{ウィザード王国編}その10 『女王と巨人』
数日が経ち、建国記念日パーティ当日となった。
国の中枢として機能し続ける、非常に歴史深い建造物ウィザード城。
今宵、ここで開かれるパーティは国の大イベントと呼べるだろう。当然、招かれる場所も、客人も、おもてなしに至るまで、その全てが最高峰である。
城へ向かう参道の手前、停車する馬車からゼイアとアスタが降りてくる。
二人の姿は普段着と違い美しく着飾る装いだ。勿論、この日の為に誂えた一流品である。
ゼイア達の馬車の側には宮廷使用人が立っており、彼らは言葉を交わすことなくゼイア達の馬車を預かり、城内駐車場へ移動を始める。
それを見送ったゼイア達は、城内へ続く正面通路となる参道を歩み出した。
舗装され、灯りと彫刻群で出迎えるこの道には、パーティへ呼ばれた栄えある者達がそこかしこに歩んでいる。
二人はそれに負けじと、凛とした態度を貫いた。
「ほぉー、城前でこれだけの賑わいがあるとはな」
「私は既に疲労を感じるぞ、アスタ……」
「これを機会に仕事を生むのだろう? 気張れ、ゼイア」
「ここまで来たら女王の顔ぐらいは拝まなくてはな」
パーティに苦手意識を見せるゼイア、だがアスタはお構いなく車椅子を押す歩みを止めず城を目指す。
二人が暫く参道を進んでいると、まだ会場ではないのに華やかな衣装を纏った者達が一箇所に集まっているのが見える。
人集りは一人の男性を中心にしており、その男は白い肌に線の細い身体付き、そして胸にこれ見よがしと金色の勲章を貼り付けていた。
「ん? アレはひょっとして……“宰相”か?」
「む、何者なのだ? ゼイア」
「彼は王国宰相のシェケダンだ」
王国宰相{シェケダン・ジュン・エルキドゥ}。
ウィザード王国の防衛や外交にも携わっている人物で、ゼイア達もその名を話によく聞く役人である。
彼は、サザーザウィザーの分家に当たる人物であり、現在王国にいる二人の宰相の内の一人である。
「所謂、ナンバー2。女王に次ぐ権力者だな」
「ゼイア、挨拶はしなくて良いのか?」
「勿論、挨拶はしたいが……流石に今の彼は他の者との喋りに夢中で忙しそうだ……今はやめておこう」
「しかし、なんでこんな参道で話しておるのだ? 城内で話せば良いであろう……」
二人は人集りを作る宰相シェケダンを横目にしつつ、再び道を進む事にする。
薔薇のアーチで飾られた参道を抜け、開門された城へ辿り着くと数十人の宮廷使用人が出迎える。
使用人は一行がアドレメナク家と解るや否や、二人を城内のパーティ会場へと案内し始めた。
そうして導かれた豪華絢爛な広場には、既に高貴な身なりの者達が酒のグラスを片手に溢れ返っていた。
ここにいる全員が何かしらの有名を持つと言うのだから驚きだろう。
そしてゼイアもその一人であり、彼が登場するとパーティ参加者は会話を辞めてまで目線を送って来た。
「まさか、あの方がウワサのアドレグループ会長?」
「本当に足が無いんだな……あれが新会長ゼイアか……」
「かなり大きいけど……あの女性、従者かしら……」
やはり際立つ二人の容姿、それを口々に話し始める参加者にゼイアが小さなため息を吐く。
「分かってはいたが。私達は周りの注目を集めてしまう様だ……これが嫌いなんだ」
「ふむ、早速コソコソ話が始まっておるな」
「だがコレも仕事だ……アスタは暫く見ていてくれ」
アスタに他言無用の付き添いを命じ、ゼイアは参加者が跋扈するパーティへと身を投じるのであった……
それからのゼイアは、話しかけて来る上流階級の者達に恥じぬ様、アドレメナク家の代表として立ち振る舞う。
対してアスタは基本喋らず、彼の頑張るその姿を見守り続ける。
それから暫くの間、貴族との会話をこなし続けたゼイアは、会場の熱気にあてられて疲労が見え始める。
