第66話 協力狩り。
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アイアンゴーレムは沈黙を貫いている。
それはただ口が物理的に無いからだけど、まるで語る事が煩わしくて無意味な事だと伝えてきているように感じた。
会話をして意思を主張する私達人類の口は、鋼鉄の兵器にとっては無意味で無価値で無駄である機能だと冷笑しているようだった。
これが、傲慢な鉄の人形であるアイアンゴーレムから感じ取った雰囲気だった。
私達を簡単に振り払い、容易に叩き潰す力を持たされて、人の形をしているがそれは無駄を削ぎ落とされ最適化している。
それゆえにとても無機質で冷たかった。
「…行こう。マリアさん、コロロちゃん……えっと…。………頑張…って!」
私が声を張り上げると同時に、マリアが大剣を担いで突き進んだ。
アイアンゴーレムは機械的に迎撃するべく、その重機のような拳を持ち上げる。
「させま…せん!!」
けれどマリアが大剣を横に力強く振り回して、重機のような拳を叩き伏せた。
けれど、あまりダメージになっていない。
でも、もし普通の鉄の大剣だったら本来はダメージにすら成らなかった。
コロロ曰く、マリアの大剣は特殊な武装らしく、【ドゥームヘビーソード】って言うらしくて、どうやら物凄く強い性能を持っているらしい。
敢えてゲーム的に例えると、メタ武器と言えるくらいには凄い性能を持っている。
みぃが使っている剣も同じシリーズらしい。
そんな凄い武器を使っているのに攻撃が通用しないのは、このアイアンゴーレムが異常なだけだ。
堅牢過ぎるだけなら、マリアの脅威にはならないだろう。
アイアンゴーレムはその重機のような巨体から繰り出される攻撃が最も脅威で、その拳はあらゆる物を無慈悲に粉砕する。
マリアが防御出来たのは、単に武装が強力な物だったからで、もしも普通の鉄の大剣だったりしたら…きっと想像することすら憚られるような惨状になっていただろう。
「せい!…はぁ!!」
マリアはそんな危険な怪物と正面から挑み、破壊的な攻撃を抑制させている。
生身の人間が遮蔽物の無い場所で戦車を相手にするのと同じくらい危険な事だ。
それでも怖じける事無く、拳を持ち上げる度に大剣で叩き落として、一歩踏み出そうとする度に魔法を当ててアイアンゴーレムの行動を制限させている。
何が何でも、この傲慢な鉄の人形に行動させないようにしてくれている。
けど敵はアイアンゴーレムだけじゃ無い。
今は試練の最中だから、敵は次から次へと湧いて出て来る。
人形兵と時計の化け物は、マリアだけでもまだ何とかなったけど、あの空を飛び私達を嘲笑うように見下ろす醜悪な怪人、≪ガーゴイルパトローラー≫が卑劣な攻撃をちょっかいをするように入れてくる。
厄介なのは空中を浮遊していて、マリアの大剣が当たらないのだ。
それに、同じく空中を浮遊する怪物のクロックシャフトシーカーよりも高い機動力を持っていて、マリアの魔法攻撃が当たらない。
もちろん、マリアの腕前なら怪人に集中すれば倒せるだろうけど、アイアンゴーレムを相手にしている中でそこまでは手が回らない。
だから、ここは私達の出番だ。
私とコロロは軽く目でサインを送り合い、行動のすり合わせを行う。
そして、お互いに杖や本等の魔法デバイスを持ち、詠唱に入る。
「内なる力よ…今一度私の為に具現化し…目の前の……敵を貫け。……(マジックアロー)!」
「内なる力よ~…今一度アタイのために具現化し、目の前の敵を貫け~(マジックアロー)~!」
