{ウィザード王国編}その14 『傀儡』
作戦立案から数日が過ぎたとある日、王国内某所にて。
辺りには夜の帳が下り、夜に吹く風は妙に凍てついている。
そしてそんな中、とある建物の一室にてゼイアとアスタの姿がそこにあった。
「アスタ、首尾はどうだ?」
「問題無い。完璧だ」
アスタはゼイアから支給された“仕事着”に身を包み、身体を軽く動かす。
そして、机に広げられた地図を二人で眺めていた。
「ハギラゴンが拠点に使っている建物だが、表向きは製鉄所として稼働しているらしい。人の出入りや大荷物の運搬が怪しまれない為の措置だ」
「小賢しい連中だ」
「そして何より、関係の無い人もあまり近づかず、住宅街から離れた場所にあると言うのも大きい」
「つまり、多少夜中に暴れても誰も気付かない訳だ」
「どう攻めるかはアスタに一任する。ただ、相手は血の気の多い連中だ。何をして来るか分からん」
「我輩の単独なら、相手が何をしようと変わらん。ヤツらの頭目を捕まえるだけだ」
「頼もしい限りだな。よし、作戦前に再確認しておこう」
ゼイアは地図とその上に置かれた木製の駒を使って、アスタに今作戦の流れを再確認させる。
「アスタは拠点に侵入後、騒ぎを起こしつつハギラゴンリーダーを捕縛してくれ」
「確か名前は……{ゴマント}だったな」
「そうだ。そして私は、折を見て国騎士隊へ報告をする」
「うむ」
「するとその後、調査という形で待機中のダイクーンが国騎士隊を連れて到着する手筈になっている」
「我輩はダイクーンにゴマントを渡し、消える」
「そうだ。それで後はダイクーンがなんとかする」
「シェケダンの目は?」
「問題無い。“偶然”、夜間パトロール中だったダイクーンとその隊が向かう」
「奴への言い訳は?」
「事件はハギラゴンの内輪揉めが発端で、怪しんで駆け付けた国騎士が運良くテロを未然に防いだ、と言うシナリオらしい。シェケダンもテロリストが勝手に瓦解した場合、幾ら怪しくても一切文句は言えない」
「それに文句を言えば、テロリスト擁護で自分が国家反逆罪になりかねんからな。シェケダンはさぞかし悔しがるであろう、顔が拝めんのが残念だ」
「ダイクーンの土産話に期待しよう。では、成功を祈る」
「了解した、我が主人よ」
アスタはゼイアに拳を見せ、任せろと言わんばかりに堂々と部屋を後にする。
ゼイアはそんな彼女の背を見送るのであった。
それから暫くして、ハギラゴン活動拠点前。
そこでは、暗闇に身を隠し施設の外観を見張るアスタの姿があった。
(……夜でも幾人か見張りがいるな。見た目は製鉄所の従業員だが、丁寧に武装している。先ずは軽く潜入し、ゴマントを発見せねばな……暴れるのはその後である)
拠点の見た目はよくある製鉄所に見えるが、実際はテロリストの拠点として改造が施されている。
窓やドアなどの侵入経路は最小限に抑えられ、見張りは必ず目を光らせている。
まともに考えて侵入しようとする方が無茶である。そう、常人の話ならば。
アスタは身を隠していた高台の物陰から飛び出し、敵の拠点の敷地内へと飛び降りた。
だが、その際に発する音は無く、誰も知らぬ間に侵入者が現れたという事実だけが残る。
そしてその後アスタは、体幹の一切揺れない無音走法で拠点内を駆け抜け、物陰から物陰へと移って行った。
「同志ゴマントの話をきいたか?」
「ああ、支援者の事だろ?」
「それだ。結局、アレが誰なのかまだ分からないらしい」
「逆に怖くねぇか? 知らない誰かから金に武器に戦闘員の提供までされるってよ」
「でも、おかげで俺達の戦力は国騎士に匹敵する力になりつつある。ハギラゴンの独立も夢じゃない」
「支援者が同じ志を持つ仲間なら、同志ゴマントに顔ぐらい見せたら良いんだ……怪しくないのか?」
「うーむ……ハギラゴンの行く先は同志ゴマントに任せているからな……少し、気をつけるべきか?」
ハギラゴン拠点内部。
二人組の見張りの者達が拠点内から外を監視出来る窓付近にて、会話を交わしつつ警備をしていた。
彼らは僅かな灯りの前にて、酒で暖を得ていた。
自分達の頭上の梁にアスタが蜘蛛の如く張り付き、密かに話を盗み聞いているとも知らずに……
