{ウィザード王国編}その11 『過去。そして暗躍』
ゼイアは幼い頃、自分と母親の乗った馬車が衝突事故を起こしている。
その際、自分を庇った母親と相手の馬車の操者は死亡し、ゼイアだけが生き残ったという過去がある。
「その時、私も馬車の瓦礫に巻き込まれ瀕死の重傷を負い、放置すれば死んでしまう様な状態だった」
「凄まじいな。どうやってその状況から……」
「そんな時、死に掛けた私の前に“謎の大柄な人物”が現れたのだ。その人物は、事故現場の瓦礫の中から私を救出し、最寄りの医者の下へと向かった」
ゼイアの怪我は酷く、瓦礫に巻き込まれた彼の脚は砕け動かせなかった。
しかし、一刻の猶予も無かった為、その人物はゼイアの両脚を切り、止血して医者まで颯爽と駆けたそうだ。
こうしてゼイアはその人物のおかげで一命を取り留める事が出来た。
しかし、救ってくれたその肝心の“英雄”は、彼を医者に任せてそのまま姿を消してしまったのだ。
アドレメナク家はその英雄を探す為、グループで総力を挙げて探したが見つからなかったそうだ……
「私は事故で薄れゆく意識の中、その救ってくれた大柄な姿の人物の面影だけを記憶に残している……」
「それがゼイアの中の英雄か……」
ゼイアがアスタを市場で見つけた時、彼は彼女にそれを語らなかった。
だが、確かにその面影をアスタに感じていたのだ。
アスタは性別、出身地から間違いなくその英雄とは別人だが、ゼイアの記憶に刷り込まれたその存在を自然と意識してしまう程に感じていたのだ。
「それがアスタを選んだ理由ですか……」
「ええ……少し話が長くなってしまいましたね、女王」
「いいえ、ゼイア殿の人となりを推し量る事が出来る話でした。やはり、ダイクーンの導きはいつも鋭い」
「でしょー? だから俺はお嬢にゼイアを会わせたくて、バルコニーから態々登ったんですよー」
「ゼイア殿にあのルート使わせたの!? はい、減給」
「嘘ですよね、お嬢。え、嘘でしょ。嘘ですよねぇ!?」
ダイクーンが膝を折って崩れる横で、ゼイアとエドリガムは話を続ける。
「ダイクーンは少しバカですが、信頼に足る者。それが連れて来たのですから、ゼイア殿と知り合えて良かったと思います」
「私もエドリガム女王とお会い出来て光栄です。ダイクーンから聞いた話で、貴女が聡明かつ芯のお強い方だと存じています。そこで女王、もし力が必要な時は御一報下さい。アドレグループがご協力しますよ」
「ええっ、本当ですか!?」
「私のグループは国内外問わず力を持ちます。なら、私に出来ることも多々ある筈、この場で皆が出会ったのも一つの運命と呼んでいいでしょう」
協力を申し出たゼイアに驚くエドリガム。
ゼイアはエドリガムの姿を見て、ダイクーンが言っていた“王の器”を感じ取った様だ。
そして、ゼイアとエドリガムは握手を重ねる。
それは普通の握手からでは想像もつかない大きな意味合いがあった。
「では、挨拶も済みました。今宵は非常に実りのある話が出来て良かった……またお会いしましょう、女王。ダイクーン」
「ええ、必ず。ゼイア殿」
「またなー。ゼイア、アスタ」
こうして別れと再会を告げた四人。
ゼイアは何度もお礼の言葉を述べながら、アスタと共にその場から退散する事になった。
そしてゼイア達は、今宵のパーティを早めに終えることとするのだった。
「まだ時間は早いが、十分実りのあるパーティだったな。ゼイアよ」
「ああ、コレならパーティも悪くない」
「長いウィザードの歴史で、女王が民を導いた時代があっても良いな……ん?」
「どうした、アスタ」
「そう言えば、ゼイア。“嫁候補”は見つかったのか?」
「なんだ、そんなことか……勿論、七百人はかたいさ」
「直球な嘘! そもそも会場にそんな女性がいないぞ」
「か、帰るぞ! アスタ、馬車を呼んで来い!」
ゼイアは頬を膨らませてアスタに帰り支度の指示を出す。それを見た彼女はうすら笑みを浮かべながら、馬車の駐車場へと単身向かうのであった。
「もうお帰りになるのですか? パーティの時間はまだまだありますが……」
「構わん、目的は済ませた。アドレメナク家の馬車を城門前に出してくれ」
「分かりました。それでは馬車を出しておきますね」
アスタは城の馬車停車場にいた係員に頼み、出立の手続きを取り付けた。
その後、係員がアドレメナク家の馬車を取りに行くのを見送り、彼女もまたゼイアの元へと戻ろうと歩み出す。
「ん?」
するとアスタは道中、パーティ会場から離れた場所で会話する人物の姿を見つける。
普通なら何も気にせず通り過ぎるだけだが、目に付いたその人物はもう一人のウィザード王国宰相、シェケダン・ジュン・エルキドゥだった。
アスタはそんな彼が気になり、身を適当な物陰に隠しながら彼の会話する姿を見つめていた。
「シェケダン様」
「なんだ?」
シェケダンと話している相手は貴族服に身を包んだ男だが、アスタはその男の立ち振る舞いが気になった。
(……無音歩法。猫背に見せてるが懐に暗器を仕込んでいる……あの男、上手く化けているが“プロ”であるな)
アスタはその男が“ただの貴族では無い”事を見抜いていた。彼女はその後も、読唇術を使い遠方からシェケダン達の会話を盗み見る。
「予想通り接触がありました。取り込むつもりです」
「だろうな……ちっ、研究も佳境だと言うのに面倒な話だ。恐らく、賄賂如きでヤツがコチラに着く事は無い……これが嫌で、アイツらを見逃したと言うのに」
「まさか、アレだけの準備をして作戦に失敗するとは思いませんでした。不確定要素でもあったのでしょうか」
「だが、結果は結果だ。現にヤツは会場に現れた……このまま放置という訳には行くまい。今の有利が崩されたら研究などしてる場合では無くなる、早急に手を打つぞ」
「では、どうしますか? シェケダン様」
「そうだな……テスト用に生かしていた実験動物が居たろ? アイツらにプロトタイプを送り、暴れさせろ。後はアイツらとヤツを繋げて、仕立てる」
「なるほど……データ集めと処理を兼ねる訳ですか」
「繋がりの形だけ取れれば、後は強引でもどうにかなる。適当に圧力を掛けて潰せるさ」
「了解しました。では、後はこちらで舞台は整えます」
「頼むぞ、この国の行く末が掛かっているんだ」
貴族服の怪しい男はシェケダンから離れて行く。
するとシェケダンは辺りを見渡し、一人パーティ会場へ向けて歩き出すのであった。
(つい、盗み見てしまった。かつての癖が消えん……何か、政治的な話だった様だが……ゼイアに関係無ければ良いのだが……)
そんなアスタはふと我に帰ると、自分の責務を思い出して急ぎゼイアの元へと戻る。
それから二人は何事も無く帰路に着き、建国記念日パーティも終わって時が経つのであった。