第十七話 七十三と百六十八
受験番号四十二番。
名前を呼ばれた俺は、測定室の中央へ進んだ。
朝の筆記試験は、手応えがあった。
王国史の年号を一つ迷ったが、安全管理と魔導具の問題は全部埋めた。少なくとも、答案を読み取るコードは見えなかったし、探そうとも思わなかった。
問題は、これからだ。
台の上には、練習で使ったものより大きな測定水晶が置かれている。
「両手を触れ、合図のあとで魔力をすべて流してください」
試験官の指示に従う。
冷たい水晶が、手のひらの熱を吸った。
「始め」
体の奥から魔力を押し出す。
水晶の中を青い光が上り、目盛りが増えていく。
六十。
七十。
七十三。
そこで止まった。
「最大魔力量、七十三」
分かっていた数字だ。
それでも、後ろに並ぶ受験生の小さなざわめきが耳に入った。
「学院を受けるのに?」
「少なくない?」
試験官は表情を変えず、記録用紙へ数字を書いた。
「次、瞬間出力」
結果は八十二。練習とほぼ同じ。
「制御精度は明日の実技で測定します。終了です」
俺は水晶から手を離した。
数字を隠すことも、言い訳することもできない。
七十三が、今の俺の最大値だ。
◇
「次。受験番号四十三番、リリア・フェルナード」
金色に近い淡い髪の少女が前へ出た。
姿勢がまっすぐで、試験官へ礼をする動作にも迷いがない。家名を聞いた周囲が、今度は別の意味でざわついた。
フェルナード家は、魔法教育に関わる名門貴族らしい。
水晶へ光が満ちる。
「最大魔力量、百四十一。瞬間出力、百三十八」
大きな数字だ。
それなのに、少女は喜ばなかった。
「昨年の同年齢記録には届きませんね」
「これは順位を決めるためだけの測定ではありません」
試験官が淡々と返す。
「自分の安全な上限を知るための数値です」
「失礼しました」
リリアは素直に頭を下げた。
真面目すぎる人なのかもしれない。
次に呼ばれた少年は、深い赤色の髪をしていた。
「受験番号四十四番、アルト・ヴァレン」
彼が水晶へ触れた瞬間、室内の空気が震えた。
光が一気に目盛りを駆け上がる。
「最大魔力量、百六十八。瞬間出力、百七十二」
今度は試験官まで目を見開いた。
アルトは当然だという顔で手を離す。
「制御精度も、明日一番を取ります」
「測定器を壊さない範囲でお願いします」
冗談なのか注意なのか、分かりにくい返事だった。
百六十八。
俺の倍以上だ。
正面から魔力量を競えば、勝負にならない。
「君」
測定室を出たところで、アルトに声をかけられた。
「さっきの七十三だろ」
名前ではなく数値で覚えられている。
「レオン・アステルだ」
「なぜ受験した?」
悪意より、本当に理解できないという顔だった。
「筆記と制御と魔導具の試験もあるから」
「魔法使いの力は、魔力で決まる」
「魔力量の試験なら、もう君の勝ちでいいよ」
アルトの眉が動く。
「負けを認めるのか?」
「測った数字を否定しても増えない。それ以外は、まだ測ってない」
俺が歩き出すと、背後で小さな笑い声がした。
リリアだった。
「何がおかしい」
「ごめんなさい。二人とも、数字の受け取り方が正反対だったから」
「百四十一の君は、どっち側なんだ?」
聞くと、彼女は少し考えた。
「明日の結果を見てから決めます」
真面目な答えだ。
アルトは納得していない様子だったが、追ってはこなかった。
◇
宿へ戻ると、父さんは一階の食堂で魔導具を分解していた。
「宿の人に頼まれたの?」
「部屋の灯りがちらついていた」
「見てただけじゃなかったんだ」
「試験はどうだった」
「七十三」
「知ってる」
「百六十八の受験生がいた」
父さんの手が一瞬止まる。
「二人と少しか」
「掛け算しないで」
「それで、試験をやめるか?」
「やめない」
即答できた。
七十三と百六十八。
差は、見なかったことにはできない。
でも明日測るのは、別のものだ。
俺は父さんの向かいに座り、ちらつく灯火具の症状を聞いた。
不安な時ほど、変えられる問題から片づける。
それも、俺が覚えたやり方だった。