殆ど同時に詠唱して、お互いに読む速度を調整して、私は青白い矢を撃ち、コロロはクリスタルの矢を射った。
「ギャァアア!?」
その二つの魔法の矢は真っ直ぐほぼ同時に着弾して、怪人を浮かせる左右の羽を撃ち抜いた。
翼を失い優位性を喪失したガーゴイルをマリアが大剣で叩き切った。
そしてついでのように薙ぎ払い、アイアンゴーレムの胴に力強い斬撃を叩き込む。
「不意の強撃も効きませんか…アイアンゴーレム……厄介な相手ですね…」
マリアは少し悔しそうに歯を食いしばり、でも少し楽しそうな視線を向けた。
まるで、並の敵には飽きてやっとの事で強敵と相対した歴戦の戦士のような雰囲気を感じ取った。
「けど…ご主人様と共にした時、わたくしはもっと強大なあの≪ドゥームゴーレム≫を打ち倒した事があるのです!今更、ただの鉄塊に負けるわけが有りません!」
自分を鼓舞するマリアは大剣を右手で担ぎ直し、もう一本腰に滞納していた剣を左手で引き抜いた。
それは試練の直前になって、何処からかシルミアが用意してくれたドゥームソードだった。
みぃが持っていた剣とは別の物だ。
『ほぅ?劣化した老いぼれのくせになかなか頑張るな。ふんっ、腐っても妖精か。本人は騎士等級程度だと称していたが…勇者…あるいは英雄に届きそうだな?』
皮肉屋が何かを言っていたけど、私はマリアの雄姿に目を奪われていて、彼の戯れ言を無視していた。
幼い背中でも隠しきれないようなその空気が張り詰めるようま闘気は、彼女が動き武器をぶつけて轟音を響かせる度にこちらに伝わった。
質量に任せた大剣の一撃は的確にゴーレムの拳を打ち落とし、左手の剣から出される流れるような斬撃の数々が鋼鉄の剛体を切り刻んでいく。
攻撃に熱中して見えなくなっている訳でも無く、ゴーレムの反撃や取り巻きの魔物の支援攻撃を身軽な体捌きで対処している。
汗を流して凜とした目で舞う姿はまるで、劇場で踊る歌劇の大女優のように優雅で情熱的だった。
「そろそろいくよ~!アタイが合図を出したら、その通りに動いてね~!」
簡単に指令を下したコロロは一歩前に出て、本を見開き手を添えた。
そして、足元に前もって置いていた杖を蹴り上げて、もう片方の手でパシッと受け取った。
「内なる力よ、今一度アタイの為に具現化し、敵を貫く槍となれ!…内なる力よ、今一度アタイの為に具現化し、敵を貫く槍となれ!……内なる力よ!今一度アタイの為に具現化し!敵を貫く槍となれ!!」
コロロは真剣な表情で同じ呪文を何度も繰り返した。
呪文を重ねる度に彼女の額から汗が滲み、握り締める杖は中途半端に混ぜた絵の具のような色がジワジワと拡がっていった。
コロロが立っている空間だけがグニャリと歪んで見えて、ただ事では無いことがよく分かった。
『なるほどな。多重詠唱による保留と凝縮か。侵食で身体が引き裂かれるどころか…最悪、降臨まで起こしかねない事をこうも躊躇いなく行うとはな。…流石は元・五星賢者だ。』
より一層集中を高めるコロロは杖を持ち上げて、最後のスペルを高らかに宣言した。
「流星よ…穿て!!!(マジックスピア)~っ!!!」
力強く杖を振り下ろし、捻れる杖先で地面を突いた。
ガツンと鈍く軽い音が響いたと同時に、三本の結晶の槍が高速で撃ち出された。
まるでクリスタルの流星のような槍は、アイアンゴーレムの剛体に叩き付けられ、ガラスの割れるような音と金属が軋む音を同時に響かせた。
その三撃はあの鉄壁の肉体に確かなダメージを与えたようで、如何なる攻撃にも耐えてきた傲慢な鉄の人形を初めて怯ませた。
