第027話:黄金の迷宮と、暴走する温室のジャングル
砂漠の乾いた風を浴びながら馬車を走らせること数日。遮るもののない地平線の彼方に、突如として眩い光を放つ巨大な建造物が姿を現した。
「みんな、見て! あれが噂の『黄金の迷宮都市』だよ!」
馬車の御者台から、褐色肌の踊り子サリアが嬉しそうに声を張り上げ、前方を指さす。
アキラたちが視線を向けると、そこには砂漠のただ中とは思えないほど、神々しい金色の壁で囲まれた広大な遺跡がそびえ立っていた。ただの砂岩が夕日に照らされているのではない。壁そのものが古代の魔導金属か、あるいは特殊な結晶石でできているかのように、自ら黄金の輝きを放っているのだ。
「おお……。本当に黄金の都市ですのね。なんて美しく、荘厳な佇まいなのでしょう」
エルフの巫女フィリアが、青い瞳を輝かせて感嘆の息を漏らす。
「うん、綺麗……。でも、アキラのほうがもっと綺麗」
アキラの隣に座る元聖女エルナが、アキラの袖をぎゅっと握りしめながら、静かに、しかし熱の籠もった視線を向けてくる。
「はは、ありがとうエルナ。それにしても、あんな巨大な遺跡が砂漠に眠っているなんて、本当にファンタジーですね」
黒髪の青年アキラは、のんびりとした口調で微笑んだ。前世のブラックゲーム会社での過酷なデバッガー生活から解放され、女神リアから『世界の観光マップ作り』を頼まれて始まったこの異世界旅。オアシス都市サフィールでの水源バグを解決した一行は、サリアの案内で次なる観光スポットであるこの遺跡へとやってきたのだ。
「感心しているところ悪いんだけど、アキラさん。あの遺跡、なんだか妙な魔力が漏れ出していませんか?」
元令嬢のセシリアが、手元で涼しい風を送る『冷却魔導具』の出力を調整しながら、心配そうに遺跡の入り口を見つめた。
確かに、近づくにつれて遺跡の周囲だけ陽炎のような熱気が立ち上り、どこか湿った空気が漂ってきている。
「そうですね。僕の視界のマップにも、あそこからかなりの異常値を示す赤い光が点滅しています」
アキラの目にだけ見えている『拡張現実・観光デバッグUI』には、遺跡の中心部から巨大なバグ警告のポップアップが発せられていた。
馬車を入り口の手前に停め、アキラたちは警戒しながら遺跡の内部へと足を踏み入れた。
しかし、一歩入った瞬間、全員がその光景に目を見張った。
「な、何これ!? 前にお父さんたちと来たときは、ただの綺麗な石造りの通路だったはずなのに!」
サリアが驚愕の声を上げる。
黄金の格子状の天井から柔らかな陽光が差し込む広大な内部空間は、ひんやりとした石造りの遺跡などではなかった。むっとするような熱気と、肌にまとわりつく高湿度の湿気。そして何より、通路という通路を埋め尽くすように、巨大なシダ植物や奇妙な色のツタ、見たこともない巨木が鬱蒼と生い茂る、本物の「ジャングル」が広がっていたのだ。
「ええと……。遺跡というよりは、完全に熱帯雨林ですね」
アキラは額の汗を拭いながら呟いた。
「これほどの熱気と湿気……。まるで巨大な温室の中に閉じ込められたかのようですわ」
フィリアが物珍しそうに、天井から垂れ下がる巨大なツタを観察する。
「アキラ……あそこ、何かが動いた」
エルナがアキラの背後に回り込み、警戒の視線を茂みの奥へと向けた。
ガサガサと激しい葉擦れの音が響いたかと思うと、茂みから無数の蔓が生き物のように蠢きながら飛び出してきた。その先端には、鋭い牙のような棘を持つ巨大な肉食花が咲いている。
「しゃあああ!」
植物でありながら獣のような咆哮を上げ、それはアキラたちへと襲いかかってきた。
「プラントモンスター!? みんな、下がって!」
サリアが腰の短剣を抜こうとするが、アキラは一歩前に出ると、穏やかな声で呟いた。
「大丈夫ですよ。――『絶対安全領域』展開」
