【10】ザルツ王国の独立、大陸再び戦乱へ
数か月後、ルトニア王都から一通の書状が届いた。
エドガーに謀反の疑いがあるとして、王都への出頭を命じるものだった。
そこには、使者として赴いた息子を捕らえたことも記されていた。
「ばかげている」
エドガーは、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
ラムダスが幼い王子だった頃から、その成長を見守ってきた。
アルバートの息子としてだけでなく、自らもその行く末を案じ、支えてきたつもりだった。
その自分に謀反の疑いをかけ、諫めるために送った息子まで捕らえる。
書状を読み返しても、命令は変わらなかった。
「アルバート大王。
私は、長生きしすぎたのかもしれません。
オスカー殿。
あなたは、よいときに逝かれたのかもしれません。
ルトニア王国が、このように変わっていく姿を見ずに済んだのですから」
エドガーは再び、眼下に延びる街道へ目を向けた。
使者を寄こし、謀反の疑いについて問いただす。
それだけであれば、エドガーも理解できた。
だが、息子を捕らえたうえで、自らにも出頭を命じるとなれば話は違う。
アルバートから東部の統治を任され、長年この地を治めてきた。
その自分が、謀反人として扱われかねぬ王都へ向かう。
息子たちも、共に東部を治めてきた者たちも、黙って見送るはずがなかった。
エドガー自身も、王都へ向かえば、二度とこの地へ戻れぬだろうと考えていた。
王都へ行けば、エドガーは殺される。
やがて、出頭を止めるだけでなく、ルトニア王国から離れるべきだという声も上がり始めた。
アルバート大王から託されたこの地を守るためにも、大王の命令には従えない、と。
だが、エドガーは決断できずにいた。
自分一人の命で大陸の平穏を守れるのであれば、老い先短い命を惜しむつもりはなかった。
捕らえられた息子については、カールの力を頼みにしていた。
長年、アルバート大王を支えた実績があり、ラムダスにとっても叔母に当たる。
いかに独善的になったとはいえ、彼女の言葉まで退けることはあるまいと、信じたかった。
だが、ラムダス大王には、自らの命令が招く結果を引き受ける覚悟があるのか。
あるとは思えなかった。
自分に謀反の疑いをかけ、王都へ呼び出す。
それが東部の離反を招き、大陸を再び戦乱へ引き戻すかもしれぬと、本当に理解しているのだろうか。
周囲の者たちにそそのかされたのだとしても、命令を下すのはラムダス自身だ。
大王である以上、その言葉に流されず、自ら判断しなければならない。
王とは、そういうものではなかったのか。
ラムダスは、父であるアルバート大王の姿を間近で見て育った。
父が何を望み、何のために大陸を統一したのか。
知らぬはずはない。
その息子の命令が今、父の築いた平穏を壊そうとしている。
エドガーは、遠くへ延びる街道を見つめた。
自分が王都を離れてから、なぜここまで変わってしまったのか。
オスカー・エイダンが生きていれば、ラムダスを諫めてくれただろう。
だが、今はもういない。
自分が命を差し出せば、それで済むとは限らない。
東部を共に治めてきた者たちにまで疑いが及べば、誰が守るのか。
「私が、やるしかあるまい」
エドガーはつぶやいた。
その後、エドガー・ザルツは、ルトニア王国からの独立を宣言した。
捕らえられていた息子は、カールの働きかけによって、彼女の屋敷での軟禁に移されていた。
カールは救出部隊と連絡を取り、彼を屋敷から逃がした。
部隊と合流した後、父のもとへ帰還した。
エドガーは、アルバート大王から統治を任されていた大陸東部に、ザルツ王国を建国した。
その知らせを受けたラムダスは、激怒した。
やはり、エドガー・ザルツは謀反を企てていたのだ。
自らの出頭命令が独立を招いたとは考えず、ザルツ王国の討伐を命じ、大軍を集め始めた。
カールは、これを最後の務めと決め、ラムダス大王のもとを訪れた。
エドガー討伐を思いとどまらせようと、言葉を尽くして諫めた。
だが、ラムダスは、謀反人の息子を逃がした叔母の言葉に耳を貸さなかった。
かつて軍勢の進む先を読み、補給を支えたオスカー・エイダンは、すでにこの世にいない。
法と制度を整えてきたカールも、遠征に反対し、政務に戻ることはなかった。
そして、アルバートの最も古い友であり、共に軍勢を率いたエドガー・ザルツは、今や討伐すべき敵となっていた。
かつて同じ目的のために力を合わせた四人が、再びそろうことはなかった。
ラムダスの命で送り出された大軍は、歴戦の将エドガーが守るザルツ王国を屈服させることができなかった。
その敗北は、大陸全土を揺るがした。
かつてアルバート大王に従った各地の王や領主たちは、ザルツ王国が独立を守り抜いたことを知った。
ルトニア王国から離れることはできる。
各地で国の再興を目指す動きが相次ぎ、実際に独立を果たす者も現れた。
アルバート大王が生涯をかけて一つにした大陸は、幾つもの国へと分かれ、再び長い戦乱の時代に入った。
それでも、三百年を超えた今もなお、大陸をただ一度統一したアルバート大王の名は、人々の記憶に残り続けている。