「がはっ…ぐ…うぅぅ…!!」
詠唱を終了したコロロは額を苦しそうに押さえながら、歪み捻れ続ける杖を手放した。
杖はグニャリと歪んで焼けた木炭のようにボロボロと崩れて、地面の染みとなって完全に消滅してしまった。
その地面もまるで泥沼のように変質してしまい、さっきの大技の対価がどれ程危険な物なのかを如実に表していた。
「コロロ様、お疲れ様です。そして、感謝します。この好機を決して無駄にしません。無駄にさせません!」
そう決意を伝えるとマリアが大剣を盾のようにして正面を防ぎながら、左手の剣を握り直してアイアンゴーレムに突進した。
アイアンゴーレムも迎撃しようと腕を振り上げたが、その腕にめがけて私は魔法を撃って注意をこちらに惹かせた。
「はぁ!!!」
スライディングでアイアンゴーレムの横払いを紙一重で避け、その鋼鉄の懐に潜り込む。
左手の剣をさらに強く握り直し、加護を宣言して高速で斬撃を交差させた。
「《バタフライスラッシュ》!」
光り輝く二つの斬痕がより強く発光して、炸裂する閃光がアイアンゴーレムに追加のダメージを与えた。
そのまま連続で次の加護を使用する。
大剣を持ち上げ狙いを定めたマリアが一息の間で振り下ろし、堅牢なアイアンゴーレムの装甲を叩き切る。
「…《ソードブレイカー》!」
ずっしりと重い過撃が、アイアンゴーレムに真っ直ぐ叩き付けられる。
連続で使用したスキルにより、無敵と思われたアイアンゴーレムの装甲をついに剝がした。
分厚い鉄の装甲が地面に墜落して、ゴーレムの中からゴロリと丸い水晶のような物体が流れ出て来た。
ソレには幾つもの管に繋がれていて、少し脈動しているようにも見える。
濁った中を覗き込むと、何かが入っているのは分かったが、ソレが何なのかはどうしても分からなかった。
なんにせよ、ソレがアイアンゴーレムの心臓であるのは間違い無さそうだった。
「…リリィ…様…。………ミカ……たん…!…行って!」
「はぁ…はぁ…!ごほっ!げほっ!!ミカ様…!とどめを!」
コロロもマリアも、連戦の疲労と体力の消耗によって動けなくなっていた。
今戦えるのは、ずっと見守っていた私だけだった。
私は今、重大な役目を任されているんだ。
失敗は赦されない、最も重要な役目。
…私は弱く、無力でちっぽけな存在だ。
だから、二人が確実に倒せるように、私のためにこの展開になるように調整してくれた。
その厚意と成果を私は無駄にしてはいけないんだ。
「…!はぁ…ふぅ…。……っ!」
まだズキズキ痛む傷を撫でて労りながら、私は目の前の丘を睨み付ける。
非力な私の敵意なんて、この傲慢の化身にとっては矮小なモノだろう。
でも、絶対的優位を崩されて自らの弱点を無様に曝け出しているこの状況では、私の敵意も命を奪う剣と同等の凶器なんだ。
私は杖をギュッと抱き締めて、前のめりになりながら、アイアンゴーレムの懐まで駆け抜けた。
「はぁ…!はぁ…!」
そして、杖の先をその心臓に押し付けて、私は荒ぶる呼吸を落ち着かせた。
その間に私はその心臓の中にあるモノと、目が合ったんだ。
「………っ!!」
ソレは小さな赤子の亡骸だった。
水晶だと思っていた心臓はその赤子を抱く揺り籠で、鋼鉄の鎧の中に隠し持っていたんだ。
それがアイアンゴーレムの正体であり、これからする行いの重大さにようやく気付いたんだ。
これから、私は子供を…人の命を奪うんだ。
異世界に転生した時から、何となくそんな展開も在るんだろうとは思っていたけど、実際に私がこの手で他人の命を奪う事態に遭遇すると、自分の考えがどれだけ安いモノだったのかに気が付いた。
