7.公爵令嬢は語る
季節は巡り、二度、春が過ぎました。
王政廃止の宣言からもうすぐ、3度目の春。2,000年の栄華を誇ったアッシャー王国は、西アッシャーと東アッシャーに分割されてニタ共和国に統合、特別自治区となりました。
今日はその統合記念日。
旧王都は朝からパレードがおこなわれたり、市が立ったりと、どこもかしこもお祝いムードで大変賑やかですわ。
当初の計画では、2年でニタ共和国がアッシャー王国を完全に吸収する予定でしたが、全く違うイデオロギー同士が完全に混ざりあうのは難しく、しばらくは自治区という猶予期間をもうけることになりましたの。
同じ国の民同士が血流すことなど、あってはなりませんもの。
旧国家で支配階層であった、わたくしたち貴族の生活も、激変いたしました。
貴族は身分を失い、人々は等しく平民に。
領地を持つ貴族は、引き続き所有を認められましたが、民を支配する権利を失ったために、財産には膨大な税金がかけられましたの。
その他にも貴族の私軍や労働形態などに改革のメスが入り、解体や最低賃金の導入など……とにかく貴族が貴族というだけで与えられていた特権は、全て国と民に分配されてしまいました。
ですので、元より領地経営がうまくいっていない貴族が、次々とその所有を放棄。
地主として以前と変わらぬ生活が続いている元貴族は、大分減ってしまいましたわ。
まぁ、仕方ありませんわね。
国が変われば、そこで必要とされる人も変わります。
かつての有力者が新たな国で必要とされなければ、表舞台から去るのみ。それが歴史の常というものです。
そうそう、わたくしたちの話をいたしましょう。
わたくしは念願が叶い、昨年、ニタ共和国の大学に進学しました。と言っても、転移装置のお陰で自宅からの通学。相変わらず旧王都の元公爵邸で暮らしております。
本当は新たな門出を、新たな生活環境でと願っておりましたが、家族の反対され断念を……こちらはまだ叶わぬ夢のようです。
貴族学校で親しくしていた、ジョーンズ元侯爵令嬢とも、大学でご一緒ですの。
彼女とは月日を重ねるごとにさらうち解け合い、いつか二人で大学の側にアパートを借りよう、などと話す仲ですのよ。
ただ、それぞれの思いに多少の誤差がありまして。
彼女ったら、同居するなら家事全般全て自分がするから、わたくしは座っているだけでいい、などと。
わたくしが彼女に望んでいるのは、そんな関係ではないのだけれど。
どうしてか解ってもらえませんの。
それから、なぜか居候のカレンも一緒です。
統合のゴタゴタで、祖父と共にニタとこちらを行ったり来たり。
いつの間にか我が家から姿を消したと思えば、再び我が家に居候。それも、わたくしと同じ大学の入学許可証を手土産に。
仕方がありませんから、わたくしの幼馴染み兼ボディーガード兼秘書として、とりあえず側に置いておりますわ。
私も学生の傍ら事業を興しましたので、秘書としての彼には重宝しておりますの。
ボディーガードとしては、どれほど役に立つかはまだ解りませんけどね。
とりあえず、いついかなる時も、離れず側に居てくれますわ。
婚約破棄の慰謝料として、王家からいただいた王宮は、当時の国王陛下の共和制宣言受諾の儀をもって、その役割を終えました。
国王一家には離宮に移っていただくつもりでしたが、その……元陛下が、どうしても父の下で働きたいとおっしゃって……父もそれを認めたものですから……今は東アッシャー自治区長になった父を支えるべく、副区長として区長公邸にご家族と住まわれています。
当の父は転居を拒み、公邸に転移装置を置き、公務が立て込んだときの仮住まいか、時々顔を出す程度なのですが、元陛下は「兄上の留守は私が守ります!」だなんて、嬉々として留守役を務めていらっしゃいます。毎日楽しそうでなによりですわ。
ですので、住む人のいなくなった王宮を、半分は歴史資料館、半分をホテルとして改装いたしましたの。そうすれば王宮勤めの方々の雇用も保証できますでしょう?
でも、元は王宮であったほどの規模のホテルを維持するには、多くのお客様に支持していただく必要があり、特別なイベントが必要。
それも、他にはない、ここでしか得られぬものでなくては。
どうせならドラマチックな体験ができる、体験型宿泊施設にしようと考えまして。
それなら、わたくしたちの婚約破棄騒動そのものを提供してはどうか、と。
つまり、ご宿泊いただいたお客様に、実際に婚約破棄劇にご参加いただくイベントですわ。
そうしましたら、これが大当たり!!