(支援者の正体をリーダーのゴマントですら知らないのか? いよいよきな臭くなって来たな……)
アスタは、非凡な指圧でへばり付いていた天井の梁から手を離し、音も無く二人の見張りの隣へ降り立つ。
「「えっ?」」
次の瞬間、アスタの軽く握られた拳が二人の顎の先端を掠める。
残像が見える速度で放たれた拳は、見張りの者達の顎から脳へ衝撃を伝達し、彼らの意識を遥か遠くへと連れて行った。
(当然、ゼイアが支援者な訳も無い……となると、まるでコイツらは都合良く利用されて見える)
アスタは気絶する見張りの者達を物陰に隠し、更に拠点奥へと歩を進めるのであった。
その後は道中、見つけた構成員を気絶させつつ、ゴマントを探して拠点内を巡るアスタ。
すると彼女は、とある一室へと辿り着く事となる。
その部屋は拠点内でも特別なのか、多人数を入れられる広間に地図やら書類の置かれた巨大な机。
そして、ハギラゴンのシンボルを刺繍した巨大な旗が掲げられていた。
所謂、テロリストの司令室の様だ。
「貴様がゴマントだな……」
「何!? 誰だ、お前ー!!」
司令室内で書類と睨み合っていたゴマントは、突然室内に響いた知らぬ人物の声に驚き顔を上げる。
まさか、堂々と侵入者が司令室の出入り口から入って来たとは思っていない様だ。
ハギラゴンリーダーのゴマントは、軍服の様な服を身につけて頭に布を巻いている。
そして胸には、ハギラゴンのシンボルと同じ刺繍が施されている初老の男性と言った風貌である。
「我輩は貴様を捕らえに来た。このふざけた組織を潰させて貰うぞ」
「誰だ、国騎士か!? 誰か知らんが、単独とは……なら取り敢えず、死ねい!!」
ゴマントは腰のガンホルダーから素早く拳銃を取り出し、アスタ目掛けて発砲した。
銃身から溢れる火に押されて飛び出た鉛の玉は、真っ直ぐ飛んでアスタの胸へ直撃する。
だが、弾は彼女の服を貫く事はなく、その動きを止めて重力に従って地面に落ちた。
「防弾服だと!? チィッ!」
ゴマントは打ち切った単発式拳銃をアスタ目掛けて投げ付け、背後にあったハギラゴンの大旗を壁から剥がす。
そして、腕に軽く巻き付けて奇怪な構えを取った。
「誰か知らん相手にこの技を見せる事になるとはな!!」
「ほぅ。“暴布拳”とはまた古い武術を使うな、ゴマント」
「暴布拳を知っているとは……誰か知らんが、只者ではない事は確かの様だ。しかし……知った所でこの技が見分けられるかぁ!?」
ゴマントはシンボルの描かれた大旗を棒術の様に振り回し、素早くアスタ目掛けて飛ばして来る。
暴布拳は布を自在に操り武器とする武術の一つである。
布は直立していたアスタへ巻き付き、彼女の身動きを奪う。するとゴマントは、短刀を取り出して接近する。
「幾ら防弾服を着込もうと、身動きがとれねば誰とて関係あるまい!! これぞ暴布拳奥義、縛布列伝!」
ゴマントが勝利を確信した次の瞬間、アスタは彼の目の前で素早く横回転を始めた。
すると忽ち彼女へ纏わりついていた布は解かれ、巻き付く相手を失い宙に浮いた旗の先端は、気が付けばアスタの手に握られていた。
「暴布拳の使い方が甘いな、ゴマント」
「なっ!?」
アスタは旗の先端を握った手首を回転させ、捩り鉢巻きの様な形状にして振り回す。
そして、短刀を持って接近して来たゴマントに対し、荒縄の鞭の如き布を叩き付けた。
顔面に布を食らったゴマントは怯み、その間にアスタは巻いた布を元の平たい形へ戻す。
そして今度は、凱旋パレードをする歩兵の如く布を振り回し始めた。
「暴布拳奥義、縛布節固」
「ぼ、暴布拳だと!? 貴様一体、誰なんだ!?」
アスタはゴマントから奪った布を操り、彼の手脚へと複雑に絡みつかせる。
布は宛ら蛇の様に動き、それを繰り出すアスタはまるで舞を踊るかの様だ。
そして、複雑に絡み合った布はゴマントの関節を固め、瞬く間に身体の自由を奪ってみせるのだった。
「ば、ばかなーっ! こ、これは暴布拳の奥義だ!」
「そうだ。お主の技が甘い故、手本を見せてやったのだ」
「そ、そんなっ! 誰か知らん奴に、この技を使って私が負けるなんてーっ!?」