「はぁ…!!はぁ…!!はぁ…!!はぁ…っ!!!」
自分が人殺しになる。
そんな言葉がずっと私の頭の中を駆け巡り、心臓を嫌らしい手付きで撫でまわす。
覚悟を決めたと思っていたのに、それが想像以上に軽いモノだったと分からせられた。
躊躇っていると、人形達がジリジリとにじり寄ってきた。
早く、今すぐにとどめを刺さないといけないのに、私は人殺しになる事を恐れていた。
そうして、グラグラする視界で赤子の淀んだ目を合わせていると、呆れた声が聞こえた。
『もう良い。クソニート、さっさと下がれ。後はこの俺がやる。』
その声は、ずっと私のそばで見守っていて、外野から野次のように悪意を飛ばしていた憎たらしい皮肉屋のモノだった。
私の意識がまるで、紐でキツく縛られた上で強引に引っ張られるような、鋭く締め付けるような痛みと不快感によって強制的に奪われた。
そして、再び第三者視点となり、私は自分自身を俯瞰することになった。
さっきまで恐怖で動揺していたからか、その怯えの余波で身体が少し震えていた。
全身汗でビッショリとしていて、息が荒くなっている。
けれど、その眼光は深い鮮血のような赤に染まり、怯えた表情も、氷のように冷たいモノとなった。
「大した覚悟をして無いのに、よくもまあ戦場に立てたな?」
その声は私の物だったけど、私が発するよりもずっと鋭くて、言葉は氷のように冷たいのにその芯は怒りと言う名の炎で焚かれていた。
「…ゴーレム。クソッタレな魔術協会の遺産。堕ろし子をコアに組み、窮屈な鋼鉄の肢体に押し込み、操作者を自らの親だと暗示させ、命令を遂行させる魔導兵器。」
アドリーは杖を握り締め、ギリギリと歯を軋ませた。
その軋む音は歯から発せられたのか、杖を握る指が軋む音なのか、私には判別が出来なかったけど、肉体の持ち主である私はその両方から若干の痛みを感じたから、恐らくは両方なのだろう。
「確かに不快な物だが…これは試練だ。砂時計に封じられた黒星の悪意と記憶から再現された幻影…紛い物だ。」
赤子を睨み付けるながらアドリーは、私の声とは思えない程に低い声で断言した。
つまりこれは人の形こそしているけど、その本質はただの幻で、人形のような物なのだ。
アドリーの発言が本当なら、私は人殺しに成らなかったと言う事だ。
それなのに私は…自分本位な恐怖で折角の好機を捨てようとしたのだ。
仲間達が命を懸けて手繰り寄せた、この展開を捨てようとしたんだ…。
「こんなただの亡骸相手に震えるとは…情け無い通り越して、はぁ…呆れたな。甲斐性無しで、無能で、非力なクソニート、その上自分の手は汚したくないと駄々をこねるクソガキとはな。下半身は小便で汚しまくってる癖に、手だけは潔白でありたいと言うとは笑えるな?」
そう吐き捨てると退屈そうに、彼は魔法を無言で撃ち、鉄壁で護られていた赤子を殺した。
『他の文明を壊し尽くしてでも、破滅を拒みたかった。』
『激しい感情に振り回されてでも、我を通したかった。』
先導者を討たれた集団が統率力と士気を失うように、試練の魔物達も同じように統率力を失ってしまったようだ。
第二波はこれで終わり、最後の第三波に挑むだけだった。
「………。」
アドリーは無言で地面を虚ろに見下していた。
その眼差しには私への侮蔑が込められていたんだ。
私は仲間達から期待されて、託されていたのに、自分勝手な感情で期待を裏切ったんだ。
アドリーの軽蔑が、私の心に深く刺さって残った。