するとアスタは、彼に一息吐こうと打診。車椅子を押して夜空が広がる隣接バルコニーへと出ていた。
誰もいないバルコニーで会場から漏れる光を背中に受けつつ、二人は束の間の休憩を取る。
そんな時間だけは少し心地よくもあった。
「まだ夜は冷えるな、アスタ」
「もう疲れたか? まだ、女王に会えておらんぞ」
「やれやれ、先は長そうだ……」
こうして二人が熱った身体を冷やしながら横に並んでいると、突然辺りが暗くなる。
どうやら誰かがゼイア達の背後に立ったのか、会場から溢れる光が遮られた様だ。
ゼイアとアスタはその影の大きさに驚き、振り向いた。
「おっと、ごめんね。驚かせちゃったか?」
「……キミは……」
ゼイア達の耳に入った野太い声、二人の背後に立っていたのは男性だ。
だが、驚くべきはその人物の体格であった。
その男の身長は“アスタ以上”。
凄まじい巨体に身に付けた高価な正装着は、服の下の肉体のせいではち切れんばかりに伸びきっている。
彫りの深い顔立ちに、図太い首。
月明りで輝く金色の瞳とオールバックに纏めた短髪は、流石に目を見張る存在感があった。
「俺は{ダイクーン}だ、ヨロシク」
「……私はゼイアだ。すまなかった慣れていたつもりなんだがな」
ダイクーンと名乗った大男は、ゼイアの隣に立つアスタを見つめ、屈託の無い笑顔を作って頷いた。
どうやら、今の言葉の意図を察した様だ。
「彼女はゼイアの従者かい? うーん、勝手に親近感が湧いてきたよ。宜しくね」
「ふむ、我輩より高身長とは驚きだ。宜しく、ダイクーン。我輩はアスタである」
アスタとダイクーンは巨大な掌で握手を交わす、互いに同じ目線で握手する機会は少ないだろう。
「しかし面白いな、キミ達。良かったら少し俺と話をして行かないか? 他の貴族よりゼイア達の方が楽しそうだ」
「丁度いい。私達も退屈していた所だ」
気さくでやや不遜なダイクーンと言葉を交わし、ゼイアは彼にアスタと同じ空気感を感じる。
だからか、もう少し彼と話してみたい気もした。
こうして三人は取り留めのない会話を続け、気が付けば時間も経っていた。
するとダイクーンは、ふと会話を切り替えてゼイアに質問を投げ掛ける。
「ゼイアはこのパーティに何か目的とかあったりする?」
「ああ……そうだな。私は仕事で女王へ挨拶に来たんだ。ただ、肝心の彼女が会場にいない様だが……」
「うーん、自分の城に客を呼んでおいて、主役が不在とは酷い話だ。俺も仕事の雑用ばかりで飽きちゃったし……そうだ! ゼイアとアスタが早く帰れる様に、俺が手を貸そうか?」
「何? ダイクーンにはそんなことが出来るのか……」
「コネがあってね、挨拶程度なら女王へ通せるんだ。ただ、少しばかり“刺激的”かも……」
「刺激的?」
ゼイアが疑問に思う中、ダイクーンは彼の車椅子を押してバルコニーの端までやって来る。
すると一言“掴まっていろ”と述べ、突然車椅子ごとゼイアを持ち上げて肩に担いだ。
当然、まさかそんな行動に出るとは予想していなかったアスタも、慌ててダイクーンに声を掛ける。
だが彼は、そんなゼイアもアスタも無視して、車椅子を担いだままバルコニーの壁をよじ登り始めたのだ。
そしてその巨体からは想像の付かない身軽さで、気が付けば一つ上の階層の窓にまで登りきってしまった。
唖然としていたアスタはふと我に帰り、ダイクーンを追って同じく壁面をよじ登り追跡するのであった。
「ホイ、女王はいつもこの階層の自室にいるんだ。普通に中央階段から向かうと、貴族だらけで三時間は人混みの中にいる羽目になるからね。ここが一番早いってワケ」
「「事前に言え、ダイクーン!!」」
「ふっはっはっはっ! 寧ろ、ゼイアとアスタはこういうのに“慣れている”様に見えたけどなー?」
破茶滅茶な行動に出るダイクーンに振り回されるゼイア達。