「昨今、暴布拳を知る者などおらんからな。初めて見た者なら今ので十分勝てただろう。しかし、中身を知っている相手には捻りが必要な技である」
「く、くそ! だ、誰かーっ! 誰か来い!」
(さて、ゴマントは捕まえた。後は暴れてダイクーンを呼び出すだけだな……丁度良い、ゴマントに構成員を集めさせて蹴散らすか)
アスタは布で拘束されて叫ぶゴマントを放置し、あえて座して待つ構えの様だ。
するとすぐに騒ぎを聞きつけた構成員達が現れた。
状況が状況なだけに構成員は驚きつつも、すぐに長銃を持って応戦する。
だが、アスタがその程度の連中に遅れを取る筈も無く、瞬く間に駆けつけて来た構成員を返り討ちにしてみせた。
「な、なんなんだコイツは!?」
「銃が効かないぞ!」
ハギラゴンの拠点内は突然現れた侵入者により、阿鼻叫喚の状況となって大きな騒ぎとなって行く。
(そろそろゼイアがダイクーンに突入支持を出す頃か……我輩もゴマントを置いて拠点から脱出せねばな)
目的を達成した彼女がこれ以上現場に居る必要は無い。
計画通りに事を運ぶ為にもすぐ退散すべきだろう。
「一先ずはこんなものだろう……」
「うわぁああっ! だ、誰が“放った”んだ!」
「ん? 何だ……」
アスタが拠点内から脱出しようとしたその時であった。
今、彼女がいる拠点内広間に、自分が原因では無い構成員の叫び声が聞こえて来る。
それを不穏に感じたアスタは、拘束して小脇に抱えていたゴマントを広間の端へ転がした。
「ヴァアアアアアア!!」
「何だ……獣か?」
「こ、この声はまさかっ! アレを解き放ったのか!?」
「“アレ”?」
ゴマントが声の正体に気付いたのか激しく狼狽しだす。
アスタには理解の及ばぬ状況だが、冷静を保ち取り敢えず身構えた。
すると数秒後、断末魔と共に構成員の死体がアスタのいる広間の入り口から投げ入れられる。
そして、その後を追う様に頭から大きなボロ切れを纏い、荒縄で身体ごと布を縛った歪な骨格の巨躯が現れた。
「人間……なのか?」
「ちくしょう、お前のせいだ! お前が暴れるから同志の誰かが“コイツ”を解き放ってしまったんだ!!」
「説明しろ、ゴマント。コイツは何だ……」
「や、奴は兵器だ……それを送った奴は{キメラ兵士}とだけ言っていた」
「キメラ兵士……?」
アスタはゴマントがキメラ兵士と呼ぶそれと相対する。
明らかに様子がおかしく人間とも呼べるか微妙なそれは、唸り声をあげながらアスタを見つめていた。
すると突然、キメラ兵士は人外の叫びを放ち、アスタ目掛けて飛び掛かって来た。
アスタは咄嗟に腕を盾として身を守るが、相手は構わず上から殴り付けてくる。
「ぐうっ!?」
キメラ兵士に横殴りされたアスタは、身体が浮き上がり数メートルほどその場から足を引き摺った。
アスタは普通の人間ではない。
鍛え上げられた肉体と技術、そして類稀なる得体を持つ女傑である。
それが身構えた状態にも関わらず、相手は片腕の腕力だけでそれを動かしたのだ。
「久しく忘れていた衝撃だ……チャリオットで走る兵士に鉄球をぶつけられた時を思い出す」
「馬鹿な、キメラ兵士の攻撃を受けて耐えたのか!?」
すると、キメラ兵士はアスタを無視し、突然ゴマントへ向かって走りだす。
勿論、アスタは敵の狙いに気付き素早く動き出した。
「ひ、ひぃ!?」
「グルァアアア!」
「我輩を無視とは連れないな!」
アスタはキメラ兵士の顔面目掛けて鋭角な蹴りを放ち、先程の仕返しと言わんばかりに蹴り飛ばして見せた。
「ゴマント。コイツはハギラゴン構成員か?」
「それを聞いてどうする!」
「我輩は無駄な死体を増やすつもりは無い、コイツは危険と判断して殺す。どうやらコイツの狙いも、我輩では無く“口封じ”の様だ」
「えっ……く、口封じ?」
「コイツが言葉を理解しているのか分からんが、貴様を排除しようとしているのは事実である。つまり、コイツを兵器として売った奴は、貴様らハギラゴンの自滅を想定している」
「なんだと!?」
「力に目が眩んだな、ゴマント。コイツはとんだ不良品である。貴様らの言う支援者とやらは、関係者全員の共倒れを狙っておるのだ」
