第029話:リーネの誤解と、黄金小麦の収穫
目を覚ました手のひらサイズの妖精は、アキラたちと目が合うと、大慌てで大きな花弁の陰へと身を隠した。
そして、顔だけをひょこっと覗かせると、小さな両手を突き出して一生懸命に威嚇した。
「あ、あっちに行って! ここはリーネの畑なんだから、泥棒しちゃダメなの!」
鈴を転がすような可愛らしい声が、静かな庭園に響く。
アキラは困ったように眉を下げ、両手を広げて敵意がないことを示した。
「大丈夫ですよ。僕たちは泥棒ではありません。この温室のシステムがバグを起こして暴走していたので、それをちょっとクリーンアップしただけなんです」
「そうだよ! アキラがこの場所を元通りに直してくれたんだよ!」
サリアが横から補足する。
「う、嘘言っちゃダメなの! そんなこと、人間にできるわけ――」
リーネは言いかけて、ふと周囲に視線を巡らせた。
不気味な熱気は消え去り、澄んだ水が水路を流れている。何より、荒れ果てていた畑には、美しく透き通るような黄金色をした小麦の穂が一面に実り、頭上の枝には完熟した黄金マンゴーが芳醇な香りを漂わせている。
「本当に、お畑が元に戻ってる……。それに、こんなにたくさんの黄金小麦が……」
リーネは驚きのあまり口を半開きにして、奇跡のような光景を見つめた。
その時だった。
静まり返る噴水広場に、リーネのお腹から「ぐぅぅぅ~……」という、とても可愛らしい音が響き渡った。
一瞬の沈黙。
リーネは顔をリンゴのように真っ赤に染めると、小さな手でお腹を必死に隠した。
「い、今のはリーネの声じゃないの! お畑の機械がバグった音なの!」
精一杯の強がりに、セシリアがくすっと笑い声を漏らす。
「ずいぶん可愛らしいバグ音ね。お腹が空いているんでしょ? アキラさん、何か作ってあげたら?」
「そうですね。せっかくですから、この実ったばかりの『黄金小麦』を使ってみましょうか」
アキラは微笑み、目の前の畑から黄金小麦の穂をいくつか優しく摘み取った。
アキラが手を触れると、デバッグUIの簡易加工機能により、小麦の殻が一瞬で取り除かれ、真っ白で細かな高級小麦粉へと姿を変えた。そのあまりの早さに、リーネは木陰から目を丸くして見つめている。
アキラは旅の荷物から小さな鉄鍋と簡易魔導コンロを取り出すと、手際よく調理を始めた。
黄金小麦の粉に、オアシスで分けてもらった乳製品と野鳥の卵を混ぜ合わせ、生地を作る。それを熱した鉄鍋に流し込み、弱火でじっくりと焼き上げていく。
やがて、温室内にとてつもなく甘く、香ばしい香りが漂い始めた。
「まあ……! なんて素晴らしい香りでしょう! アキラ様の作られるお料理は、いつも胃袋を直接掴みにきますわ!」
フィリアがよだれを堪えるように口元を押さえ、そわそわし始める。
「アキラ……。私も、それ食べたい」
エルナもアキラの服を引っ張り、物欲しそうに見つめてくる。
アキラは焼き上がったふわふわのパンケーキを皿に盛り、その上にすうっと包丁を入れてカットした新鮮な黄金マンゴーを贅沢に添えた。仕上げに、森で採れた精霊の蜂蜜をたっぷりと回しかける。
「よし、できました。『黄金マンゴーパンケーキ』です。リーネ、泥棒じゃない証明に、これを食べてみてください」
アキラはリーネのサイズに合わせて小さくカットしたパンケーキを、予備の小さな木皿に乗せ、爪楊枝をフォーク代わりに添えて差し出した。
リーネは皿から立ち上る甘い香りに完全に抗えなくなり、ふらふらと花の陰から出てきた。
恐る恐るパンケーキに近づくと、小さなフォークで一口分を突き刺し、ぱくりと口に運ぶ。
「あむ……。――!?」
リーネの動きが一瞬で止まった。
次の瞬間、その大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おいひいいぃぃ……!」
リーネは頬を膨らませながら、もぐもぐと必死に咀嚼した。
「なにこれ! ふわふわで、お口の中でとろけちゃうの! お砂糖みたいに甘くて、リーネが今まで食べてた花の蜜より、何百倍も美味しいの!」
小さな妖精は、自分と同じくらいの大きさのパンケーキを、あっという間に平らげてしまった。お腹がいっぱいになり、満足そうにふにゃりと微笑む。
そして、アキラを見上げると、その薄い羽をパタパタと羽ばたかせて飛び上がった。
「アキラはいい人! お畑を直してくれて、美味しいパンケーキもくれたの! リーネ、アキラについていく!」
リーネはアキラの周りを嬉しそうに飛び回った後、彼の黒髪の中にすとんと着地した。アキラの頭の上が気に入ったようで、髪の毛をふかふかと整えて、我が物顔でちょこんと腰を下ろす。
「あれ? ついてきちゃうんですか?」
アキラは苦笑しながら、頭の上の新しい相棒に声をかけた。
「あはは! アキラ、頭の上に新しい特等席ができちゃったね!」
サリアが楽しそうに笑う。
「まあ、ずるいですわ! リーネ、そこは……いえ、頭の上はさすがに私でも乗れませんわね……」
フィリアが少し悔しそうに頬を膨らませる。
「アキラの頭の上……うらやましい……」
エルナがアキラの髪の毛を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ふふ、胃袋を掴むのはアキラさんの得意分野ね。これで、この農園の管理責任者も仲間に加わったわけだし、結果オーライかしら?」
セシリアが肩をすくめて微笑む。
こうして、アキラたちの旅に、小さくて大食いな新しいマスコットが加わることになったのだった。




