第二十一話 鳴らない目覚まし
「いつから鳴らない?」
俺が尋ねると、ユアンは鍋を頭から下ろした。
「今朝。昨日までは鳴ってた。落としたのは、たぶん昨夜」
「たぶん?」
「寝る前には棚の上にあった。起きたら床にいた」
目覚ましが一人で歩いたわけではないだろう。ユアンの寝相は、同室になった初日から心配になった。
ひびは外装の角だけ。魔石の残量表示は半分以上ある。針は設定時刻を指していて、つまみも回る。
「鳴らない以外は動く?」
「時刻は進む。光もつく」
俺は操作を一つずつ試した。光はついた。時刻を一分後に合わせて待つ。針が重なった瞬間、鐘の形をした飾りがかすかに震える。
音は出ない。
「音を作るところまで、魔力が届いていないのかな」
「分かるのか?」
「まだ仮説」
裏蓋を外す前に、外装と部品の位置を紙へ描いた。父さんならまずそうする。元に戻せなくなったら、修理ではない。
ユアンが横から覗き込む。
「それ、魔法の図?」
「戻すための図」
「そっちの方が大事なのか」
「今はね」
◇
魔石を抜いてから裏蓋を開ける。
中には細い導線が二本、術式板と小さな発音板をつないでいた。一本は固定具から外れ、端が外装に触れている。
落下の衝撃で緩んだのだろう。
術式板へ指を近づけて集中すると、表面の処理が短く見えた。設定時刻との比較、発光、発音。時刻は届いている。発音処理も呼ばれている。
装置のコードを読めるからといって、ここで書き換えられるわけではない。俺の権限で編集できるのは、自分の魔力でこれから発動する魔法だけだ。
見えた内容は、目で確かめた導線の外れと矛盾しなかった。
「この線を戻せば直りそう」
「それだけ?」
「それだけかどうかは、戻してから試す」
固定具を締め、線が外装へ触れない位置に収める。魔石を入れ直して、一分後に設定した。
針が重なる。
小さな鐘の音が鳴った。
「直った!」
ユアンが手を伸ばす。俺は渡す前にもう一度時刻を設定した。
「一回鳴っただけだよ」
「一回鳴ったなら、もういいだろ」
「二回目も鳴るか確認する」
今度も鳴った。ただし、少し音が割れた。
発音板の端に細い欠けがある。落ちた時にできたものだろう。動作はするが、ここも交換した方がいい。
「完全には直ってない」
「今夜は起こしてくれる?」
「たぶん。でも発音板を替えるまで、予備の目覚ましも用意して」
「予備?」
「俺を当てにするなら、朝は声をかける。でも俺が寝坊する可能性もある」
ユアンはしばらく目覚ましを見つめ、それから笑った。
「修理屋って、直した後の話が長いんだな」
「使う人が困らないところまでが仕事だから」
「じゃあ俺、困ったら何度でも持ってくる」
「友達割引は、まだ決めてないよ」
「今のは友達だって認めたな」
しまった。
◇
翌朝、目覚ましは鳴った。
俺もユアンも起きた。鍋は床へ落ちていたが、目覚ましは棚の奥へ移してあったから無事だった。
食堂へ行くと、一年生の時間割が配られていた。
初日の一時間目は、安全管理。
二時間目は、属性実技。
「実技が先じゃないんだ」
ユアンが紙を裏返す。
「事故を起こす前に、止め方を覚えるんだろうね」
「昨日の修理みたいだな。まず鳴るか、次にちゃんと鳴るか」
「それは少し違うけど、悪くない」
教室の扉の前には、大きな掲示があった。
『発動より先に、停止を確認すること』
いい方針だ。
ただ、いい方針が現場で守られるかどうかは、授業を見てから判断しよう。




