2 若人と祝杯
「こんな味の酒は、初めてです」
異民族の男は、目を丸くして言った。
「リンゴの蒸留酒です。これは西側で作ったものですが……いずれは東の地でも色々なお酒を作りたいと思っています」
エルヴィアは、ディの民と打ち解けるため、酒の力を借りた。
急に〈遺物〉の話など始めたら、ますます警戒されると思ったのだ。
隣に座っている女も、椀に注がれた酒を美味そうに飲んでいる。
こちらは酒に弱いらしく、もう顔が赤く染まっている。
「おふたりは随分お若く見えますが、交易は若い方々の仕事なのですか?」
エルヴィアは、素直な疑問を口にした。
「いいえ――俺達は、今回が初めての取引なんです」
「初めて?」
「ええ。俺達の村の人間は、十五になる年、取引をしに外へ出ます。取引が上手くいけば、大人として認められます」
興味深い文化だ。
王都の西側では、異民族との交易が盛んだというが、エルヴィアにはあまり馴染みのない話だった。
「どんな品を扱うのです?」
「ええと……こっちに持ってくるのは香辛料とか火種石、あとは〝魔装品〟が多いですね」
〝魔装品〟――
マナの力を宿す装具のことだったか。
西側では、聖職者くらいしか持てない高価な物だ。
「魔装品を作る技術があるのですね」
「はい……ただ、作り手は年々、減っています」
「そうなのですか――それは、なぜ?」
男はそこで、口ごもった。
少し踏み込み過ぎただろうか――
「喧嘩れふ!」
隣の女――
少女といってもいい外見だが――彼女が突然、話に割り込む。
「村の年寄りは毎日、喧嘩してるんれすよぉ! もう、魔装品なんか売りに出すなってぇ!」
「おい、マユザ……!」
「〝一族の仇〟なんかに物を売るなって。ウチのじいさん、怒って『仇に売るくらいなら細工なんざ止めたるっ』ってぇ!」
少女の名は「マユザ」というらしい。
「だいぶ出来上がってますねぇ」
黙っていたママナが、目を輝かせて少女を見る。
「この杯で飲めば、もっと気持ちよく酔えますよぉ」
凱歌の杯を手に持つママナを、エルヴィアは必死に止めた。
それにしても――
〝一族の仇〟というのは、おそらく貴族のことだろう。
ディの民は、貴族相手にも商売をしていたということか。
「まあ、様々な事情があろうよ」
ドルイドの長が、しわがれた声で言う。
「ディの民も、一枚岩じゃあない。友好的な者もいれば、排他的なのもいる。時の流れと共に、考えも変わる。人とはそういうものさ」
長の言うとおりだろう。
同じ貴族でも、貴族に反感を抱くママナのような存在もあるのだ。
エルフの首領、マン・キンフも、初めはエルヴィア達を拒んでいた。
だが、今では手を取り合う仲になれた。
ディの民とも、いつかは心を通わせることができる――
エルヴィアは、そう信じたかった。
「改めて、私はエルといいます――」
褐色の若者達に、語りかける。
「実は、あなた方に訊きたいことがあるのです」
エルヴィアは、自身の左手の指輪を見せる。
「これは我々が〈神の遺物〉と呼ぶ物。その名のとおり、人知を超えた力を秘めています」
男――少年は、指輪をまじまじと見つめる。
「それは――俺は、見たことはありません」
「そうですか。では、あなた方の村に、知っていそうな方はいますか?」
「ううん……年寄りの誰かなら、知ってるかも――」
エルヴィアは、少年の瞳を真っ直ぐに見る。
「お願いがあります。我々を、あなたの村へ連れていってもらえませんか?」
「え? そ、それは――」
少年の目が泳ぐ。
彼らにとって、エルヴィアは〝一族の仇〟なのだろう。
簡単に承諾してもらえるとは思わない。
それでも、糸口がつかめそうなのだ。
ここが正念場だとエルヴィアは感じていた。
「オカルぅ!」
再び、横から割り込んだのは、マユザという少女だ。
「なに赤くなってんのよぉ。そのお姉さんの顔ばっかり見て。はあッ、あんたは昔っから年上の女に弱いんらから!」
「おい、お前、飲み過ぎだぞ、いい加減にしろ」
「なぁにが飲みすぎらぁ! 色ボケ男に言われたくないわぁ!」
マユザはかなり酔っていて、さすがに話を続けられそうにない。
ネラを呼び、一緒にマユザを介抱することにした。
「飲ませすぎだよ。蒸留酒は強いお酒なんだから、加減しないと」
ネラは水筒の水をマユザに飲ませている。
「すみません……こいつ、弱いくせに酒好きで」
少年は、ばつの悪そうな顔で言う。
「やっと村から出られて、羽目を外しちまったんです。今日の祭も楽しみにしてて……多目に見てやってください」
エルヴィアは、思わず笑みをこぼした。
「可愛い娘ね」
「……煩いだけですよ」
「そんなこと、言っては駄目」
マユザのおかげで、なんとなく、彼らとの距離が縮んだ気がした。
「明日――」
「え?」
「明日、マユザと話し合って、あなた達を連れて行くか決めようと思います」
それだけでも、十分だ。
〝仇〟として忌避されることも覚悟していたのだから。
「あの、俺、『オカル』っていいます」
「ありがとう、オカル。祝いましょう。今夜の素晴らしい出会いに――」
エルヴィアは、酒の杯を掲げた。
オカルも杯を上げる。
頭上には、幾千の星が静かに瞬いていた。




