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お金持ちと力持ち  作者: T20
お金持ちと力持ち {ウィザード王国編}
2/27

{ウィザード王国編}その1 『会長』

 まだ外気が肌寒い時期。


 日が空高く登り、朝方降りた霜が溶け出し土を濡らす。長い冬が佳境になると人々の気持ちも前向きになり、民は仕事に勤しみ日常を謳歌する事だろう。


 そしてそんな中、舗装用煉瓦を受注生産するとある会社では、一人“何か”に焦る男の姿があった……


(“会長“が来るなんて聞いていない! 一体、いつ聞き耳に入ったんだ!?)


 この会社はアドレグループの傘下にあり、現在はとある大きな問題を抱えていた。


(社員のストライキが始まってまだ数時間……会長の対応があまりにも早すぎる!)


 焦る男が額に冷や汗を浮かべながら部屋で書類を束ねていると、扉を隔ててその場にノック音が鳴り響いた。


「専務殿、失礼します。入室しても宜しいですか?」

「え!? あっ、ど、どうぞ……」


 専務と呼ばれた焦る男の許可を得て、部屋の扉がゆっくりと開かれる。


 奇抜な髪形に木彫りの髪飾り、その上から紳士服を着こなすという奇妙な出立ち。しかし、その見た目に対し丁寧な物腰と清潔な身嗜みが妙に理知的な雰囲気を醸し出している、珍妙奇天烈な男性であった。


「専務殿、突然の来訪大変申し訳ありません……私は{ラキヤタ}、アドレグループ会長の専属秘書と執事を兼任する者です。以後お見知り置きを」

「え、貴方があのラキヤタ殿ですか!? し、失礼ながら御姿に驚いてしまいまして……」

「大丈夫ですよ。皆様、先ずは私の見た目に驚きますから。実は私、元々奴隷の身でしてね? 出身は山岳部族なのですが、先代会長に買われて……」


 専務に対して、聞かれてもいない自分の身の上話を嬉々として語り始めるラキヤタ。

 すると開いたままで放置されていた扉の奥から、突然“若い男の声”が聞こえて来る。


「ラキヤタ。その話をする前に“私の手伝い”をしてはくれないだろうか?」

「あぁ、申し訳ありません! ゼイア様、ただ今」


 その名前を聞いた途端、専務の背筋が凍った。


 ラキヤタが部屋から出てすぐの事、金属の軋む独特な音が聞こえて来る。そしてそれが、“車椅子”から発せられる音だと専務が気付くのに時間は要らなかった。


「か、会長! お疲れ様です!」

「ご苦労、専務」


 ラキヤタが押す車椅子に鎮座して現れた若い男、彼こそがアドレグループの会長ゼイア・アドレメナクである。

 

 そして専務が最初に見たのは、彼の“両脚”だった。


 ゼイアの両脚は膝から下が無い。当然、歩く脚が無ければ車椅子生活を余儀なくされるのも想像つく。

 そして、色相の薄い肌と長いまつ毛、青い瞳を持った齢十六歳の“成人男性”である彼は、まだ少年と呼んでも差し支えのないあどけなさが残っていた。


(こ、これが新会長“足無しゼイア”! こんな若造がグループのトップとは……到底信じられん)


「専務、細かい前置きは省略しよう。私は多忙ゆえ、失礼ながら早々に本題へ入らせて貰う」

「えっ? あっ! は、はい! そ、それで会長……今回はどの様な要件で?」

「当然、この会社で現在起きているストライキの件だ。話では、ストライキ側の従業員が会長の私と面会を要求しているそうだな」


(バカな、もう情報が出回っているのか!?)


「ぜ、全部知っていらっしゃるのですね……」

「では専務。今すぐストライキ側の代表と会談席を設けてくれ。既に社長の了承は得ている」

「し、しかし会長……それでは先ず、我が社の役員を全員招集して、それから手続きを……」


 専務がハッキリしない声量で喋り出したその時、ゼイアの横で立っていたラキヤタが口を開いた。


「専務殿、ゼイア様の発言は“会長命令”です。全てを省いて迅速に行って下さい、会長がいれば会談は開けます」

「は、はい……わかりました……」


 有無を言わせない圧力を前に、専務は何も言い返す事が出来なかった。

 こうして指示を終えたゼイアは、一旦ラキヤタに車椅子を引かせて部屋を後にする。


 その場に残された専務は額に大粒の汗を作り、この一瞬で起きた事の重大さに胃痛を感じていた。


(しょ、所詮は世襲で番が来たガキだ……さっさとこの件から切り上げて貰えば、問題はあるまい……)


 それから数刻が経ち、専務は言われた通りに会談席を設けた。そして、会長ゼイアとストライキ側の代表者会談はすぐに始まることとなった。


「キミが今回の件の代表か……私がアドレグループ会長、ゼイア・アドレメナクだ。よろしく頼む」

「ま、先ずはありがとうございます、会長……まさか、こんな早くに実現するなんて思ってもみませんでした」


 切り付ける様な空気が漂う会議室では、ゼイア達の他にこの会社の専務と社長の姿がある。

 そして、そんな彼らの視線を一身に浴びる作業着の男性が、今回ストライキを起こした従業員の代表である。


 彼はゼイアとの軽い挨拶を終えた後、息を呑んでゆっくりと本題を喋り出した……


「会長、単刀直入に言います……私達従業員は賃金を増やして欲しいのです」

「……」

「あ、あの……」

「キミ達のことは事前に調べさせて貰った。皆、腕の立つ職人の様だな? そしてキミ達は現状の賃金では仕事と吊り合わないとし、今回のストライキを起こした……成り行きはこれで合っているか?」

