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その後、気持ちを切り替えたのか、気がついたらご飯を作り始めていたカミーユは、巻き付けたシーツはひらひらしてて危ないということなのか、またミニスカワンピにエプロンをしてキッチンに立っていた。
「カミーユさんや、今日の晩御飯は何ですか」
もはや、手伝う気すらない。
何が食べられるのか楽しみで仕方ない。
「えーと、鳥肉のローストと、豆のスープとフルーツのコンポート、あとは丸パン」
「ふああー美味しそうー」
柔らかく煮た豆を裏ごししている手元をしばらく眺めていたら、「あれ、試してみなくていいの?」と言われて、そうだった、とテーブルの上の、午後の力作のスカーフに目をおとす。
「ね、見てみて」
じゃじゃーん、とばかりにカミーユに向けて、びっしり陣を描きこんだスカーフを見せる。
手を止めて、エプロンで手を拭いてから、ところどころ指でなぞって確認したりしつつ、私の力作を見てくれる。
「へえ、すごいね、こうしたら確かにいつもなら二つ描く陣を一つで済ませられる訳か…よく思いついたね」
「でしょ?でね、ここ、ここが…」
しばらく魔法陣談義に花を咲かせていたんだけど、気が付いたらカミーユってば話をしながら手は動いてるのよね、なんて器用なんだ!
「という訳で、憧れの温風を出して髪を乾かす、ってのをやってみたいので、私お風呂に入ってくるね」
「え、今、料理中だから、寝落ちしても気が付かないかもよ」
「そんなにいっつも寝ません!」
若干のバカにされ感をしっかり受け取った私は、ぷりぷりしながらお風呂に向かった。
タオルや着替えを準備して、お湯に浸かると、まだ疲れが残っている感じがする。
休暇はもう明日一日しか残ってないのになー、ご飯食べたらすぐ寝よう、そう思って、ふと夕べはあの子はどこで寝たんだろう、と首を傾げる。
家のソファーは、私でも手すりに頭を載せても、ふくらはぎが反対の手すりの上にのるほどの小さいものだ。一応二人掛けなんだけど、二人だと体が寄り添うように座らざるを得ない。
ヤツの長身を思うと、収まるとは思えない。
うん、仕方ないな、今日は私がソファーで寝よう、ご飯作ってもらって家事もしてもらって、頭上がんないしな。
お湯の中でアンヌに教わった疲れをとるマッサージを足に施し、全身を洗って、お湯を抜く。
お風呂を洗った後に、また水を張りながら体を拭いて着替える。
そして、カミーユのために、あっつあつのお湯にしておく。
多分ご飯の後に入るだろうから、うんと熱くしておけば、冷めていってもちょうどいいくらいになるはずだし、あの子も魔力持ちなんだから自分で調整できる。
そして、スカーフを腕に巻いて、火と風の魔法を混ぜ、温風になるように魔術を発動させる。
ぶわーっと風が巻き起こり、髪がふき上げられる。
もうちょっと弱くー、と調整を頑張っているうちに、髪はとっくに乾いていた。
リビングに戻ると、髪は乾いたものの、もしゃもしゃになっているのをみて、カミーユが目を丸くする。
「あれでもまだ強かったんだね」
「うん、でも練習次第ってとこもあるけど…どこ改善できるかなー」
腕に巻いていたスカーフをソファーの前のローテーブルに広げ、ソファーに座ると、カミーユが右隣に座って、一緒に陣を眺める。
「あ、ここを変えたらどう?」
「でも、それだと消費魔力が」
「君専用だったら気にしなくて良くない?」
「それもそうか」
変えたい場所に手を当てて、魔力で一部を書き換える。
「よし、これでカミーユの髪を乾かしてみよう!後で実験台よろしくー」
「ええー僕?」
「そんな嫌そうな顔しなくても死なないから大丈夫だって」
「はあ、もう長い付き合いだし、実験台も何回目かわかんないしね、あきらめるよ。それより、パンが焼けるまで少しかかるから、…ちょっと座って待ってて」
待て、と指示された私は忠犬のごとく、なんだろ?とソファーで待っていると、カミーユは寝室のドレッサーから私の櫛を持ってきて、ソファーの後ろに回り込むと、私の髪を梳き始めた。
「痛かったら言って」
「えええーカミーユってば私の侍女になったんだろうか…」
「女の子じゃないから侍女にはなれないね」
まるでお姉様に髪を梳いてもらうかのようで、感心する。
「上手だねー何でもできるんだね、研究所辞めたら喫茶店かと思ってたけど、料理人でも、あ、執事でもいけそうだ」
「だからさ、なんで僕仕事辞めなくちゃならないの」
みるみるうちにぼさぼさに膨らんでいた髪がおとなしくまとまってきて、持たされていたけど使っていなかった香油を髪につけられて、いい香りがする。
「おお!これってこんなにいい香りだったのかー」
「家族に持たせてもらったんなら、もったいないからちゃんと使いなよ」
「んんーでもさ、髪がいい匂いしてなくても死ななくない?」
「なんで基準が生きるか死ぬかなの…」
呆れたため息をついて、櫛と香油を寝室に戻しに行った働き者のミニスカ執事は、今度はパンの焼け具合を確認して、オーブンをぱかりと開けた。
途端にさっきから漂ってた香ばしい香りが強く漂って、もう早く食べたくてたまらない。
パンの粗熱をとっている間に、焼けた鳥肉をお皿に盛り付けるのを手伝い、テーブルに運び、豆のクリームスープを私がよそっている間に、カミーユがお茶を淹れた。
「いただきますー」
鶏肉の皮はパリッと、肉はジューシーで、塩加減も抜群、香草も効いてて肉の臭みも感じない。
先輩の差し入れてくれた肉、いい肉だったのかな?