しかし、彼は先程の豪快さとは打って変わり、ゼイアの車椅子をアスタへ受け渡し、今度は車椅子の彼の為に先の扉を開けて丁寧な心遣いを見せる。
「で、ダイクーンよ。我輩達をどうするつもりだ?」
「女王の部屋まで案内するよ。着いて来て、アスタ」
ダイクーンはそう言って廊下へと出て行く。ゼイアとアスタはそんな彼に従い後を着いて行く事にした。
するとその矢先、廊下で三人は宮廷使用人と思わしき人物とバッタリと出会す。
パーティ会場の範囲から抜け出したゼイア達が、関係者に見られるのは少し宜しくない話だ。
「あ、お疲れ様ー」
「あら、ダイクーン様。こんな所でどうされたんです」
「お仕事。でさ、“お嬢”は今部屋にいる?」
「ええ、女王様はお部屋にいらっしゃいますよ」
「うい、ありがとう。適当に休んじゃって良いからね?」
ダイクーンは軽口で使用人と会話し、そのまま別れる。
今のやり取りでダイクーンが並の地位ではないと分かる、どうやら彼は“勝手に城を歩き回っても良い人物”の様だ。
「ダイクーンは女王と面識が深いのか?」
「ちょっとねー」
「“ちょっと”……か」
「ゴメンね、お嬢が出て来なくてさー」
「パーティ中に篭るとは、女王の地位は大変と見える」
「ははは……許してやって、ゼイア。あの人、苦労しているからさ……」
「女性、初の国王だからな」
「先代王が早くに死んじゃって、未婚のままウィザード王国の王位を継承したんだ。そんな忙しい状況でも、辺りの権力者達が求婚ラッシュだぜ?」
「確かに……それは嫌にもなるか」
「男達は求婚に成功すれば、国王になるチャンスだからな。でも、俺はこのままで良い気がするよ」
「生涯未婚と言う事か?」
「いや、女王のままでって事。お嬢は聡明だし、性別も血筋も正直どうでもいい。国民はそんな事より今の生活が重要なんだ」
「ほう……ダイクーンは型破りだな。いや、目線が民に近いと言うべきか?」
「ゼイア、理想の国を作るなら、革新的な発想は恐れず取り入れるべきだ。今を生きる者達に余裕が生まれれば、未来を先の世代に託せる。それに風習がずっと同じじゃ、つまんないだろ?」
「おいおい。キミはそんな発言をしていい人物なのか? 見たところ、かなり地位が高そうだが」
「へへへ……多分、お嬢に怒られる……」
「でも、私は嫌いじゃないぞ。ダイクーンの考え方」
「おっ! ゼイアとは気が合いそうだなー」
一同はその後も会話を続け、ダイクーンの導きのまま城内を進む。
するとダイクーンが徐に立ち止まり振り返る。
それは丁度、重厚で豪華な扉の前での事であった。
「到着。ここがお嬢の部屋だよ」
「エドリガム女王がこの中に……」
ゼイア達にそう述べたダイクーンは、二人の緊張などそっちのけで勝手に扉をノックする。
そして、躊躇なく扉を開いた。
「むふぉっ!? ふぁ、ふぁいふーん!?」
「あ、お嬢。来客っすよ」
「ふぁかー!!」
扉を開けた先には、椅子に座って口いっぱいにスコーンを頬張る女性の姿があった。
美しく束ねた白金の長髪を靡かせる彼女は、透き通る翡翠の瞳をゼイア達に向けて焦り散らかしている。
王族としての高貴な風格に満ち溢れている彼女こそ、国王エドリガム・サザーザウィザーその人であった。
「ダイクーン! 貴方と言う人は、なんでそう勝手に!」
「すみません、ちょっと客人に良い顔したくて……つい格好つけてお嬢に会わせてあげるって言っちゃいました」
「きぃいい! ホント、バカねアンタ!」
エドリガムはダイクーンを軽く殴った後、何事もなかったかの様にゼイア達へ振り向き優しい笑顔を向けた。
「{ウィザード王国12代女王、エドリガム・サザーザウィザー}です。以後お見知り置きを」
「お取り込み中、会って頂きありがとうございます女王。私はアドレグループの新会長、ゼイア・アドレメナクと申します。この度は女王へ挨拶がしたくて参りました」
