第44話 神の器回収の失敗。そして、逃せぬ好機。
アタシの名前はヒューリー=アローズ。≪教会の剣≫の二つ名を持つ白銀信徒だ。アタシら白銀信徒は生命の信仰者の暗部そのものと言ってもよい。
アタシらの仕事は、教皇や光の使者共の護衛やお世話、敵対勢力の監視と粛清、凶悪な魔物の排除等、とても表に出せないような汚れ仕事を遂行する事だ。
今日も教皇の護衛として数時間、教皇の隣に立っていなくてはいけない。
気怠さを感じるが一切表に出さず、仕事に従事していると銀の鎧に身を包んだ神聖騎士がこちらに近づいてきた。
「教皇様…!遠征中の回収隊からの伝書が到達しました!」
一人の白色信徒の神聖騎士が一通の伝書を持って教皇の前に立つ。
「なんだね?…読んでみなさい。」
「はい!…我ら回収隊は2週間もの遠征を経てかの国に到着しました。道中、武装した賊と交戦して6名の灰色信徒が犠牲になり…」
「重要な箇所だけを読め。無駄な文は読まんで良い。」
「はっ!失礼しました!………器が囚われている牢に着き、3日も調査をしましたが器は既にいませんでした。…よって、我らはこのまま帰路に着きます。い…以上です!」
伝書は作戦の成功の知らせではなく、失敗の報告であった。
どうやら、器はあの牢から逃げ出したらしい。
そしてそのまま行方をくらまされ、回収どころか捜索も難しくなった…か。
教皇は顔には出さなかったが、かなり失望したようだ。
「………。」
教皇は沈黙する。そして目で「確かか?」と確認を試みるが、けつの青い神聖騎士には理解できなかったみたいだ。
「で…では…!失礼しました!」
神聖騎士は役目を終えたと誤解してその場を離れようとした。
その行動が、苛立っている教皇の逆鱗に触れた。
「≪教会の剣≫よ。やれ。」
教皇は静かに命令を下した。
「承知しましたっ。」
アタシは神聖騎士が反応できない速度で、大鎌を振り下ろし、左足を刎ね飛ばした。
「え…?」
神聖騎士は何が起こったのか理解できなかったみたいだ。
まあ、当然だ。痛みを感じるよりも早く切断したからな。
アタシが何をしたのか理解するころには、痛みが伝達されるだろう。
少し間が経ち大聖堂に悲鳴が響き渡った。そしてガキみたいに喚きながら足を抑えて転げまわった。
ハハッこいつは愉快だな。まさか、鎧ごと斬り飛ばされるなんて考えてもみなかったんだろうな。
アタシが笑いを堪えていると教皇が話し出した。
「良いか?俺は寛大だ。高潔なる教皇の前に無断で立ち、無駄な文を読み苛立たせても俺は許した。だが…俺が指示を言う前に下がったお前は(軽蔑)だ。≪生命と救済の神≫の代弁者である俺の前で極罪を犯すなど…寛大な俺でも見過ごせぬわけがない。言っている意味がわかるな?」
「は…はい……!!もうじわげ…ございまぜんでじた…!!!もうにどどじません…!!」
「そうか。反省できるとは(尊敬)だな?神は正義を忘れぬ者に救済を与える。≪教会の剣≫。」
「承知しましたっ。」
アタシは斬り飛ばされた左足を拾い上げ元あった部分にくっ付けてやった。だが、ガキは痛みのあまり悶えやがる。たくっ…動くなよ?
「(メディカルヒール)っ。」
少しだるい気持ちで詠唱短縮して、ガキの足をつなげてやった。が、これでは骨が治っていないのでさらに祈祷術を使う。手間がかかっちまったし、次やる時は骨だけは残すようにして斬るか。
「(パワフルボーン)っ。これで治っただろ?…神の慈悲に感謝しな。」
切断された骨も接合してやったため、ガキの足は完全に治った。
ホントは流れ出る美しい紅をもっと見ていたかったんだが、お偉いさんの命令なので、我慢してしっかり治してやった。
まあ、傷跡は残るが、今後はその傷を見て礼儀を思い出せるようにすればいい。
下っ端はそうやって学んでいくもんだ。
「神聖騎士よ、もう戻ってよい。」
ガキは壊れた人形のように頭を上下して、逃げるように怯え腰でその場を離れた。
たくよぉ…!この程度で泣くなんて最近の神聖騎士はどうなってんだ?
