北へ
ニュースが流れたのは、火曜日の朝だった。
その日、私は外へ出るつもりがなかった。カーテンは閉めたまま、コップには昨夜の水が残り、スマホは机の上で光っては消えた。テレビの音は隣室から壁越しに漏れてきて、途切れ途切れに、私とは関係のない世界がいつも通り動いていることを知らせていた。
その後スマホを開くと、すべての通知が同じことを告げていた。
科学者たちが、新型ウイルスを発見した。
それはすでに、人々のあいだに広く拡散している。
感染しても、熱は出ない。咳も出ない。臓器不全で死ぬこともない。けれど、その影響はもっと静かで、もっと徹底的だった。
感染者は、二度と自分がなりたかった人間にはなれない。
最初は悪い冗談だと思った。
けれどニュース番組のキャスターは真剣な顔をしていた。青い背景の前に座った専門家は、「有効な治療法はまだない」「感染経路は不明」「社会秩序の維持が重要」と繰り返した。
昼には、人々がその病気にさまざまな名前をつけ始めていた。
人生失敗病。
運命壊死症。
どの名前も、うまく言えないものを、どうにか正式なものに見せようとしていた。
午後には、街で泣く人が出始めた。
若い男が地下鉄の駅前で膝をつき、自分は本当なら一流大学に入るはずだったと叫んでいた。中年の男は鞄を地面に叩きつけ、自分は本当なら作家になるはずだったと言った。銀行の前に座り込んだ女は、スマホを握りしめて、何度も「私のせいじゃなかったんだ」と言っていた。
人々は突然、一つの説明を手に入れた。
試験に落ちたのは、ウイルス。
愛されなかったのは、ウイルス。
昇進できなかったのは、ウイルス。
小説が書けないのは、ウイルス。
平凡になったのは、ウイルス。
嫌いだった自分になってしまったのも、ウイルス。
その説明はあまりに大きくて、ほとんど誰の人生でも包み込めた。
政府はすぐに「自己実現回復委員会」を設立した。科学者たちはワクチンの研究を約束した。翌日には、科学者自身が感染していたら、ワクチンを開発する人間には永遠になれないはずだと訴える人々がプラカードを掲げた。三日目には、理想の政府になれない政府に理想の人生を研究する資格はないとして、委員会の解散を求める声が上がった。
四日目、街は汚れ始めた。
ゴミは回収されず、バスは走らず、コンビニは壊され、道路脇の看板には文字が吹きつけられた。
私たちの人生を返せ。
けれど、誰に返してもらえばいいのか、誰にも分からなかった。
私は抗議には参加しなかった。特別に絶望したわけでもなかった。
おかしな話だが、そのニュースを最初に見たとき、私はあまり反応しなかった。たぶん、自分が何になりたかったのか、もうずっと分からなくなっていたからだ。願いの形さえ言えない人間は、願いが叶わないと知っても、うまく悲しめない。
その日の夕方、私は街を長いこと歩いた。
街角にはスーツ姿の男が倒れていて、「本当ならもっと重要な人間だった」と書かれた段ボールを抱えていた。道端では子どもが泣いていた。そばの大人たちは、自分の理想をウイルスに奪われた話をカメラに向かって語るのに忙しく、誰も子どものほうを見なかった。老人が杖を奪われていた。どうせ誰もなりたい自分になれないのだから、支えなんて意味がない、と誰かが言った。
私はそこで立ち止まり、世界がひどくうるさいと思った。
誰もが、自分の失敗した部分にマイクを向けたがっているみたいだった。
そのとき、あなたを見た。
あなたは壊された書店の前に立ち、濡れた地図を持っていた。ガラスはあたり一面に散り、あなたは踏まれて汚れた本を何冊か拾い、入口の脇に戻していた。上着の袖口には灰がつき、髪は風で乱れていた。それでも、少しも慌てていなかった。
あなたは街の人々を見ていた。出来の悪い芝居を見ているみたいに。
どうしてあなたに近づいたのか、自分でも分からない。
あの通りで、傷ついたことを証明しようと急いでいないのが、あなた一人だったからかもしれない。
「ここ、危ないですよ」と私は言った。
あなたは私を見た。
「そうですね」とあなたは言った。「でも、けっこう珍しいです」
「何が?」
「みんなが、自分が何をしているのか分かっているふりを、やっとやめたこと」
私は言葉に詰まった。
あなたは地図を折り、脇に挟んだ。