スープも丁寧な裏ごしで、舌触りも良くて。
まだ熱々のパンも、割ると真ん中から幸せな湯気が上がって、かぶりつくと塗ったバターの香りと小麦の甘味がたまりません。
昼にもしっかり食べたのに、また夢中になって食べて、保冷庫から出された甘さ控えめな冷たいコンポートを食べながら、食後のお茶を楽しんでいた時には、またしても、目の前に髪の青い大天使が…と思ってしまった。
「ふぁー食べたぁ!なんか昨日から作ってもらってばっかりで申し訳ないね。明日は私が作ろうか」
「そう言ってさ、朝は起きないんじゃないの?」
「は!なんでそれを」
「だって、一回寝たらいくら呼んでも起きないし。明日もまだ休みだから早く起きるつもりなんてホントはないでしょ?」
「なに?人の心読めたっけ?」
「正直、僕も今回の仕事は結構疲れたから…。帰りそびれてロザリーには申し訳なかったけど、しっかり休ませてもらおうと思ってるし、ロザリーが良く言う、適材適所、でしょ?僕、まずいご飯食べたくないから、ご飯は明日も僕が作るよ」
「ぐっ、ま、まずいご飯…食べてみたこともないのに決めつけるなー…って言いたいけど、その通りかも。明日もどうかどうか、おいしいご飯を作ってくださいませ。そのためなら私は毎日お風呂を沸かして、カミーユ様の安眠に尽力する所存でございますぅー。私、家の主なだけで、ほんと何にもできてない。こちらこそ、帰りそびれただけなのに家のことしてもらって、ごめんね、すごーーーーく助かってる」
「オーブンとか使った形跡無かったもんねぇ。まあ僕としては明後日の朝まで外出禁止なわけだから、追い出されると捕まっちゃうし、追い出さないでくれているロザリーに感謝だけど」
「ええ?バカなの?カミーユを追い出すのと、家に居てもらうのだったら、いてもらう方が私にとってどれだけお得か分かんないの?掃除も洗濯もしてもらって、ご飯も作ってもらえるんだよ?私、今日は、寝て、起きて、趣味かご飯食べてるかだけなんだけど?」
「え…?バカなのはそっちじゃない?」
「へ?なんで?」
いや、私がバカだってのは、重々承知はしてるんだけど、どうバカなのかは教えてもらわないと分からないんだよ!
その辺りがバカの所以なんだよ、教えてくれー、…と質問したのに、お茶の残りをくいっと飲み干したカミーユは、何も言わずにキッチンに食器を下げ始めた。
「あああ、今回の食器洗いくらいは私がやるから、お風呂入ってきて!」
ぐいぐいと背中を押すと、分かったよ、とばかりに椅子の背にかけてあったエプロンを私に着けてくれて、お風呂へと向かってくれた。
ここにきて、カミーユの謎行動の理由がなんとなく分かってきた気がする。
カミーユってセリーヌちゃんという名前の妹がいるんだよね。
学院で四年生の時に一年生に入ってきたから、たまに見かける程度で、合同授業とか絡むことは一切なかったんだけど。
カミーユに似て、青みがかった髪がさらっさらで、華奢で細くって、こちらも妖精さん、って感じの儚いイメージを抱かせる女の子で、めっちゃ可愛くって、見かけたときは興奮したのを覚えている。
で、カミーユと私は同じ歳だけど、私は背があんまり伸びなくて小柄なせいで、もう20歳だっていうのに16、17歳位に見られることもあるような残念さ。
つまりは、私のことは妹みたいに思ってて、そう扱ってるんだね!
私の実家だったら、狭いし、干し場を見れば家族の下着が干されてるのなんて丸見えで、男物の下着を見たからって私もなんとも思わないし、そんな訳で女の子のおパンツなんて、きっとヤツにも見慣れたものに違いない。
妹ポジションだったら、こうしてお世話してもらっても違和感ないよねー。
なるほど、大納得だよ!
食器を洗って拭く間に、一宿一飯の恩義にしちゃ、まめまめしい、カミーユさんの謎行動にとっても納得のいく結論が出て、ふむふむ、と一人頷く。
妹ちゃんはまだ最終学年で学院にいてなかなか会えないだろうし、『妹かまいたい欲求』を私で発散させているなら、付き合ってやろうじゃないか。こっちにはお得しかないしねー。
そして、私も生粋の妹だから、得意だ!任せとけ。