やはり信仰が腐ってると信者まで腐るんだな。
「キュアミュゥに伝えろ。シルミアの器の候補の取り消しは却下だと。」
「承知しましたっ。」
っと教皇が命令したみたいだ。
アタシが常人なら、考え事をしているときに言われたことは聞き逃してしまうだろうな。
「アルブは平和でなければいけないからな。永遠に試練を回避できるスベを手に入れれなかったのは残念だが…器の候補は有り余っている。犠牲者には悪いがこれも平穏を維持するためだ。」
「存じておりますっ。」
教皇はもっともらしい独り言をつぶやいたので、アタシは意見を合わせた。
正直言って…アタシは違う考えなんだが…お偉いさんに意見を合わせて思考を放棄するのが白銀信徒の役目だ。だから、今は意見も思想も合わせている。
「あ!きょーこうさま!メリーです!つたえたいことがあるのですが、よろしーですか?」
犬人の青色信徒が無礼な態度と共に現れた。
つい条件反射的に処刑の準備をした。…職業病だな。
こいつ、≪鉄球投げの聖女≫か。じゃあ…粛清しなくていいか。
≪鉄球投げの聖女≫…幼くて何も知らない馬鹿な子犬だが、実力だけはアタシら白銀信徒に匹敵する。犬人特有の直感の鋭さとイカれた身体能力とぶっ飛んだ怪力で敵をぐちゃぐちゃの肉塊に変えるヤバい奴だ。そしてこいつは光の使者のラスト家のお嬢様のお気に入りの女なので、傷付けちまったら面倒なことになる。
「よろしい。俺の前に立つことを許可する。」
「はぁい!…えっとね!きょーこうさま!なんか、マリアってひとがねーこれをきょーこうさまにわたしてって!」
犬人の青色信徒が銀の札を教皇に手渡ししようとした。
アタシは護衛として、教皇の前に立ち、無礼な子犬の行為を遮った。
「教皇様に対して、それは無礼が過ぎますっ。渡したいものは一旦、≪教会の剣≫のヒューリーに渡してくださいっ。」
「あ…!ごめんなさい!しりませんでした!じゃあ…ヒューリーにわたせばいいの?」
いきなり呼び捨てである事に少しムカついたが、別に怒って指摘するほどのものではなかったので気にせず、「そうですっ。」と言った。すると、ずいぶん明るい笑顔で「はいっ!」と高い声と共に銀の札を渡した。
アタシはその札を確認した。表面には生命の信仰者の象徴が描かれていて、その下に人名が描かれていた。一人は教皇の名前もう一人は…これは驚いたな。あの伝説の英雄、≪無敗の剣聖≫の名前だ。
「教皇様、どうぞお受け取りください。」
「うむ。」
教皇は銀の札を受け取ると軽く目を通して、子犬の方に目を向けた。
「マリアで間違えないんだな?」
「うん!マリアはマリアってなのってたよ!あと、そういえばマリアいがいにもふたりいました!」
「ほう?言ってみよ。」
「えっとねーひとりはオレンジいろのかみをしたおんなのこ!なんかあたまにあおいぬのまいてました!もうひとりは…めずらしいはくはつのおんなのこだったです!かみも、めも、はだも、ぜんぶまっしろでした!」
全部真っ白な女の子…その特徴のある存在にアタシは…いや教皇も覚えがあったようだ。
「………全部真っ白だと?まて、その女のことを詳しく教えろ。」
教皇が若干顔色を変えて、子犬に食い気味に聞いた。
子犬は稚拙で聞き取りずらい言葉づかいで説明をした。アタシは頭の中で瞬時に要約した。どうやら、その女は全てが白く、メイドの服を着ていたと言う。かび臭いケープを着ていて武器をどこにも持っていなかったらしく、少し警戒心を抱いていたらしい。そして、子犬はその女の匂いを嗅いだらしいが、なんとどの人種にも当てはまらないようだ。それらの数少ない情報を聞いた教皇がすぐに子犬に指示を出した。
「その少女を何としても捕らえろ!その過程で誰が死のうが構わん!絶対に捕らえろ!」
「え?え?」
子犬は動揺しているが、教皇は構わず指示を出す続ける。
子犬は必死になって聞き取ろうと耳をピコピコ動かしている。
「巡回している全ての神聖騎士にその白い乙女を捕らえるように指示を出せ!生け捕りが望ましいが、最悪殺しても構わない。絶対に捕らえろ!そして回収の邪魔になる存在は神の名のもとに殺せ!!」
「わ…わ…わかりました!かみのなのもとに、しれいをすいこーしてみせます!きょーかいにえいこーあれー!」
「…教会に、栄光あれ。…≪鉄球投げの聖女≫よ、行け。」
一礼した子犬は、走り去っていった。落ち着きのない犬だな。あの様子じゃあ、標的を取り逃しちまうかもな。しかし、それはそうと、まさか器がこんなところにいるなんてな。子犬に不用心に接触したところを察するに、立場を理解していないようだ。
バカな女だ。自分から生贄になってくれるなんてな。
詩的に例えるなら、飢えた獣たちの巣に迷い込んだ良く肥えた羊だ。正に迷える子羊だな。
…と、一人の男がこちらに向かって歩いてきた。首には金のロザリオをかけている。…光の使者だ。
「やあぁヒューリーちゃん。今時間開いてるかな?」
「…申し訳ございませんっ。アタシは今、教皇様の護衛をしておりますっ。」
「そっかぁ…。……カルロス君、≪教会の剣≫を借りるよ。」
男はアタシに舐めまわすような下品な目…訂正、聖なる目線を向けて下さった。
「今からじっくりと洗礼を施してあげるねぇ。っんへへへ…」
聞いているだけで耳が腐り落ちそうな下品な鳴き声だ。神の名のもとにこいつの首を刎ね飛ばしてやりたいが、教会に全てを捧げたアタシには拒否権なんてものは無い。アタシは感情を底に封印した。
「…感謝しますっ。教皇様、少しの時間、聖なる洗礼を受けてきますっ。」
「わかった。護衛を中断する許可しよう。」
「感謝します。」
教皇から離れたアタシは光の使者に地下の部屋まで連れられていく。
そこで何をするか…何をされるかはこの仕事を長くしているアタシには分かっている。
いつも通りにこの体を捧げて、彼ら彼女らの望みを満たさせる。たったそれだけだ。
アタシは≪教会の剣≫だ。主たちにいいように使われる心の無い道具だ。