「馬鹿な……我々が道化だと……」
「バァアアアアア!!」
「もうお目覚めか。常人なら即死する蹴りなのだがな」
アスタの蹴りを顔面に食らってなお、叫んで立ち上がるキメラ兵士。
最早、人外として扱って良いだろう。
キメラ兵士は自らの頭に被さったボロ切れを引き裂き、その姿を顕にする。
それは人間とは思えぬ体毛や筋肉、牙や膨れ上がる血管を剥き出す怪物の姿であった。
「人の面影……“元々”は人であったか」
キメラ兵士はアスタへ直進し、間合いに入った途端腕を振り回し始める。
技らしい戦闘技術は無い様だが、とにかく凄まじい膂力と付随する身体能力が危険である。
するとアスタは、両目を見開き凄まじい集中力を発揮、非凡な反射神経でキメラ兵士の攻撃を次々と避ける。
「貴様はただの馬鹿力、我輩は技巧も使える。舐めるなよ、人類の培った技術を」
アスタの両脚はその巨体からは想像の付かない軽快なステップを踏んでおり、身を立体的に動かして紙一重の回避を繰り返す。
「肉体のタフさは人外だ。されど、スタミナは予想より遥かに下の様であるな。“動きが鈍っている”」
「グガァッ!?」
刹那、回避ばかりしていたアスタは突然攻勢へ出た。
威力は程々だがとにかく素早い殴打の連続が、疲れて動きの鈍るキメラ兵士の顔や腹部を叩き出す。
それにはキメラ兵士も涎や汗を撒き散らし、鈍い音を奏でて後退を始める。
そして、蓄積したダメージで大きく怯んだその隙をアスタは見逃さなかった。
「すまぬ。お主を作った者には必ず制裁を加えてやる」
アスタはその場で飛び上がり、キメラ兵士の頭上を取りつつ顔面を両手で押さえる。
そして、飛び降りると序でに身体を空中で捻り、キメラ兵士の首を540度回転させて首をへし折った。
「キ、キメラ兵士を素手で倒したのか……」
「仕方がないとは言え、気持ちの良いものでは無いな……ん? な、何だと!?」
一息吐いたアスタが驚く。
何故なら、首をへし折った筈のキメラ兵士がまだ両脚で立って息をしているからだ。
「ぐ、ぐがが……」
「し、死んでいないのか!?」
「ええい、どれ程の改造を受ければこんなデタラメな生命力を……」
ゴマントとアスタが死なないキメラ兵士に血の気が引いていたその時だった。
広間の扉を蹴破り見覚えのある大男が入って来る。
その男は有無を言わせず、手に持った大口径の長銃を構えて引き金を引く。
銃は火を噴き、飛び出した鉛玉はキメラ兵士の眉間に命中。頭蓋を破壊して殺害した。
「大丈夫か、アスタ!」
「ダイクーン! そうか、大分時間が経っていたのか」
「取り敢えず、お前は他の国騎士に見つかる前に逃げろ。ゴマントと他の構成員は俺達で確保する!」
「すまぬ。後は頼んだぞ」
駆け付けたダイクーンは後のことを引き受け、とにかく作戦通りにアスタを脱出させるつもりの様だ。
当然、アスタはそれにすぐ同意し、彼に現場を任せてこの拠点内から脱出するのであった……
それから暫くして、街を走るとある馬車の中。
そこでは、帰還中のアスタとゼイアの姿があった。
「悶着はあったが、無事作戦は成功したと言う事か?」
「である、ゼイア」
「良かった……しかし、キメラ兵士とはまた……」
「何か心当たりはあるのか?」
「“キメラ”……と言う言葉には覚えがあるんだ」
「教えてくれ」
「私が産まれる前の事件だが、同名の怪物がウィザード王国内に現れた。山羊と獅子の頭を持ち、尾が蛇で翼の生えた巨大な化け物だったと言う」
「なんだ、そのゴチャ混ぜになった生物は!?」
「国外は未知で溢れている。外来生物だと言われているが……倒された屍骸は燃やされ、結局謎に包まれている。当時、多くの犠牲者を出しつつ何とか倒したそうだ。そう言えば、あの日から国騎士の武装強化が始まった」
「出自が不明の生物とは穏やかではないな……」
「その事も含めて、ダイクーンの事後処理が終わった後に全てを聞こう。今回の件は根が深いぞ……」
「心配だが、一先ずは帰るとするか」
アスタとゼイアは一抹の不安を覚えながら、夜の暗闇の月明かりの下、馬車を走らせて帰路へ着くのであった。