「ああ、貴方があのアドレグループの新会長殿ですか。お噂は予々、若くして組織を束ねる優秀な方だと」
「ありがたきお言葉……しかし、優秀なのは部下で、私はただの凡人です。それと、彼女はアスタ・ビシャ・ザガン。特殊な来歴の持ち主ゆえ、少し無礼があるかもしれませんが秀でた能力も持ちます」
「あら。宜しくお願いしますね、アスタ」
「うむ。苦しゅうないぞ、エドリガム!」
「うおっ!? お嬢のセリフだろ、ソレ!」
ダイクーンはアスタの傲岸不遜さを目の当たりにしてその場で驚く。
しかし、エドリガムは何故か笑っていた。
「女王、会っていきなりなのですが……もし差し支えがなければ一つ質問を宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか? ゼイア殿」
「ダイクーンは何者なのですか?」
「え!? 本人から聞いていないのですか!?」
「ダイクーンは中々話してくれないのです」
「えへへ。ま、別に言わなくてもいいかなって」
「言いなさいよ、バカ! ゼイア殿はアドレグループの会長よ!? はぁー……彼は“第二宰相”です」
「なっ……ダイクーンは宰相なのか!?」
「そ。{ウィザード王国第二宰相ダイクーン・フェナメノン}。よろしくね、ゼイア」
飄々と自分の役職を明かすダイクーンに驚くゼイア、するとアスタはゼイアへ小声で質問する。
「第二……つまりどのぐらい偉いのだ? ゼイア」
「女王の次に発言権がある宰相の一人だから、シェケダン宰相の次点に当たる存在だ」
「かぁー! それをずっと黙っていたとは……これはとんだ食わせ者であるなぁ」
ダイクーンの正体に驚く二人を見て、その当人は手と首を同時に振って渋い顔を作る。
「いんや、畏まらなくていいよ? 役職上、立場は偉いけど基本業務は雑用。責任だけ大きい中間管理職って感じかなぁー。恩恵、無いよねー。うん」
「アンタねぇ、目の前にその上司がいてよく愚痴が言えるわね」
「すいやせん、ふへへっ」
「まぁ、ワタクシ的にもダイクーンに雑務をやらせるのは反対ですが……どうも、彼以上の適任がいなくて。彼は数少ない、自身の実力のみで地位を築いた者なのです」
ダイクーンは宰相という立場にありながら、基本業務が高官の仕事から下官の仕事までと異様に幅が広い。
その理由は、彼が非常に仕事の出来る男だからと言うのもあるが、もう一つに血筋がある。
彼はウィザード王政でも珍しい、所謂“血筋持ち”では無いのだ。それどころか元奴隷出だと言う。
同じ宰相のシェケダンや辺りの高官達は、軒並みサザーザウィザーの親戚である事が基本だが、彼だけは純粋な実力のみで上がって来た存在なのだと言う。
「凄まじいな……それが本当なら世紀の大出世ではないか、ダイクーン。我輩も見習いたいものだ」
「ただ、立場の割に発言権があんまり無いんだけどね……ってか、アスタも何か目指しているのか?」
「うむ。我輩はゼイアと共に財を築くのだ」
するとアスタも自分が奴隷出の者であり、ゼイアと出会った話をエドリガム達にした。
「へぇ、俺と同じ奴隷出なんだ! 見る目があるなー」
「ゼイア殿は思い切りが良い方なのですね」
するとゼイアは少し照れながら間を開け、ゆっくりとその理由をエドリガム達へ語り出した。
「アスタの型破りを気に入ったのもありますが……その実、別の理由がありましてね」
「別の理由?」
「私はアスタに面影を感じているのです。かつて“私を助けてくれた英雄の面影”です」
「む? 我輩も知らんな、その話」
「アスタにもまだ言って無かったな……私が失ったこの両脚は後天的なものだ。幼い時、馬車の衝突事故によって」
ゼイアはその場にいる皆に、自分の過去を語り出すのであった。