第43話 アンリ=アマレット。
アンリに手を繋がれながら私は、白いドームの中にあるバザールを見歩く。さっきの広場よりも人は少ないが、それでも賑わっていて声や足音が合わさってガヤガヤとした騒音となって耳に届いてくる。出ている店の種類は様々だが、店員は全員生命の信仰者のようだ。右手側の店には銀のアクセサリーや銀の燭台に値札が付けられて置かれており、左手側の店は薬液の入った瓶と乾燥した草の束が並べられている。アンリはその左の店の前で立ち止まり、商品を見定め始めた。
「おばさん!これはエメラルドハーブか?」
「これかい?そうだよ!これはエメラルドハーブだ!深みのあるいい色したやつを厳選して、しっかり日干ししたやつに聖なる気を入れた物だ!料理や薬の材料にしたりしても良いし、そのまま嚙んで飲み込むのも良しだ!」
「ほお~聖化してあるのか!そいつはすげえな!…よし!おばさん!こいつを3つ買うぜ!」
「あいよ~!合計金額は銀貨1枚と聖銅貨5枚だ!」
アンリは銀貨を2枚、店員に手渡しした。店員は確認をしてすぐに小箱に入れて、そこから聖銅貨5枚取り出して、アンリにお釣りを渡した。
「ありがとねぇ。…お嬢さん!ついでにこれも買わないかい?」
「おお!これは水薬か?」
「そうだよ!これは【癒しの聖水】って言ってね、神様の癒しの祝福が宿っていると言われていてね…」
買い物に熱中するアンリを置いて、私は装飾品を売る店に目を向けた。指輪やイヤリングのような小さな物もあれば冠みたいな大きめの物まであった。その中でも特に興味を持ったのは銀のネックレスだ。
デザインは三又の水晶で下の部分は磨かれた水晶みたいに滑らかな円が付いていた。生命の信仰者のシンボルマークと同じモノで、やはりよくよく見ると変わったデザインをしている。三又の水晶の部分は光沢のある銀で作られていて、首などに掛けるためのチェーンも綺麗な銀で出来ていた。見るからに高そうだけど、値段が何と聖銀貨3枚と書かれている。
「お嬢ちゃん…こいつが欲しいのかい?」
ジッと銀のネックレスを見ていたら、ここの店員の男が声をかけてきた。
「あ…あ………はい…」
「聖銀貨3枚だ。」
「はい…!か…買います…。」
私は手に握っている聖銀貨を3枚、店員に渡した。店員は少し乱暴に受け取り、一枚一枚確認をする。
偽造硬貨ではないか、確かめているようだ。
「ありがとよ。」
念入りに確認した店員は銀のネックレスを手に取り、値札を外してから私に手渡す。
「ありがと…です…」
「…ほかに何か買うもんは無いのか?」
「え…?!えと………もう…ないです…」
「そうか。」
店員は椅子に腰かけて、装飾品を創る作業に戻った。私もアンリの方へと戻る。その途中に私は、たった今購入した銀のネックレスを首にかけてみた。長さが合ってなくて、ちょっと不格好だった。けど、装飾品を付けたことで、なんだか少し気持ちが大きくなったような気がした。なんとなく、視界の隅にあるテキストに眼をやると、ステータスが上昇していることに気が付いた。
【ミカ Lv16】
HP 5220+50
MP 10+85
器用値 5+3
速度 3+3
攻撃力 1
魔法攻撃力 0+65
魔法回復力 0+20
[防御力65]
頭【見習いメイドのホワイトブリム】
上着【シルクの青いワンピース】【女給用エプロン】【隠者のローブ】
下着【女庶民のドロワーズ】【女庶民のブラ】
足【真っ白なニーソックス】【小さな淑女の靴】
装飾品【MP増加の腕輪】【三又水晶の銀ロザリオ】
武器 無し
【見習いメイドのホワイトブリム】(防御力5)(器用値3)
【シルクの青いワンピース】(防御力5)(HP10)(MP10)
【女給用エプロン】(防御力6)(速度3)
【隠者のローブ】(防御力15)(魔法攻撃力50)(《認識阻害》…。)
【女庶民のドロワーズ】(防御力4)(HP20)