「抗議しないんですか」と私は聞いた。
「何に?」
「ウイルスに」
あなたは少し笑った。
「それを知る前から、私はなりたい自分になんてなれていませんでした」
「じゃあ、悲しくないんですか」
「悲しいですよ」とあなたは言った。「でも、どんな悲しみも最後にスローガンになるだけなら、ちょっと可哀想すぎる」
その言葉を聞いたとき、通りの向こうで誰かがゴミ箱を蹴り倒した。ペットボトルがばらばらと転がる音がした。
「じゃあ、あなたは何になりたかったんですか」
あなたは手元の地図を見て、少し考えた。
「今日なら」と言った。「北へ行って、オーロラを見る人になりたいです」
「今日?」
「うん。今日はまずそれ。明日は明日で考えます」
あなたはあまりに自然に言った。まるで人生は、一度で全部決めなくてもいいものみたいに。世界が壊れても、まず一つ小さなことを決めていいのだと言っているみたいに。
あなたは私に聞いた。
「最近、暇ですか」
私は混乱した街を見て、ふいに笑った。
「世界中が止まっているみたいです」
「じゃあ、ちょうどいいです」あなたは地図を広げた。「一緒に北へ行きませんか」
後になって、私は何度も考えた。あの日あなたに会わなかったら、どうなっていただろう。
私はそのまま街を歩き、暗くなるまで歩いて、誰もいない橋まで行ったかもしれない。部屋に戻り、カーテンを閉め、昨夜の水と一緒に過ごしたかもしれない。何も起こらず、ただゆっくりと、方向を持たない人間になっていっただけかもしれない。
でも、あなたが現れた。
北へ行こうと言った。
だから、私はあなたについていった。
最初に乗ったのは、臨時で運行を再開した列車だった。
車内には人が少なかった。車内放送は壊れていて、同じ一文を繰り返していた。
列車は途中で止まった。乗務員が、前方の線路を人々が占拠しているため、すべての乗客はその場で待機するようにと言った。文句を言う人が出始め、口論が始まった。ある男は、自分は本当なら有名な映画監督になるはずだったのに、こんな場所で足止めされているのはすべてウイルスのせいだと言った。
あなたは鞄から弁当を二つ取り出した。
「一日過ぎてます」とあなたは言った。「食べます?」
私は消費期限を見た。
「大丈夫かな」
「理想の人生なら、期限切れの弁当なんて食べないでしょうね」あなたは包装を開けた。「でも今、私たちは理想の人生の中にいませんし」
その夜、二人ともお腹を壊した。
あなたは駅のベンチで丸まり、顔を青くしながら、それでも言った。
「これは、少なくとも私たちが生きてるってことです」
「生きてるの基準、低すぎませんか」
「低いほうがいいときもあります。ウイルスに奪われにくいので」
翌日、私たちは北へ向かう貨物車に乗せてもらった。
運転手は無口な中年男で、荷台には配送先を失った家具が積まれていた。
あなたは助手席に座り、地図を膝の上に広げていた。
運転手が聞いた。
「北へ行ってどうするんだ」
「オーロラを見ます」とあなたは言った。
「今?」
「今」
運転手はバックミラー越しに私たちを見た。
「まあ、いいか。オーロラはウイルスで休業しないからな」
あなたは長いこと笑っていた。
臨時の手続き所の前を通ったとき、あなたはどうしても降りると言った。
そこには横断幕がかかっていた。
感染者未達成人生登録所
人々が長い列を作っていた。手には書類を持っている。そこには「本来なりたかった人」という欄があった。
「富豪」と書く人がいた。
「理解される人」と書く人がいた。
「後悔のない人」と書く人もいた。
「普通の人」と書いている人もいた。
あなたは一枚の用紙を取り、その欄に書いた。
今日、雪を見る人になりたい。
係員が眉をひそめた。
「これは形式に合いません」
「どうしてですか」
「目標は、長期的安定性と審査可能性を備えている必要があります」
あなたは少し考えた。
「じゃあ、長期的に安定して雪を見たい、で」
「秩序を乱さないでください」
あなたは用紙を戻し、私に言った。
「ほら。願いまでローン申請みたいに書かなきゃいけない」
そこを離れてから、あなたは早足になった。
私は追いついて聞いた。
「怒ってます?」
「少し」
「どうして?」
