第2話 まてまてまてまて
その夜――篠原家。
僕たちは、なぜかリビングに並んで座らされていた。
ソファの中央に母、その両脇に僕と――今日最悪な出会いをした女。
(……何の話だ?いや、これは絶対にろくな話じゃない)
嫌な予感しかしない。
そんな僕の内心などお構いなしに、母――涼子は、いつも通りの軽い調子で言った。
「改めて言うけど――この子、澪ちゃんね、あなたの従姉妹よ」
「……は?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……は!?まてまてまてまて!母さん!」
頭が、完全に止まった。
「叔母さん、私も聞きたいです!」
隣に座るこの女――しの…澪さんも珍しく声を荒げる。
母は少しだけ困ったように笑い、手を合わせた。
「恒一、澪ちゃん。お父さんが帰ってくるまで、少し待ってくれないかしら?」
(しょうがないな……)
(しょうがないわね……)
ほぼ同時に、心の中でため息をつく。
母はそのまま立ち上がり、何事もなかったかのようにキッチンへ向かった。
夕食の支度を始める背中が、やけにのんびりして見える。
僕と、しの…澪さんはというと――相変わらず、最悪な空気のまま。
(父さん……早く帰ってきてくれ……)
横目で澪さんを見ると、即座に睨み返された。
「……何、見てるのよ」
「いや、別に」
(信じられん……)
(従姉妹? 俺に?)
従姉妹がいるなんて、聞いたこともない。
遠い親戚がいるのは知ってるけど、こいつ…
澪さんの存在は初耳だ。
「あらあら、二人とも仲がいいわね。ふふっ」
「どこがだよ」
澪さんは、何も言わずに睨んできた。
母さん、今のどこをどう見たら「仲がいい」になるんだ。
――ガチャ。
玄関のドアが開く音。
(父さん……!)
「ただいま」
「あなた、お帰りなさい」
父――健太郎がリビングに顔を出す。
「おっ、みんな集まってるな」
「父さん、お帰り」
「伯父さん、お帰りなさい」
「澪ちゃん、よく来てくれたね」
「……はい」
少しだけ、澪さんの声が小さくなる。
「まずは、食事にしようか」
「そうね、あなた」
(四人で食事……か)
兄妹のいない俺にとって、家族四人で囲む食卓なんて滅多にない。
しかも、よりによってこの女…いや…澪さんと。
「……だから、何見てるのよ」
「見てないって」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「ははは、もう仲がいいじゃないか」
父は楽しそうに笑う。
(笑えねぇよ……)
「さあ、ご飯できたわよ。食べましょう」
僕と澪さんは無言。
父と母だけが、いつも通り楽しそうに会話をしている。
(こっちの気持ちも考えてほしい……)
食事が終わり、父が改まった様子で口を開いた。
「じゃあ、話をしようか」
「そうね」
「恒一、澪ちゃん。いいかな?」
「……いいよ」
「はい」
父はお茶を一口飲み、ゆっくり話し始めた。
「父さんと母さんは知っているが――二人は、遠縁の親戚にあたるんだ」
母も続ける。
「話すのが遅くなってごめんなさい。同じ学校だってことも……」
(ほんとだよ……クラスも一緒だぞ)
(俺、完全にストーカー扱いされたんだけど)
言いにくい。今さら言えない。
父は少し言葉を選ぶように、間を置いた。
「それでだ。澪ちゃんの両親は……遠くへ行った」
神妙な顔をする父親。
(亡くなった……?)
胸が、ちくりと痛んだ。
(俺、最低なこと言ったかもしれない……)
「――いわゆる、夜逃げだ」
「……まて」
「まてまて」
その瞬間、澪さんは一瞬だけ視線を伏せた。
……ほんの一瞬。
すぐに顔を上げ、いつもの強い目で言い返す。
「だから、何よ」
その目に、感情は読めなかった。
(……その目、怖いんだよ)
「よし! 話は以上だ!」
「二人とも、仲良くするんだぞ」
「そうね、あなた」
(いや、それで終わり!?)
「……何よ」
「見てねぇよ!」
「ほらほら、そこまで。二人ともお風呂入っちゃいなさい」
(来たよ……ラノベイベント)
「どうする? 先に入るか?」
「当たり前でしょ。あんたの後なんて、絶対イヤ」
(こいつ……)
「じゃあ、入ってこいよ」
「言われなくても入るわよ」
(ほんと可愛くねぇ……)
澪さんが風呂に入った後、僕は一人考える。
(夜逃げでも……ひとり、か)
考えた瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。
「少しは、優しくするべきか……」
「何、ぶつぶつ言ってんのよ」
「うわっ!」
(びっくりさせんなよ!)
「早く入りなさいよ。私はもう寝るから」
「はいはい」
「部屋、勝手に入らないでよ」
「入るか!」
(……隣の部屋、空いてるし。そこだよな)
風呂に入りながら、今日一日を思い返す。
「濃すぎだろ……高校初日でこれは……」
もう考えるのをやめた。
風呂から上がり、部屋へ向かう途中。
澪さんの部屋の前を通ると、微かに音が聞こえた。
(……ゲーム?)
(学ラス? 俺と同じゲームやってるのか……)
自己紹介で言ってた。
ラノベとゲームが趣味だって。
(……まあ、いいか)
――翌朝。
登校二日目。
四人で朝食を取り、母から弁当を受け取る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね」
玄関のドアを開けた、その瞬間――
「恒一くん! おはよう!」
「玲奈……おはよう」
そこに立っていたのは、幼馴染の少女だった。
「ちょっと待って。恒一くん、この女だれ?」
「この女?あんたこそ誰よ!」
「先に名乗りなさいよ!」
「何ですって!?」
(ああ……)
「……まてまてまてまて」
僕は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
――二日目が、始まる。
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