【女庶民のブラ】(防御力4)(HP20)
【真っ白なニーソックス】(防御力2)
【小さな淑女の靴】(防御力5)(MP10)
【MP増加の腕輪】(防御力5)(MP50)
【三又水晶の銀ロザリオ】(防御力14)(MP15)(魔法攻撃力15)(魔法回復力20)
(《投石弾きの光波》この加護の名称を宣言すると、MPを8消費して、この装備を中心に光の衝撃波を放つ。再使用時間30秒。)
どうやら今買った銀のネックレスはMPを増やす効果も合ったみたい。しかも、何か加護もかかっている。説明を見てみると、どうやら自分を中心に波動を放つようだ。矢や投石を吹き飛ばして弾く技らしい。使ってみたい気持ちはあるが、どうやら近くにある物も吹き飛ばすため、ここで使うと絶対に迷惑だろうから堪えた。
…それにしても、レベルも上がっているし装備も充実してきたおかげで、私のステータスも上がってきた。少しずつだけど、ちゃんと強くなってきている。
みんなと比べたら…全然私は弱い…戦いも…まだまだ未熟……。
でも、それでも私は、みんなの役に立ちたい。試練で少しは戦力の足しになれれば、みんなから…みぃから認められるはず。だから少しでも強くなってみせる。
「いや~悪い悪い!待たせちまった。」
「大丈夫…そんなに待ってないから…!」
「そっか!…お?ミカも何か買ったんだな!」
「うん…銀のロザリオを買った……。」
「おお!似合ってるな!…ただちょっと長いな。…ちょっと待ってな!」
アンリは私の後ろ首に手をまわして、ロザリオの長さを調整してくれた。ゼロ距離で密着状態になってしまっていて、少しドキッとする。少し頬を茜色に染めて、アンリの顔を見つめた。するとアンリは屈託のない笑みを私に見せ、「良し!いっちょ上がりだぜ!」とセリフを決めて少し離れた。
首に下げたロザリオの長さがちょうどよくなっている。さっきまで長すぎて不格好だったけど、アンリのおかげで少しおしゃれになった…気がする。
「それにしても…出会った時よりも可愛くなったなぁ。ミカも身を飾りたいお年頃か?」
「え?…えっと……そう…なのですかね…?か…可愛いのですか…?」
少し照れながら、私はアンリの言葉の意味を詳しく聞いてみた。
「ああ!なんか高校入りたての女子って感じの可愛さを感じるぜ!お洒落に憧れて、いざ思い切って飾ってみたけどなんかコレジャナイ感が出ちゃってるような…慣れていない感じがしてすげえ良いぜ!」
めちゃくちゃ具体的な例えで、少し動揺した。すごい褒めてくれていると思ったけど、よく聞いてみるとあまり褒めていないように感じた。ただ、話しているときのアンリから善意を感じたから、褒めているのだろう。私は、心からの感謝を込めて「ありがとう…!」と軽く微笑みながら言った。
「に…にへへ…!笑顔の破壊力がすげえな…!………。…そうだ!ミカ!腹減ってないか?」
空腹かどうか聞かれて、返答に少し悩んだ。満腹で食欲がないわけではないが、別に特段と空腹と言うわけでもない。ただ、朝食からだいぶ時間も経っているため食べようと思えば食べられると思う。とりあえず、何をするつもりなのかをはっきりさせてみることにした。
「何か…食べるのですか?」
「ああ!さっき通り過ぎちまったんだが、めちゃくちゃ珍しい物を出していた屋台があったんだぜ!良かったらアタシと食わないか?」
「いいのですか?…あ、でも私……もうお金あんまりありません…」
「ある程度おごるぜ?」
「え…!じゃあ…お言葉に甘えて…!」
現金な性格だと、我ながら思った。けど、こういうのって断る方が失礼に当たるだろうから、断るわけにもいかない。だから…仕方なく私は承諾したんだと、言い訳を心の中で繰り返して、奢られるのを正当化した。
「よし!じゃあ…早速行こうぜ!こっちだ!」
私はアンリに手を引かれながらその目的地まで小走りした。
………。
………………。
小さな屋台を前にして、アンリはゆっくりと減速して止まった。