「みんな、なりたいものを職業みたいに書くんです」とあなたは言った。「人間は、名前のついた何かにしかなれないみたいに」
あなたは立ち止まり、北の曇った空を見た。
「でも私は今日、雪を見たいだけなんです」と言った。「それだって本当なのに」
その後、本当に雪が降った。
大雪ではなかった。ただ細かな雪が少し舞い、あなたの髪に落ちて、すぐに溶けた。あなたは空を見上げ、目を輝かせていた。まるで雪があなたのために来たみたいだった。
そのとき、私はあなたを抱きしめたいと思った。
けれど、しなかった。
知り合ってまだ数日だったから。
世界がこんなに乱れていたから。
そういう気持ちが信じられるものなのか、分からなかったから。
あなたは私を見た。
「どうしました?」
「なんでもないです」
「なんでもないって言う人、だいたい何かあります」
私は笑った。
それは長いことぶりの、礼儀ではない笑いだった。
私たちはさらに北へ進んだ。運休した駅を通り、標語で塗りつぶされたトンネルを通り、橋を渡った。橋の下の川は黒く、岸辺にはビニール袋が積もっていた。夜は寒く、私たちは橋の下で、拾った段ボールを風よけにして眠った。
その夜、あなたがふいに聞いた。
「あなたは、ウイルスに何を奪われたんですか」
長いこと考えた。
「分かりません」
「それだと、抗議するとき不利ですね」とあなたは言った。「みんなは返してほしいものがあるのに、あなたにはない」
「本当は、重要な人になりたかったのかもしれない」
「誰にとって?」
答えられなかった。
あなたはコートをきつく巻き、橋の壁にもたれた。
「私も昔、そう思ってました」とあなたは言った。「特別な人になりたい。誰かに見つけてもらいたい。自分が無駄に生きているわけじゃないって証明したい。でも、特別って終わりがないんです」
「今は思わない?」
「思いますよ」とあなたは言った。「ただ、先に別のことを考えるようにしました。たとえば明日は温かいスープを探す。明後日はまた北へ行く。その次の日、天気がよければ髪を洗う」
「具体的すぎますね」
あなたは笑った。
「具体的なもののほうがいいんです」
私はあなたを見た。
火は小さく、あなたの顔の半分だけを明るくしていた。あなたは痛みのない人には見えなかった。ただ、痛みに全部を決めさせない人だった。
その瞬間、私はどうしてあなたについてきたのか、ようやく分かった。
北が近づいたころ、ワクチンのニュースが流れた。
最初は噂だった。次にニュースになった。
第一陣のワクチンが開発され、北方の研究所に保管されている。接種すれば、人類は再び理想の自分になる可能性を取り戻せる、と放送は告げた。
ニュースが広がると、街は混乱した。
人々があらゆる方向から研究所へ押し寄せた。車を奪う者、道を塞ぐ者、子どもを抱き上げる者、キャリーケースを引く者。自分の人生で未完だったすべての部分を、あの一本の注射に詰め込もうとしているようだった。
あなたは私の袖をつかんだ。
「人が多いほうへ行かないで」
けれど、人波はすでに迫っていた。
私はあなたの手を強く握った。
その瞬間、あなたの手は冷たく、小さかった。でも力があった。
誰かが間を突っ切った。地図が地面に落ち、踏まれた。あなたがそれを拾おうと身をかがめた。私はあなたの名前を叫んだ。けれど声は人混みに呑まれた。
私が見たのは、あなたが振り向き、何かを言ったところだけだった。
でも、あまりにうるさかった。
聞き取れなかった。
「北へ行って」と言ったのかもしれない。
「待たないで」と言ったのかもしれない。
「明日考えよう」と言ったのかもしれない。
そして、あなたは見えなくなった。
私は長いこと探した。
研究所の前、臨時病院、駅、避難所、道端のテント。踏まれて汚れた地図を持って、会う人すべてに、あなたを見なかったかと聞いた。
彼らは聞いた。
「名前は?」
私はあなたの名前を言った。
「年齢は?」
だいたいを言った。
「特徴は?」
私は、笑うときれいだったと言った。オーロラを見たがっていたと言った。間違った標語を正しい言葉に直したがったと言った。期限切れの弁当でお腹を壊しても強がったと言った。具体的なもののほうがいいと言っていた、と言った。
彼らは、書類に記入できない人を見る目で私を見た。