アキラがそう口にした瞬間、彼らを中心とした半径数メートルの空間に、透明な半球状の障壁が出現した。
突っ込んできたプラントモンスターの蔓は、その障壁に衝突した瞬間、まるで見えない壁に阻まれたかのように激しい火花を散らして弾き返された。どれだけ蔓を叩きつけようと、酸性の粘液を吐きかけようと、アキラたちの領域には埃一つ入ってこない。
「すごいですわ! アキラ様の障壁は、どんな魔物の牙も寄せ付けませんのね! まさに神の御加護ですわ!」
フィリアが両手を合わせて目を輝かせる。
「うん、アキラの隣は、世界で一番安全」
エルナがアキラの左腕を抱きしめ、頬を擦り寄せる。
「ちょっとエルナ、どさくさに紛れて抱きつかないの! ……まあ、アキラさんのこのチート障壁には、本当にいつも助けられるけれど。この中なら暑さも少し和らぐわね」
セシリアは呆れつつも、安堵の息を漏らした。
「あはは! それなら私はこっち!」
サリアがアキラの右腕にためらいなく抱きつく。健康的な褐色の肌から伝わる体温に、アキラは少しうろたえた。
「ちょ、ちょっとサリア!? あなた、距離が近すぎますわよ!」
フィリアが顔を真っ赤にして抗議する。
「えー? いいじゃん、減るもんじゃないし! アキラ、あったかいよ?」
「うぅ……。アキラの右腕、ずるい……」
エルナがサリアをジト目で睨みつける。アキラは両手に花ならぬ、両手に美少女の状態で苦笑するしかなかった。
「みなさん、仲が良いのは結構ですが、まずは奥へ進みましょう。僕の視界のマップによると、この温室の管理システムがある『中央制御室』は、このジャングルを抜けた先にあるみたいです」
アキラは目の前の『デバッグUI』を見つめた。
画面には、赤い文字で警告が表示されている。
`【警告:生育制御システムの温度バグを検出】`
`【魔力フィードバックループの異常により、植物が狂暴化しています】`
`【解決推奨:中央制御魔導パネルのクリーンアップ】`
「なるほど、やっぱりシステムのバグのせいですね。本来は美味しい果物や小麦を育てるための自動農園だったはずが、システムの暴走でこんな危険なジャングルになってしまったわけですか」
アキラは『絶対安全領域』を維持したまま、のんびりとジャングルの中を進んでいく。周囲では、狂暴化した植物たちが障壁にぶつかっては弾き飛ばされていくが、アキラたちはまるで庭園を散歩するかのように優雅だった。
やがて、巨木の根が絡み合う通路の先に、一際頑丈そうな金属製の扉が見えてきた。扉は半開きになっており、そこから異常な魔力の光が漏れ出している。
アキラたちがその部屋に入ると、そこは数々の結晶石や魔導回路が壁一面に張り巡らされた、古代の『中央制御室』だった。
部屋の中央には、太いツタに完全に覆い尽くされた、巨大な『古代温室管理魔導パネル』が鎮座している。パネルからはバチバチと赤い火花が散り、エラーを示す不快な警告音が部屋に響き渡っていた。
「あれが管理システムですね。あのツタのせいで魔力回線がショートしているみたいです」
アキラはツタに近づき、手を伸ばした。
「アキラさん、気をつけて。いくらアキラさんでも、そのシステムから暴走した魔力が逆流してくるかもしれないわ」
セシリアが警告する。
「大丈夫ですよ。これくらいなら、僕の能力で一瞬ですから」
アキラは優しく微笑み、絡みつくツタと、不気味に赤く光る魔導パネルにその手をそっと触れた。
その瞬間、アキラの視界に半透明のホログラムが浮かび上がる。
`【警告:生育制御システムの温度バグを検出】`
`【クリーンアップを実行しますか? [はい / いいえ]】`
「それじゃあ、このバグ、クリーンアップしちゃいますね」
アキラは心の中で『はい』を選択し、静かに目を閉じた。