屋台はどうやらファーストフード店だった。冗談や比喩などでは無くて本当にハンバーガーとかフライドポテトとか仕舞には炭酸飲料みたいな物まで取り揃えていた。剣と魔法の異世界にこんな現代的な物があるのは、何というか世界観を壊しているように感じる。圧倒的に異物感がする。
「好きなの選んでくれ!」
けど、アンリはまったく気にしていない。どうやら、違和感を感じているのは私だけみたいだ。
「え…?えっと…えと………お…お任せします…」
メニューを選んでいいと言われたけど、何が良いのかわかんなかったから、アンリに選択を委ねてしまった。初見だからどれが良いのかわからないし何より、どのメニューもなかなか高価で下手に選べなかった。
「そうか!じゃあ…クジラバーガーを二つ、一つはソース多め、もう一つは塩でお願いするぜ!」
アンリはスラスラと慣れた感じに注文した。一切の迷いなく注文できたということは、もしかしたらアンリは来たことがあるのかもしれない。
「かしこまりましたー!」
店員はニコニコと明るい笑みを浮かべながら迅速に料理を作り、ハンバーガーを清潔な布で包んで提供した。
「ありがとうだぜ!金は今少ないから…代わりにこれでどうだ?」
「はーい!だいじょぶですよー!またのご利用ーお待ちしてまーす!」
アンリは何処からか、毛皮を取り出して店員に渡した。あの毛皮は確かケイブストーカーから剝いだものだったはず。私とマリアが手に入れたケイブストーカーの毛皮は全て置いてきたはず…もともとアンリが持っていた物だろうか?ていうか、お金じゃないけど…店員はこれで良いのだろうか?
私が疑問に思っていると、アンリが私の分のハンバーガーを渡してくれた。
「めったにないクジラバーガーだぜ!ヒノマル産の鯨肉を揚げて新鮮な野菜と一緒にパンズで挟んだ至高の逸品だ!少し臭いに癖があるが、初心者でも食えるようにたっぷりソースがかかっているから、絶品だぜ?」
説明を聞きながら料理を受け取った私は、料理を眺めて分析を試みた。見た目は…本当にハンバーガーだ。わざわざ詳しく表現するまでもなく本当にハンバーガーって感じの見た目だ。あったかいソースが私の鼻をくすぐり、空腹感を刺激した。
「はむっ…ぁむっ…んむっんむっ………んぐっぅ。」
私は能動的にハンバーガーに大口で嚙り付いた。鯨肉は柔らかくてしっかりとした歯ごたえで、ちょっと変な香りがした。何だろう?まるでレバーみたいな香りがして癖がある。けど、かなり味が濃いソースによって、その癖はだいぶ緩和されていて食べやすい。はっきり言って普通に美味しい。私は前世でもハンバーガー等のファーストフードは口にしたことがなかったから、感動した。
「おいしい…!アンリちゃん!本当においしいです…!」
「だろ!?この店のハンバーガーはほんっと絶品なんだぜ!値段が高いからそんな沢山食べられないんだが…また食べたくなるような中毒性があるんだぜ…!」
頬張りながら私はハンバーガーを貪った。余りのおいしさに夢中になっていて、アンリの発言を軽く聞き流しちゃった。けど、後で確認してみたら、あんまり重要な内容じゃないのに確認するなんて律儀だなとアンリに笑い飛ばされた。少し恥ずかしかったけど、嫌な気持ちにならなかった。私も一緒に軽く笑った。アンリ程、快活な笑い声は出せなかったけど、はにかみはできた。
………。
………………。
食べ終えた私達は、マリアの言いつけ通り宿屋に帰るために、少し夕日に照らされて橙色になった道を歩き出した。ただ歩いていると、アンリが話を切り出してきた。
「………。なあ、アタシ、前に詮索しちまったろ?……後から考えたらフェアじゃ無いって思ったんだぜ…!それでな!アタシも秘密をミカに教えようと思うんだ!」
「………。」
「ただ聞きたくなかったら聞かなくてもいいんだけど、もしミカが問題ないんだったら…その……聞いてくれるか?」
