{ウィザード王国編}その4 『シナリオ』
誘拐犯に担がれたゼイアは荒れた道を掻き分け、奥へと連れて行かれる。それから暫く歩き、辿り着いたその場所には巨大な廃工場跡地があった。
(どうやらここが誘拐犯達の取引現場の様だな……)
廃工場内には最近補修された部分も見え、悪党の取引場として度々利用されているのが分かる。
そして、そこに監禁されたゼイアは適当な椅子に括り付けられ、一先ず置かれることになった。
(10……まだいるな……)
ゼイアが工場内を見渡すと、目で見えるだけで数名の誘拐犯が寛いでおり、常に一人はゼイアを見張っていた。
「ふぅ、一仕事だったぜぇ……」
「……そこのキミ、もしかして“待っている”のか?」
「あ? なんだよ」
ゼイアは目の前にいる誘拐犯に声を掛けた。
「誰かを待っているのかと聞いたんだ。例えば、私の身柄を受け渡す相手とか……」
「やけに喋るな、コイツ! 今、どういう状況か解ってんのか?」
「私は忠告しておきたいんだ。仕事内容が受け渡しなら、“取引相手は来ない”と」
ゼイアの話にその場の全員が興味を持ち始める。
それは決して良い意味ではないが、ある意味話を聞く体勢には入ったと言える。
彼の過激な発言の数々は、その注目を集める為でもあったのだ。
「オイ。変な命乞いをすると自分の寿命が縮まるハメになるぞ? ゼイア」
「私が持ち掛けたいのは“取引”だ。キミ達は、私が何者か知っているのだろう?」
「まさか金で見逃せとか言う気か? 会長さんよ」
「もっと重要だ。“命が惜しければ私に味方しろ”」
「ははは! コイツ、脅迫して来やがったぞ!」
「私はキミ達の雇主に“心当たり”がある」
「何……?」
「暇なら話を聞いてから判断しても良いだろう?」
「へっ。いいぜ、聞いてやるよ。ホラ、言ってみろ」
初めは本当に暇つぶしでしか無かった。しかし、誘拐犯はすぐに知る事となる。
ゼイアが話す内容の“真意”を……
「今からそう遠くない間、“国騎士”がここの工場を取り囲む。そして突入してくるだろう、キミ達を狙ってな」
「国騎士だぁ!? だったらテメェを人質にするだけだ」
国騎士とは。{国家治安維持特殊騎士団}の略称で、ウィザード王国が発足した所謂警察組織である。
彼らは治安を維持する為に限定的な権力を有しており、武装と戦闘が許されている組織だ。
仕事は国の法律に基づき犯罪者を捕縛、最悪の場合“始末”することにある。
「こんな町外れで騒ぎも起こしてない俺らを国騎士がどうやって見つけるんだよ」
「それは説明するより、実物を見た方が早いかもな」
「た、大変だぁ!!」
ゼイアが不穏な発言をした次の瞬間、慌てる誘拐犯の仲間が部屋へ飛び込んで来る。
その脂汗を垂らしている彼は、外で見張りを担当している誘拐犯の仲間の者であった。
「く、国騎士だ! 国騎士にここの場所がバレてる! 既にここが囲まれちまってんだよ!!」
「な、何だと!? おい、誘拐組ぃ! テメェらツケられたな!?」
「ふ、ふざけんな! 俺達はちゃんと仕事したぞ!?」
仲違いを始める誘拐犯達。
国騎士に感知されたとあっては気が気じゃないだろう。しかし、そんな状態でもゼイアは彼らに語り掛けた……
「落ち着け、彼らは失敗などしていない。私が予期した通りになっただけだ」
「テ、テメェ! いつの間に国騎士を呼びやがった!!」
男は拳銃の銃口をゼイアに向け、険しい表情で凄んだ。だが、状況的に追い詰められているのは誘拐犯だろう。
しかしそれは、“ゼイアも同じ”だった。
「安心しろ。“私も呼んでいない”」
「はぁ!? ならどうやって国騎士がここに来るんだ!」
