↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生プログラマの魔法デバッグ ~この魔法、クソコードすぎる~  作者: 空乃真芽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/22

第二話 初めての編集


 半透明のキーボードへ指を近づける。


 触れた感覚はない。それなのに、キーの上へ指を置いたことだけは分かった。


 視界に浮かんでいるのは、たった二行。


power = 1

mana = 1


 `power`は、おそらく手のひらに集める魔力の強さ。


 `mana`は使う魔力量だろう。


 前世なら、変数へ入っている数字を書き換えるだけだ。試すなら、一から二。影響範囲も小さい。


 間違っても、いきなり百などとは入力しない。


 俺は点滅するカーソルを、`power = 1`の数字へ合わせた。


「レオン?」


 ハンナ先生の声に、指が止まる。


「どうしました。難しいですか?」


 先生にはキーボードもコードも見えていない。俺が手を出したまま固まっているようにしか見えないのだろう。


「いえ。ちょっとだけ、試してみたいことがあって」


「試す?」


「魔力を、ほんの少し強くします」


 先生の表情が引き締まった。


「無理に押し出してはいけません。少しでも痛みや息苦しさを感じたら、すぐ止めること」


「はい」


 止め方を先に確認する。


 大切なことだ。


 俺は数字の一を消し、二と入力した。


power = 2

mana = 1


 変更された数字が淡い青色に光る。


 その下に、小さな表示が現れた。


EXECUTE ?


 実行するか、と聞かれている。


 心臓がうるさい。


 ただの数字一つだ。前世なら、これくらいの変更で緊張することはない。


 だが今、目の前にあるのは画面の中のテストデータではない。俺の身体を流れる、本物の魔力だ。


 失敗すれば何が起きるのか分からない。


「……実行」


 意識の中で決定する。


 瞬間、手のひらの光が一回り大きくなった。


「わっ」


 周囲の子供たちから声が上がる。


 熱くない。痛くもない。胸の奥にあった温かさが、ほんの少し減った感覚だけが残った。


「レオン、そのまま維持して」


 先生は俺の腕を下から支え、光をじっと観察した。


「力任せに魔力を流した様子はありませんね。ずいぶん滑らかに出力を変えました」


「できてますか?」


「ええ。初めてにしては驚くほど上手です。ただし――」


 先生が指を一本立てる。


「上手にできた時ほど、もう一度同じことができるか確かめなさい。偶然と技術は違います」


 胸へ刺さる言葉だった。


 俺は出力を止めた。コードが薄くなり、手のひらの光も消える。


 もう一度、同じ手順を思い浮かべる。


 コードが現れた。


power = 1

mana = 1


「戻ってる……」


 さっきの変更は保存されていない。


 毎回初期値から始まるのか。それとも、保存する操作が別にあるのか。


 俺は再び一を二へ変えた。


 二回目も成功。


 三回目も、同じ大きさの光が出た。


「うん。制御に再現性があります」


 先生は満足そうにうなずいた。


 俺も、ようやく息を吐く。


 編集できた。


 魔法の――いや、まだ魔法になる前の、ごく単純な魔力操作。それでも、表示された処理を書き換え、結果を変えたのは間違いない。


 嬉しくないわけがなかった。


 前世で何時間も追い続けたバグが直り、テスト結果が緑色になった瞬間と似ている。


 もっと試したい。


 `power`を三にしたら。`mana`を二にしたら。二つの数字の関係は。先生が使った`create_fire()`を追加したら。


 疑問が次々に湧いてくる。


「では、今日はここまで」


 先生が手を叩いた。


 俺の実験意欲も、そこで強制終了された。


「えっ、もう?」


「もう、です。初めて魔力を動かした日は、本人が思っているより疲れています。続きは次の講習で」


 言われてみれば、身体が少し重い。たった三回の実行でも、確実に何かを消費している。


 先生は全員の顔を見回した。


「家へ帰って、ひとりで火の魔法を試さないこと。いいですね?」


 子供たちが声をそろえて返事をする。


 俺も「はい」と答えた。


 嘘をつくつもりはない。


 火は試さない。


 ただ、光なら少しくらい――。


 そう考えたところで、ハンナ先生と目が合った。


「レオン」


「はい」


「今、別のことを考えましたね?」


「……再現確認は大事だな、と」


「次の講習で、私が見ている時にしてください」


「はい」


 保守担当として、教える側の制止を無視するのはよくない。


 でも、コードが見える理由まで、先生に説明することはできなかった。


 帰り道、俺は自分の手のひらを何度も見た。


 今は何も浮かんでいない。


 魔力を集めようとすると、あの二行が薄く現れる。


 読むだけではない。


 俺の意思で、書き換えられる。


「魔法が……プログラムで動いてる?」


 口に出してみても、意味不明だった。


 ここにはコンピューターも、Pythonという言葉もない。


 それなのに魔法の向こう側では、見慣れた構文が確かに動いている。


 なぜ俺にだけ見えるのか。


 どこまで編集できるのか。


 そして、もし間違えたら何が起きるのか。


 最後の疑問だけは、好奇心より重かった。


 前世でコードを間違えても、壊れるのはデータやシステムだった。


 この世界では、炎が出る。


 人が傷つく。


 俺は浮かれかけた気持ちへ、自分で蓋をした。


「試すなら、小さく。戻せる範囲で。できれば誰かに見てもらう」


 十歳の独り言としては、あまりにも可愛げがない。


 それでも、これだけは譲れなかった。


 書き換えられることと、書き換えていいことは違うのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。