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カミーユとロザリーの話  作者: 十月猫熊
第1章 ロザリーのお話
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…ん?ちょっと待って?!今、掃除してご飯も、って言わなかかった?


落ち着いてみたら、また美味しそうな匂いが漂っているじゃないかー!

家主が寝てる間に、家を勝手に色々したことに謝ってくれているみたいだけど…本当ならものすごく嬉しい。


…実は、私には家事の能力がないことを、ここ数日で痛いほど、思い知っていたのだ。


一人暮らしを始めたのと、怒涛の仕事が重なった、というのは事実なんだけど…。

多分カミーユもそう思ってくれているんだろうけど…。

実家でたまにやる程度ならましだったけど、私は、どうやら家事が向いてないみたいだった。


仕事が忙しくなかったとしても、今後も恐らくご飯はごく簡単なもの、例えば買ってきたパンに買ってきたチーズを挟む程度とか、出来合いを買ってくるか、抜くか、になりそうなのが目に見えていた。


洗濯も、着替えがなくなりそうだから仕方ない、と切羽詰まるまではやらなさそうで。


掃除も、病気にならない程度までなら放置してもいいかー、と先日思ったばかり。


あ、お風呂は別。

ここは使った後にその流れで掃除するのはセットだから。

お手洗い行って用を足した後にお尻拭いたり水を流すのと一緒。


…てなわけで、入居から10日程度だったのでそこまでひどくなかったけど、まあまあ荒れてはいたわけで。

私ったらよくこんな家にカミーユも先輩も上がらせてたな。


女子として終わっているところをさらけ出していたじゃないか…。


ああ。

そうか。

お父様の言う通り、考え無しってこういうことね…。


「ちょっとごめんね」


思考の海に沈み、泣き止みかけていた私の背中と膝裏に腕をかけると、なんとこの同僚君、私を抱え上げて、ダイニングチェアーまで運んで座らせた。


そして、キッチンに戻ってオーブンをのぞいてから、既に淹れてあったお茶をカップに注いで私の前に置いてくれて、さらに昨日のとは違う野菜たっぷりのショートパスタ入りスープをよそってくれた。


「先に食べてて」

そう言ってから、オーブンを開けて取り出したのは、多分匂いから察するにミートパイ。


そういえば先輩の差し入れに、近頃王都で流行っている焼く前のパイ生地があった気がする。

パイ生地を作るのは大変だけど、これを使えばパイの中身を作るだけで済む。


私だったら、せっかくのパイ生地も、適当に切って砂糖をまぶしてカリカリに焼くのが関の山だったな。


「瓶詰めの塩漬け肉使っちゃった」


なるほど。

引っ越してきたときに、お母様たちが食糧庫や食料棚に詰めていってくれていた食材か。


確認もろくにしていなかったな…。


ここで使ってもらわなかったら、いくら日持ちするとはいえ、気が付いたときにはもう食べられなくなっていたことが容易に想像できる。


うん、瓶詰め塩漬け肉、カミーユに発見されてよかったな、自分の運命を全うできて。


ふと何かに気付いた様子で席を立ったカミーユが、タオルを濡らして魔力を発動させている。


なんだ?と思ったら、ほわっとあったかくなった濡れタオルで、顔を拭かれた。


あ、そうだ、私って寝起きで、さらに泣いたんだっけ。見るに堪えない顔だったか、すまん。


「あの、何から何まですみません」


夕べに引き続いて、お嬢様のような扱いに居心地の悪さを感じながら口を開くと、「なんかおとなしいとロザリーじゃないみたい。とりあえず食べよ?」と言われてしまった。


うっすら悪口を言われた気がするけど、夕べで、この妖精だか子犬だか新妻だか腐れ縁の同僚だかの、料理の腕は分かっている。


お腹がびっくりしないように、お茶を数口飲んでから、スープを口にして、悶える。


「うう美味しいー」


夢中でスプーンを口に運ぶ。


ごろごろと角切りになった野菜と腸詰肉、そして最近はやっている真っ赤な野菜で、スープやパスタのソースにするとめっちゃ美味しいやつのうまみが最大限に出てる。


そしてそのうまみを吸ったショートパスタの美味しいことといったら。


「おかわりもあるよ」


そう言いながらパイを切り分ける手元を見ると、切り分けられたパイの断面から湯気が立ち上って、そんで炒めた野菜と肉が見えて、わあ、なんなの、今日は私の誕生日?


切り分けられたパイをお皿に移して、私の前に置いてくれるこの人は、大天使様か。


夢中でナイフとフォークを動かして、口の中でパイのサクサク感とにじみ出る肉と野菜のうまみと堪能する。

ああ幸せだ。


「ロザリーって外だと良くしゃべるのに、家だとおとなしいんだね」


がつがつ、と言っていい勢いで食べた私が、もう食べられない、とフォークをおいて、いい感じに冷めたお茶を飲んで一息ついていると、我が家に降臨した大天使様がそうのたまう。