「はい。是非とも会長のお言葉で、その要望を叶えて頂きたいのです……」

「では、結論から言わせて貰う……断固として“断る”」

「えっ!?」


 ゼイアの発言はストライキ側の代表者だけではなく、同席していた専務にも驚きを齎していた。


「キミ達の給料は上がらない。何故なら、それが事前契約だからだ」

「そ、それは!」

「雇用契約によれば、規定の給金は成立している。つまり、キミ達は既に見合った賃金を渡されており、その点で会社に否は無い。だがキミ達は、ストライキという形で会社に損失を出してしまった……」

「そ、そんなつもりでは!」

「ストライキで賃金が上がるという前例を作れば、グループ傘下の他社にも同様のストライキが多発するかもしれん。雇用条件が気に食わないのなら辞めるべきはキミ達だろう。我々は最初から条件を提示し、キミ達はそれを飲み込んだ。そこに一切の相違は無い筈だ」


 狼狽える従業員を見ても表情を変えないゼイア。その淡々とした振る舞いは冷たい鉄の様だった……


「フフフ……会長はこうおっしゃられている! 今すぐ戻って仕事を再開しろ!」


 ゼイアの言葉を聞いた専務は立ち上がり、意気揚々と従業員に言い放った。

 どうやら専務は、元々ゼイアがストライキ側へ都合の良い話をするのかと考えていた様だ。


「専務……私の話はまだ終わっていないぞ」


 しかし、その時であった。


「え? ゼ、ゼイア会長……これ以上何を……?」

「確かに賃上げは拒否させて貰った……しかし、この会社に“問題”が無いとは言っていない」


 話が切り替わるとゼイアの眉間に深い皺が生まれた。


「私はこの会社の“勤務形態”に些か気になる点を感じた……説明してやれ、ラキヤタ」

「はい、ゼイア様。この会社の社員管理には……業務内容の危険化、規定より大幅に逸脱した労働時間。そして、アドレグループへの“規約違反”が見られる様です」


 ゼイアの雰囲気が豹変して専務を忽ち悪寒で包む。


「グループは心底遺憾に思っています……従業員に対し、立場を利用した強引な仕事の要求。そして何より問題なのは、そこで生まれた利益がグループへ“未報告”となっている事ですね」

「説明ご苦労、ラキヤタ。さて……この話が本当なら、専務は利益を横領した“盗人”になってしまう訳だが?」


 ゼイアは嫌なため息を吐き、専務を光の無い瞳で見つめる。すると彼は、焦り脳を回転させて口を開く。


「そ、そんなのコイツらが流したデマです、会長! 従業員が私を貶める為に!」

「残念ながらデマではない。何故なら……社長が自ら私に教えてくれた情報だからだ」


「しゃ、社長!? まさか、私を売ったのですか!?」

「……キミと私は、会社を立ち上げた時から二人三脚で経営をして来た。あの頃のキミは頼れる仲間だった……だがもう無理だ。全てを会長にお伝えしたよ」

「そ、そんな……う、裏切り者がぁ!」


「裏切りだと? 専務、キミが社長の信頼を食い物にしたのだろう。だが、アドレメナク家に喧嘩を売ったのはマズかったな。ラキヤタ、{国騎士}をここへ呼べ」

「承知しました、ゼイア様」


 ラキヤタが号令をかけると、黒い制服に身を包んだ男達が部屋へと突入して瞬く間に専務を取り囲む。

 そして、呆気に取られる従業員が口を閉じ忘れている間に専務は男達に連行され、部屋から出て行く。


 それはたった数秒の出来事であった。


「申し訳ない諸君、騒がしくなった。だがこれもアドレグループのためだ。許せ」

「は、はぁ……そ、そうですか……」

「では話を戻そう……キミ達従業員の賃金上げは呑めない。だが、代わりに業務内容の改善を進めさせる。これでストライキを解除して貰えないだろうか?」

「え!? は、はい! わかりました、会長!」

「よし、では話を終わりにしよう。証人は社長だ。それではこれで失礼する。後の事は社長と詳しく話をしてくれ」


 この短時間で起きた出来事の勢いに飲まれ、従業員はゼイアの提案を二つ返事で了承する。

 そもそも、彼の放つ会長の圧を前に末端職員が文句など言える筈もない。


 こうして言質を取ったゼイアは、続けてラキヤタに指示を飛ばして部屋を後にする。

 そして、予想外の結末を迎えた会談を体験して残された者達は、ただ黙る他無かった……


「社長、凄いんですね……会長って……」

「もう、“脚なしゼイア”なんて陰口は言えないぞ……」


 そんな噂を立てられているなどつゆ知らず、ゼイア達は既に忙しく街道を走る馬車の中にいるのであった。

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