「国騎士を呼んだのが、私でもキミらでもないのなら……あと呼べる人物は、取引場所をここに指定した“クライアント自身”ぐらいだろう」
「な、何だと……」
ゼイアの言葉を聞いて構えた銃を下げる誘拐犯。
「待てよ……じゃ、じゃあ俺達は!?」
「分かりやすく言うのなら……“捨て駒”だな」
「なっ!!」
「少しは信憑性を帯びただろう。話を聞く気になったか」
誘拐犯達は額に大粒の汗を作る。
見張りの仲間が狼狽しているのを見て、国騎士の来襲は真実だと解る。
緊張で張り詰める空気の中、ゼイアは誘拐犯を真剣な面持ちで見つめていた。
「い、良いだろう……要件を話せ、ゼイア……」
「よし……」
誘拐犯達は互いに無言で目を合わせて頷く。どうやらゼイアから詳しい話を聞く気になった様だ。
「先ず、クライアントがキミ達へ国騎士をけしかける理由だが……それはやはり、私の暗殺だろう」
「はぁ!? テメェで攫って、テメェで殺すのか!? それじゃ無駄だらけも良い所じゃねぇか!」
「その方が“都合がいい”からだ」
「どうしてだ……」
「キミ達を雇ったクライアントだが、ソイツの正体は{ダオン・アドレメナク}。私の“実弟”だ」
「兄弟!? まさか俺達は、お前らの“権力争い”に巻き込まれたのか!?」
「ああ、そうだ」
「クソっ! 段々分かって来たぞ……」
「弟は私がグループの会長に選ばれた事を快く思っていない。だから私を始末し、グループの跡目を継ぐのが最終目的だろうな」
「でも、なんでこんな回りくどいことを……お前を普通に暗殺するんじゃ駄目なのか?」
「駄目だ。ただ殺して終わりと言う訳には行かない……」
仮に正当に選ばれた現会長が変死し、選ばれなかった弟が跡を継ぐ事になったとする。するとそんな都合の良い展開など、誰がどう見ても“謀殺”である。
そして、不自然な交代はアドレグループ内の古参重役達に不信感を抱かせる。それは、最終的にグループの内部分裂へと繋がるであろう。
つまり、“暗殺失敗”と同義である。
「そこで役に立つのが今回の“シナリオ”という訳だ」
「シナリオ?」
「ああ、設定はこうだ」
誘拐犯達がある日、ゼイアを誘拐して身代金を要求する。対してダオンは、ゼイアを救出する為に迅速な国騎士の派遣を行う。
しかしゼイアは、不幸にも誘拐犯達の凶弾で倒れてしまう。するとダオンは、仇討ちとして誘拐犯達を殺し、ゼイアの死体を回収する。
そして、それを大々的に葬儀で追悼し、泣きながらゼイアの意志を継ぐと宣えば……
そこに生まれるのは、“兄想いの弟”がアドレグループを継ぐという構図が完成するのだ。
「美しき兄弟愛。完全なるマッチポンプだ」
「なら、今俺達を囲んでいる国騎士はテメェの弟に買収されていやがるのか!?」
「そうだろう」
「マジかよ……」
「勿論、ヤツとて出来ることには限界がある。精々“金に汚い国騎士”数十名だろうな」
「って、知ったところでどうすればいい! 奴らは完全武装なんだぞ!?」
「なら、この廃工場から出なければ良い」
「え?」
「私に協力し、キミ達は“時間稼ぎ”をしろ。私の誘拐に気付いた部下が援軍を寄越すその時までな」
「だ、だが、オマエも俺達を裏切るかもしれねぇ!」
「いいや、逆だ。お前達には証人としての役割がある。私が裏切るメリットも無い」
「ぐぐぐっ……」
「さぁ、考えろ。雇い主を信じて殺されるか、望みを賭けて私に着くか……今、お前達の選択肢はこれだけだ!」
ゼイアは迫真の表情で語尾を強める。
誘拐犯達は、ゼイアを信じるか運命の別れ道に立たされているのだ。
彼は誘拐犯達の行動に全てを賭け、前に出たのである。