あ、天使は甥っ子のシャルルだから、これだけでかいなら、大天使かな、と。


「いや、寝起きに色々衝撃的だったのと、一人暮らししてて一人でしゃべってたらおかしくない?」


「今は僕がいるけど?」


「うっ、まあそういだけど…。それよりまず、あんたなんで帰ってないのよ。私の家の掃除洗濯してないで、帰って自分の家の掃除やら洗濯やらすればよかったじゃない」


「え、忘れたの?この辺りは、要人警護のために、外出禁止だよ?」


「ああああ!そ、そっかあ!」


忘れてた。

夕べからそうなんだった。


「じゃあ、じゃあ、昨日のうちになんで帰らなかったの?そういや先輩の手紙にも休暇中はおとなしくとけっていうようなこと書いてあったよね」


「え、だってさ、先輩が帰ったタイミングで僕も帰ってなかったらもう帰れなかったんだろうけど、あのときはそんな体力残ってなかったし。深夜に闇にまぎれてこっそり帰ろうにも、僕に水音しなくなったら…って言ってたのに、ロザリーが寝落ちしちゃって、仕方ないから風呂に踏み込む羽目になったし。一宿一飯の恩義で、お風呂で寝落ちした君のお世話もしたんだよ?で、大丈夫なのを見届けたら、また死にそうに眠くなって、その、また帰る気力がもうなかったっていうか」


カミーユの話を聞いて、両手で顔を覆う。


ですよねー。


私なんて風呂の中で寝落ちするくらい、まだ疲労が抜けてなかったのに、私より先に起きてご飯を作ってくれてさらに家事までしてくれたというのに。


「ううううううう、ごめん、迷惑をかけた」


「うん、極力見ないようには心掛けたけど、嫁入り前の君の一糸まとわぬ姿を見ちゃったのは、将来の君の旦那さんには言わないでおくよ」


はぅ!


クリティカルヒットですよ!


風呂で寝落ちして気付いたらベッドだった時点でそう気づくべきでしたね!

パンツ以上ですよ、これは!


「すみません。ぜひそうしてください、そして速やかに記憶を消去してください」


私は泣きながらうなだれて、誠心誠意、お願いするしかなかった。



ミニスカートの妖精さんと、裸にバスローブだけの私、での昼食が済んだところで、とりあえず正気を取り戻した私は、ちゃんとした服を着ることにした。


だって私の家だから、私の服はたくさんあるし。


そして春とはいえ半袖ミニスカでは寒かろう、と何か着るものを探したんだけど…。

途中からは本人も呼んで一緒に見繕ったんだけど…。


女性としても小柄な私が、細身とはいえ男性としても長身な男の子が着られるようなものは、やっぱり持っていなかった。

仕方ないので、ワンピースの上から洗い替えのシーツを古代神殿の神官のように巻き付けて紐で留める、ということに落ち着いた。


ふう、ミニスカ妖精から、古代神官にチェンジですわ。


「そ、そういえばカミーユ、下着はどうしてるの?」


は!もしや?と心配すれば、自分のパンツだけは風魔法を使って乾かしたのだとか。


何かと思い至るのが遅いんだよね私。


「そういう、服を傷めない程度の風を出すとか、器用だよねぇ。私、そうやってちょろちょろ出力するのはほんと苦手で」


「うん、知ってる」


学生時代から7年も毎日一緒にいれば、そういうのはバレバレだったか。


「前から思ってたけどさ、威力弱める魔法陣かいたスカーフでも巻いて、とか考えたことないの?」


「!!!!」


なに?この子天才なの?


「どーしてそーゆーこと早く教えてくれないのよー!」


「いや、気付きそうなもんじゃない?」


「私ってね、バカなのよ!」


気付くきっかけさえもらってしまえば、あとはもうあふれ出るイメージが止まらない。


さっそくお出かけ用ではなかったスカーフに威力軽減と、複数の魔法を同時に行使するのを補助する陣を描き始める。

描きながら、ここをこうしたらもっと?とかアイディアが止まらなくて、夢中で描いていて、完成した、と顔を上げると、驚くことに外が暗かった。

まあ、まだ春だから暗くなるのも早いんだけど。


で、外や家の中に干されていた洗濯物は全部畳まれてソファーの上で、私のパンツや肌着も当然畳まれていて、またダメージを受けたんだけど、もうもはや今更だ、と腹をくくる。


そのとき、玄関がノックされる音がした。


キッチンに立っていたカミーユと目を合わせ、とりあえず家主の私が対応に出る。

万が一不審者だとしても、家の中には入ってこられないように結界もあるし。


玄関を開けてみると、巡回途中の警邏の人が二人いて、話を聞くと、外出禁止令を守らずに外出する人が結構いるので、一軒ずつ回って注意喚起をしている、ということだった。


「すぐそこのパン屋までだから、とかそんな安易な気持ちで出たとしても、一晩は牢屋に入ってもらうことになるんですよー。で、今回は特別な案件なので、実は魔道具を使っていまして、僕らが見ていないところでも、外を歩いていると絶対に捕まるんです。食べ物などの備蓄は足りそうですか?困っていることがあれば聞きますよ」


「…それって、昼夜問わずに家から出たら捕まる…?」


「もちろんですね。闇にまぎれて、だなんてなおさら怪しいですから。昼も夜も関係なく」


「…わかりました。困っていることはないです。ご苦労様です」


警邏の人達が隣の家に向かうのを見送って、ドアを閉め、くるり、とカミーユの方に向き直る。


カミーユは、がっかり、という顔をしていた。


「暗殺者集団が相手だから、夜の方がなんなら警備が厳重かもしれないんだね…よく考えたらそりゃあそうか」


「闇にまぎれて家に帰るのは無理か…」


「可哀想だけど、外出禁止令があけるまで、うちにいるしかないねぇ」


家に帰りそびれた可哀想な同僚は、神妙に頷いた。



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