騎士団長の幸福 ~勇者君、君は俺の救世主だ~
「ふぅ、よしと今日はこれくらいで止めとくかな」
耕し終えたばかりの畑を見ながら俺は笑みを浮かべ満足気に息を吐き、固まった身体をほぐすよう軽く動かしながら周囲を見ると、同じように畑仕事を終えた村の皆が思い思いに休んだり話をしたりしている。
もうすぐ冬が来るからその前に冬越しできる野菜を植えなきゃならないってのに、このところ雨続きで耕せなかったからな、久しぶりに晴れた今日は村の皆総出で朝から畑仕事にかかりっきりだ。
「おうグラウス! お前んとこの畑はもう耕し終わったのか? もしも終わってんなら明日でいいから、ちょっと俺のところを手伝ってくんないか?」
肩に鍬を担ぎながら大股でこっちに来るのは隣の家に暮らしているロンさんだ。彼も朝から畑を耕していたから体中が土と汗まみれだが、見ればまだ半分も耕し終えていないようだな。
「ああ、構わないよ。でもその代わりにロンさんが作ってる果実酒をちょっと分けてくれよ。美味しく出来上がったって奥さんに聞いたぜ」
「ちっ、あいつはまた余計なことを言いやがって。はあ、仕方ねえなじゃあ明日晴れたら朝から手伝ってくれよ」
「おう任せてくれ!」
頭を乱暴に掻きながら苦笑を浮かべたロンさんは俺の出した条件に納得すると自分の畑で手を振っている奥さんのところに戻っていく、笑いながら他の皆よりも一足先に帰って行くのをちょっと羨ましく思いながら見送った。
「あーやっぱり俺には剣なんか持って戦うよりも鍬持って畑を耕しているほうが性に合ってるんだよな。やっぱり騎士なんか辞めて正解だったな」
まさか村の皆も俺が隣国で元・騎士団長を務め爵位まで持っていたなんて言っても信じないだろうな。
俺の名はグラウス。生まれはバフォル王国という国にある名前もないような小さい村の農家の出だ。貧乏子沢山の五男として生まれた俺には当然のように貰える土地などあるはずもなく、婿入りしようにも誰も相手はいなくしかも仕事もないときた。
そこで俺は仕事を求めて王都に行くことをあっさりと決めると僅かな路銀を貰って村を出た。あの頃は王都に行けばきっと仕事が見つかる、村にいるよりももっといい暮らしが出来るはずだなんて、今思えば馬鹿みたいな甘い考えをしていたもんだ。
現実は厳しく誰からの紹介も技術もない、みすぼらしい農民を雇ってくれる場所などなく、かといって村に帰ることも出来ない俺は規律さえ守れば誰でも入ることができる軍に入隊することにした。
軍の訓練は厳しいし飯も不味く泣きたくなったが給料だけ良かったから、金を貯めていつか自分の畑を買ってやろう、それまでの我慢だと自分に言い聞かせながらがむしゃらに頑張り続けていたら剣の才能があったのか出世を重ねてくうちに気づけば王国でも有数の騎士団の団長にまで上り詰め、更には幾多の戦場で功績を上げ爵位と領地までも与えられ俺は一躍平民達の憧れの的になっていった。
だが全てが俺の実力で手に入れたという訳ではなく政治的な判断とかいうものがあったからだ。
実はバフォル王国は王族と貴族が長い間、平民を蔑ろにして自分達だけが贅沢な暮らしをしてきたために、俺が騎士団長になった頃はかなり危険な状態になっていて、いつ暴動が起きても不思議じゃないほどに険悪なものだった。
それに気付いていた、宰相なんか一部のまともな奴等が何とかこの状況を改善しようとして白羽の矢が立ったのが俺だったてことだ。
平民の俺は貴族出身の奴等にやっかまれて何度も命を落としそうになるほど危険な戦場に送られたが、それでも生きて戻って来た俺は同じ平民から人気が高かった。
その俺を騎士団長の職と爵位、小さいながら領地を与えるという今までは信じられないような厚遇をすることで、少しでも貴族も平民のことを気にかけているのだとアピールしようとしたのだがハッキリと言ってこっちとしてはいい迷惑だ!
下手に爵位を与えられたせいで、これまでは全く関係がなかった貴族達までも俺のことが知られ、嫌がらせを受けるはめになっちまったんだからな。
爵位が上の貴族はもちろんのこと同じ男爵位の奴等までもが元・平民だから馬鹿にする始末だっ! 俺としては巫山戯んなよ馬鹿、文句があるなら爵位を寄越した上層部に言えよと何度思ったことか。
そして何よりも一番最悪だったのは国王に勧められて婚約をした元・婚約者の三人だ。
三人共、歴史ある名家の令嬢でそれぞれ別々の魅力を持った美しい女だった、この三人と結婚できるのなら貴族達の嫌がらせも少しは耐えてられる、そんな思いも直ぐに砕け散った。
婚約して少し経つと三人は俺の家にやって来て一緒に暮らすようになった。すると三人の恐ろしい本性と隠されていた事実が段々と明るみに出てきた……実はこいつ等は酷いヤンデレで一度好きになったらもう酷い、俺の前にも婚約者がいたのだがそいつはノイローゼになり婚約を破棄されていたのだ! それも一度だけじゃなく好きな相手が出来る度に何度も同じようなことがあったらしい!