最後に誰かが言った。
「行方不明者が多すぎます。先にワクチンを打ちませんか」
私も接種した。
列は長かった。番号札を持つ人々の顔には、祈りに近い疲労が浮かんでいた。看護師が消毒し、針が腕に入り、すぐに終わった。
何も感じなかった。
観察区域に座り、壁の標語を見ていた。
もう一度、あなた自身へ。
けれど私は、何者にも戻らなかった。
私は私のままだった。
あなたを見失った人間のままだった。
ワクチンが広がると、世界はゆっくり回復した。
通りは掃除され、バスは再開し、店は開いた。人々は、自分が本当なら何者だったかを広場で叫ばなくなった。彼らはオフィスへ戻り、学校へ戻り、家庭へ戻り、会議をし、試験を受け、恋をし、眠れない夜を過ごした。
ニュースは、社会秩序が安定しつつあると言った。
キャスターは整った笑顔で、人類は「自分になれない病」に打ち勝ったと語った。
私はテレビを消した。
窓の外では誰かが喧嘩していた。下のコンビニは再開していた。子どもが落としたアイスクリームを見て泣いている。母親はしゃがみ込み、手を拭きながら言った。
「大丈夫。もう一個買おうね」
世界は確かに回復した。
元通りの世界に戻った。
私も戻れるはずだった。
元の街へ戻り、仕事を探し、部屋を借り、あの旅は災害の時代の短い逃避だったのだと装えばよかった。
けれど、私は戻らなかった。
北へ進み続けた。
あなたが生きていると確信していたからではない。
終点であなたが待っていると信じていたからでもない。
ただ、それが私たちの最後の共通方向だったからだ。
車に乗せてもらい、歩き、バスに乗った。進むにつれて人は少なくなり、空気は冷たくなった。北へ行くほど、街は低く、空は広くなった。道端の木々は風に削られたように細く、黒い枝を空へ伸ばしていた。
あなたの地図を持っていた。
地図はしわだらけになり、端は破れ、踏まれたところに灰色の跡が残っていた。それでも北は、まだそこに描かれていた。
オーロラの町に着いたのは、夕方だった。
町は静かで、道には薄い雪が残っていた。宿の女主人は年老いた人で、オーロラを見に来たのかと聞いた。
はい、と答えた。
「それは運しだいだね」
「最近、出ましたか」
「数日前に出たよ。きれいだった」
うなずいた。
「一人かい?」
「本当は...」
そこで言葉が止まった。
女主人は何も聞かず、鍵を渡してくれた。
その夜、オーロラは出なかった。
翌日も出なかった。
三日目、空は曇っていた。
四日目、町外れの丘へ行った。雪は固く、靴底の下で音を立てた。空は黒く、星が多すぎて、かえって現実味がなかった。
私は地図を広げた。
あなたが書いた小さな印が、北の端に残っていた。
ここ。
ただ、それだけ。
待っていると、空がゆっくり明るくなった。
最初は雲かと思った。
やがて緑の光が、誰かが夜に薄い布を掛けるように広がっていった。光は流れ、ほどけ、また集まった。音はしなかった。けれど、世界が非常に静かな楽器になったような気がした。
私はその下に立っていた。
長い旅の末に。
たくさんの人が自分が何者だったかを叫んだあとに。
ワクチンがすべてを治したとニュースが言ったあとに。
あなたを見失ったまま。
私は一人の、北に立ってオーロラを見ている人間だった。
それで十分だった。
私は長いこと見ていた。
雪原から風が吹き、目が痛んだ。
そのとき、背後で声がした。
「ほら、言ったでしょう」
声はとても軽かった。
遠いところから来たみたいだった。
私はすぐには振り向かなかった。
風だけかもしれないのが怖かった。
風ではないのも怖かった。
しばらくして、ゆっくり振り向いた。
雪原に一人の人が立っていた。
緑の光が肩に落ちて、顔はよく見えなかった。
手には、地図のようなものを持っていた。
名前を呼ぼうとした。
でも喉が雪で塞がれたみたいになって、声が出なかった。
その人は私に向かって少し笑った。
あなたかどうか、私には分からなかった。
それから何年も、私は自分が治ったのかどうか分からない。
あなたが生きていたのかどうかも分からない。
ただ、あの夜、私は自分が何者になりたかったのかを、もう問い直さなかった。
私はただ、その人へ向かって歩いた。
一歩ずつ。




