第十五話 村を出る朝
村を出る朝、ミアは怒っていた。
「見送りなんかしない」
そう言いながら、玄関の前に立っている。
「そっか。じゃあ、ここでお別れだな」
「荷車まで行かないって意味!」
「村の門まで?」
「王都まで」
「それは見送りじゃなくて同行だ」
頬を膨らませたミアを、母さんが後ろから抱きしめた。
荷物は着替え、問題集、工具、保存食。父さんが王都まで付き添ってくれる。帰りは村の商人と一緒なので、工房を空けるのは二十日ほどになる。
「忘れ物は?」
母さんが聞く。
「三回確認した」
「確認した回数じゃなくて、中身を聞いてるの」
鞄を開け直す。
受験票がない。
一瞬、血の気が引いた。
母さんが黙って一枚の封筒を差し出した。
「机の上」
「……ありがとうございます」
「三回とも、何を確認したの?」
「鞄が閉まってること」
父さんが吹き出した。
笑い事ではない。危うく王都へ観光に行くところだった。
◇
村の門には、ハンナ先生と講習の仲間たちが集まっていた。
ニナは小石の入った袋を差し出した。
「王都でも使うかもしれないから」
「もう自分で基準を作れるだろ」
「これはお守り」
袋の中には、あの時の石が十個。二年使ったせいで角が丸くなっている。
受け取ると、ダリオが横から言った。
「試験で火が消えなくなったら、斧を置けよ」
「王立学院の試験で斧は持たない」
「気持ちの話だよ」
分かっている。
分かっているから、少しだけ笑った。
ハンナ先生からは、王都の学院近くにある宿の紹介状を渡された。
「試験では、できないことを隠さないで」
「はい」
「でも、できることまで小さく言わない」
「……はい」
二つ目の方が難しい。
荷車が動き出す。
母さんが手を振り、ミアがその腕から抜け出して追いかけてきた。
「お兄ちゃん!」
俺は荷台から身を乗り出す。
「受かってきて!」
「無事に帰る約束じゃなかったのか?」
「両方!」
欲張りな注文だ。
「分かった!」
村の屋根が小さくなるまで、俺は手を振った。
◇
王都までの街道は、想像していたより魔導具が多かった。
宿場ごとの街灯。井戸の揚水器。荷車の車輪を軽くする補助術式。村では一台を何年も修理して使う道具が、街道沿いでは当たり前のように並んでいる。
同時に、壊れたまま放置されたものも多い。
「全部見てたら王都に着かんぞ」
父さんに言われ、道端の消えた街灯から目を離す。
「見ただけ」
「直したそうな顔をしてた」
「顔で分かる?」
「十年以上見てる」
この世界では十二年だ。
前世から数えれば四十一年生きた感覚があるのに、父さんの前では十二歳の息子だった。
旅の三日目、前方で荷車が止まった。
商隊の車列が道をふさぎ、御者たちが車輪の周りへ集まっている。
「補助術式が動かねえ!」
「魔石は新品だぞ!」
父さんと目が合った。
「試験に遅れない範囲だ」
「まだ何も言ってない」
「顔に出てる」
二人で荷車を降りる。
故障した車輪には、荷重を軽くする術式板が付いていた。村では見たことのない型だ。
持ち主へ許可を取り、父さんが外装を調べる。俺は術式板へ触れた。
load = read_weight()
assist = load - safety_margin
reduce_weight(assist)
コード自体は単純だった。
だが`read_weight()`が返している値は、空荷に近い。
実際の荷台には、穀物袋が山積みになっている。
「重さを測る感知子が外れてます」
車輪の内側をのぞくと、細い金具が垂れ下がっていた。石をはねた衝撃で固定具が曲がったらしい。
父さんが応急用の金具を削り、感知子を正しい位置へ戻す。
一回目は空荷の値。
二回目は袋を半分載せる。
三回目は全量。
補助の強さが荷重に合わせて変わることを確認してから、車列を動かした。
「助かった。王都の職人か?」
商隊長に聞かれ、父さんが俺を見る。
「王都へ試験を受けに行く、村の修理屋です」
「そっちの坊主も?」
「見習いです」
答えると、父さんが訂正した。
「魔法修理師だそうだ」
自分で名乗るより、ずっと恥ずかしい。
けれど否定はしなかった。
再び動き出した荷車の先に、街道が伸びている。
その向こうには、王都の白い城壁があるはずだ。
学院へ入れるかは、まだ分からない。
魔力量は少ない。知らない術式も、直せない魔法も山ほどある。
だから学びに行く。
世界一の魔法修理師になるための、最初の試験が始まろうとしていた。