ストーリーやお客様の配役によって価格に差をつけましたら、あっという間に予約が埋まってしまい、一時的に予約をお止めしなければならない事態になりましたの。
なにしろこちらが用意したキャストは、騒動のご本人である元王太子と元聖女。
特に人気があるのは特級プランで、こちらのお客様はだけは、実際にそのお二人を『断罪』することができますの。
わたくしには何が楽しいのか解りませんが、とにかくホテルは連日満室の大盛況ですわ。
「ちょっと、何なのよ! このバカみたいなスケジュールは!! 全部こなしていたら死ッギャアアア!!」
ホテルのわたくしの執務室に、ドタドタと抗議にいらしたのはアイビーさんです。
そう、聖女と勘違いされて図に乗って、狂乱の限りを尽くして投獄され、更正院送りになった、彼女です。
淑女らしからぬ行いをしたアイビーさんは、更正院で両手足に装着された『ビリビリお仕置き装置』にお仕置きされて床に転がりました。
この装置、元々はニタで流行ったおもちゃなのですが……父がたいそう気に入りまして、少々ビリビリを若干強めに改良して、更正院に取り入れましたの。
アイビーさんの場合は、淑女の振る舞いができなかった時、そこそこの電流が流れる仕様になっておりますわ。
「アイビーさん、ご発言には特に気をつけないと……」
「うう……もうッ!! 王政も貴族も無くなったのに、どうしてこんなことを続けないといけないの!?」
「それは……アイビーさんの更正期間が無期限で、国が変わっても罪が消えないからではないかしら?」
「リジー、愚痴に返事は無用だぞ。ほら、立てよ」
「手助けなんか……無用ですわ」
カレンの差し出した手を断り、アイビーさんは自力で立ち上がって、恨みを込めた目でわたくしをにらみましたが、それは逆恨みですわ。
「スケジュールの件は申し訳ないけど、なんとかこなしましょう。今日は特別な日だから、特級プランのお客様が集中してしまったの」
カレンが用意した、隙間なく予定が詰め込まれたタイムテーブル表を見つめ、わたくしは経営者として話します。
「その代わり、今日のお給料は倍にさせていただくわ」
「当然よッ! ぐわぁぁぁッ」
鼻息荒く言いはなったアイビーさん。再び装置にお仕置され、悶絶なさっています。全く……学習しない方ね。
それに、たとえお給料を倍にしても、その分倍の慰謝料を天引きさせていただきますけどね。
「オリバーさんはまだのかしら?」
「オリーなら、昼休みの間に清掃の仕事に戻ったわ。午後の開幕の時間までには戻るそうよ」
「そう。前みたいに遅刻されたら困りますわ」
「大丈夫じゃない? 最近は他のスタッフも好意的で、オリーのスケジュールを気にしてくれるみたいだから」
「周囲をうまく味方にしたのね」
「そうみたい。何しろ、憧れの『お掃除王子』だもの」
わたくしたちより一足早く平民になったオリバーさんは、今、『お掃除王子』として大人気です。
魔法先進国のニタ共和国には、旧アッシャーには存在しなかった、幻影機という魔力で映像を映す道具が各家庭にございますの。
誰でも簡単に映像を流せ、また誰でも簡単に視聴することができますのよ。
ある日、とある映像でオリバーさんのお掃除術を紹介したところ、大好評だったそうで。以来、すっかり時の人ですわ。
ただの王宮の掃除係から一転、掃除術を教える講師であり、清掃会社を経営する経営者でもありますの。
アッシャー王国では王位継承権を剥奪されたあの方が、王政ではない共和国で王子と呼ばれるなど、面白いお話だと思いませんこと?
そういった理由で大変お忙しいようですが、こちらのお仕事にも快くご参加いただきましたわ。
アイビーさんとは違い、オリバーさんからは王家から婚約破棄の慰謝料をいただきましたから、もちろん慰謝料は無関係です。
かといって、全くの善意というわけでもなく。
そこは元貴族らしく、駆け引きの結果ですわ。
「オリバーさんがいらっしゃるまで、お茶をいただきましょうか。お話がありますの」
わたくしはアイビーさんの衣装合わせを終わらせて、ソファーに促しました。
「アイビーさん、女優になりませんか?」
「はぁ!?」
あらあら?
どうなさったのかしら。
突然、アイビーさんの表情がストンと無表情になりましたわ。
変ですわね。
「ねぇ、カレン。アイビーさんがおかしいわ」
「いや、おそらく……また面倒に巻き込まれそうだが、下手に反論ができないから沈黙したんだろう」
「また、とは? 失礼な」
哀れだ、と呟くカレンに反論いたします。
「アイビーさんは演技がお上手ですもの。女優としても絶対に成功しますわ。わたくしが全面的に応援いたします」
「言い方は謙虚だけど、結局は私で別の金儲けができそうってだけでしょ? あんた、本当にお嬢様なの? だぁぁぁあ!!……もうッ! いちいち痛いのよッ!! お茶はこぼすし、最悪だわ!!」
お茶で汚してしまったドレスをカレンが魔法で直す様子を眺めて、考えました。
確かに。
今のビリビリ加減では、ただの台詞でも反応してしまいそうですね。
それはさすがにお可哀想ですわ。
「そうですわね……でしたら、交換条件にいたしましょうか。わたくしのプロデュースで女優になる代わりに、わたくしはお父様にビリビリ装置を外していただくように進言いたしましょう」
「お話、お受けします!!」
まあ、お返事がお早いことで。
詳細は書面にしてお渡しするとして、このお話は一旦終了です。
その後、予定通りにオリバーさんが合流し、打ち合わせの時に彼からも「このスケジュールでは!」と苦情が入りましたが、もうどうしようもありませんの。お仕事として、受けてしまいましたから。
確かに、朝一番から通常より延長しての最終まで休みなしの1日ですが、今日だけですもの。
よろしくお願いしますね。
投稿予約を一週間間違えてしましました。
こちらは1月27日に投稿予定だったお話になります。




