第1章:裏アカという「聖域」の崩壊
すべてが動き出したのは、
カフェの窓際で交わされた何気ない一言だった。
中堅社員の拓は、真面目だがどこか壁のある後輩・純から仕事の相談を受け、魔が差した。
あるいは、彼女の「誰にも執着しなさそうな空気」に毒気を抜かれたのかもしれない。
拓は学生時代、演劇サークルで脚本を書いていた。社会人になった今は、その「書く」衝動を、パンストフェチを晒す裏アカウントへの投稿に昇華させていた。
「実はね……」
拓は純に、自身の裏アカウントの存在を明かす。自分の性癖、無防備な言葉、誰にも見せないはずの自分。
純は無表情に笑った。
「変態ですね」と。
だが、その笑顔の裏で、純の瞳の奥には冷徹なスイッチが入っていた。
(この人の弱みを、握った)
純もまた「書く」人間だった。
中学時代から続く日記。
それは単なる記録ではなく、現実を自分の言葉で解体し、再構築する「呼吸」そのもの。
彼女にとって拓の秘密は、観察対象としての最高の「素材」となった。
その後、純から届いたメールは簡潔だった。
「見ました。変態ですね」
それきり話題には出なかったが、純は夜な夜な、拓のアカウントを遡り、彼の無防備な精神を「観察」し、日記に刻んでいく。
「彼は、自分を曝け出す場所を持っている。でも、それが誰にも見えないと思っている。その無防備さが、愛おしい。そして、少しだけ、怖い」
純の「計画」は、まだ輪郭すら持たない。
しかし、拓という獲物を自らの言葉の中に閉じ込める悦びが、静かに彼女を支配し始めていた。




