かっているんだろうか。ラックも、金のために特例で副職として教鞭を執っているにすぎない。最悪の場合、俺しか残らない。


 ……友貴も馬鹿じゃない。それぐらいは分かってるだろう。俺の名前を出していることから、俺がいれば、それで満足なのかもしれない。


「頑張れよ。俺はここで待ってる」

「はい。待っててください。私は必ず戻ってきますから!」


 とびきりの笑顔を俺に向けた友貴は、何よりも輝いていた。


 俺に何ができるかは分からないが、俺がそうしてもらったように、支援は惜しまないでいよう。俺はもう終わった、次は友貴の番だ。

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