アンリの秘密…裏表のなさそうなアンリに秘密なんてあるのに少し驚いた。私は好奇心で聞いてみることにした。どうせそんなに重い話じゃないだろうから。と、そんな軽い気持ちで承諾した。
「………分かった。聞きます…」
アンリは少し浮かなそうな顔で、だけど、少しだけ嬉しそうな顔でぽつぽつと語りだした。
「…みぃはアタシの事を強くて頼りになるやつって思っているが…アタシは実はそんなに強くないんだぜ。……襲撃を受けた時、アタシはなんもできなかっただろ?アタシは加護に頼りっぱなしなんだ。アタシ自身は強くないんだ。そして、アタシは頼りになるような人じゃない。アタシは………臆病で卑怯な女なんだぜ…」
「そうなのですか?」
「ああ、アタシには大切な人がいたんだ。その人はアタシの事を気にかけてくれていて、いつも先陣を切っていたんだ。そんな彼女…。…アタシの大切な人は神秘を求めてはるか先へと進んでいったんだ。アタシは追いかけるべきだったんだ。けど…」
アンリは自身の左手を…正確には左手に着けている黒い手袋を触れながら吐き出した。黒い手袋には銀の十字架が刺繍されていた。その手袋はまるで、葬儀屋の着ける仕事道具にも思える。
「けど…臆病なアタシは、その人を追うことができなかった。そして卑怯にも…10年もアタシはこうしてダラダラと生きているんだ。その人は一人でどこかへ行ってしまったんだ。そして、もう死んでしまったと言われている。死体はきっと、誰にも回収されずに朽ち果ててしまっているんだ。誰からも弔われずに…故郷にすら帰れずに…アタシを永遠に待ったまま…奈落の底に落ちてしまったんだと思う。」
「………。」
「今からでも探しに行くべきだと思う。けど…一人じゃ追いかける事すらできないんだ。アタシ一人では遺跡の探険なんてできないし、凶悪なモンスターから逃げることも倒すことも難しい。だから…みぃが黒星の眷属を倒したところを目撃した時、期待したんだ。みぃがアタシを仲間として向かい入れてくれた時、喜んだんだ。みぃがいれば、探せるかもってな。けど…みぃにはやるべき事が合ってあの場所を離れれる状況ではなかったんだ。だから…アタシはまた探しに行けないことに失望してしまったんだ。でも……でもな、それと同時に、安心してしまったんだ。これで探しに行かなくても良い理由になる。って。」
卑屈な笑みをこぼして、アンリは自嘲気味に吐き出した。その笑顔は今まで見てきたアンリからは想像すらつかない程に、陰険で暗い滑稽な笑みだった。
「アタシは利己的な人間だ。アタシは誰かの為に自分を犠牲になんかできない。それなのに、アタシの為に犠牲になれる誰かを求めているんだ。だから…アタシは臆病で卑怯な女なんだ。…だからな、ミカ。アタシみたいにはなっちゃダメなんだぜ?」
アンリは私の頭を撫でながら微笑んで見せた。けど、その笑みは今まで見てきたような明るいモノなんかではなかった。自分を飾る為に精一杯はにかんで、その下に醜悪な本性を隠すように貼り付けたような仮面の笑みだった。こんな顔を私は前世でたくさん見てきた。特に、大企業に所属している人達はみんなこんな感じのガワだけの笑みをしていた。
私は何も言う事が出来なかった。ただ、話を聞いて、アンリの手を握ってあげることしかできなかった。
結局…私は前世の時と……変わっていなかったんだな…
自分を優先して相手を助けない。にも関わらず同情だけはして勝手なことを思うような…卑怯で醜悪な人だ。アンリは自分の事を臆病で卑怯の人だと自嘲したけど、それは私も同じだった。
だからこそ、寄り添ってあげるべきなのに…私は手を握ってあげることしかできなかった。
私達はそのままコロロ達と合流した。アンリは今まで通りの明るい裏表のない少年のように振る舞った。けど、こんなアンリにも、暗い闇を隠し持っている。
その事実が少しショックだったけど、同時に安心した。