仕事に出れば無能な貴族共に馬鹿にされ嫌がらせをされる日々、唯一心安らげる場所だったはずの家にはヤンデレ共が巣食い、少しでも俺に女の気配を感じると鬼のような形相で詰め寄られ、何度も殺されるかと思ったことか。
俺の安住の地はもうどこにもなくなってしまっていたんだ……。
ヤスリがけでもされているかのようにどんどんとすり減っていく俺の精神、半ばノイローゼになりかけていたそんな時にあの偉大な救世主が現れてくれたのだ。
何でも復活した魔王を退治するために上層部が秘術で異世界から呼び出したらしい勇者の……名前は何だったかな?
まあ、名前なんてどうでもいいか、その勇者君なんだが短い期間の修行でめきめきと力をつけていくのを見て上層部はそろそろ本格的に魔王退治の旅に出そうとしたが、流石に勇者君一人じゃ無理だろうと監視の意味も込めて何人か同行させることにしたらしいのだが、何と俺の婚約者であるヤンデレ共がその任に選ばれたのだ!
どうせ一緒に旅をするなら男よりも女のほうが良いだろうという上層部の配慮と、三人が王国の女達の中では最強だということで選ばれたらしいが正直理由なんてどうでも良かった。
勇者君と旅に出ている間はヤンデレ共から解放されて俺は自由! 短い間だけだろうがこの降って湧いた幸運に神に感謝していると良い事はまだまだ続いた。
あのヤンデレ共は勇者君と会ううちに次第に惹かれていき、その蛇のような執着心もとい好意を俺から勇者君に移しつつあるように感じられたのだ。そして勇者君も三人がヤンデレだと気付いていないのかデレデレとだらしない顔をしながら実に楽しそうに話をしていた。
これを知った時だ、俺にあの非情な人間として決して許されることではない、外道で悪魔的な考えが浮かんだのは……。
このヤンデレ共を勇者君に押し付けてしまえ。
そう思いついてから俺の行動は早かった。部下達から勇者君の話を聞き、本当にヤンデレ共に気があると確認すると、それからはもう頑張ったとも! 勇者君達の仲が深まるように気付かれないようにお膳立てをしつつ、俺は少しずつ少しずつ怪しまれないようにしながら三人に嫌われるように行動し、二ヶ月程の時間をかけて完全にヤンデレ共の好意を俺から勇者君に移すことに成功したのだ!
ここまでくれば後はもう、三人との婚約を破棄するだけだと喜んだものだが残念ながら物事はそうは上手くは進まない。
きっと三人のことだから直ぐにでも俺との婚約を破棄して勇者君と新たに婚約するもんだと思っていたのに、全然破棄してくれなかったんだよな。もしかしたら俺と婚約するときに自分達から破棄しないとかいう条件でも付けられていたのかもしれないが、それで困るのは俺だ。
こちらからは婚約破棄をすることなんて出来ないし、どうすりゃいいんだと悩み抜いた結果、またもや勇者君を利用することを思いついた。
それが三人を賭けた俺と勇者君の一騎打ちだ。
負けた方は完全に三人から手を引き二度と関わらないことを条件にしてこの話を持ち掛けると勇者君は何も考えずにあっさりと応じてくれた。
きっと勇者君から見たら、いいおっさんの俺が自分の愛している女達の婚約者だということが気に食わなかったんだろう、それと勇者である自分が負けるはずがないとも思っていたのかもしれないな。
そして始まった一騎打ちだが、あの時は本当に苦労した。何せ思ったよりも勇者君が弱過ぎて、真面目に相手をしたら間違いなく俺が勝っちまう。仕方なく気付かれない程度に手を抜き、わざと負けてやると勇者君は俺を小馬鹿にしたように笑いながら、三人を連れてさっさとどこかに行ってしまったが、こっちは嬉しさのあまり笑い転げそうになるのを必死に堪えたものだ!
ありがとう勇者君! 君こそ勇者の中の勇者だよ、俺をヤンデレ共の魔の手から救うために自分を犠牲にしてくれたんだからな!
胸中で感謝を告げつつ、急いで陛下に面会を求め、そこで俺は三人が勇者に心変わりしていたことと先の一騎打ちのことも話す、このような屈辱的なことがあってはもうこの国に仕えることは出来ないとかもっともらしい理由を口にして団長を降り、爵位も返上して引き止めようとする陛下や大臣達を無視して貯めていた金を持てるだけ持ってさっさと国を出た。
そして流れようにして行き着いたのがこの村だ、居心地が良かったこともあり村で暮らし始めてもう三年が経ち、俺は村の一員として皆に受け入れられた。
俺は今幸せだ、村の皆との付き合いも良好だし騎士団長をしていた頃のように無理に肩肘を張って生きる必要もない、そして何よりも美人というわけではないが気立ての良い優しい奥さんを娶ることが出来たんだからな、春には子供も生まれるし本当にあの国から逃げてきて正解だったよ。
そういえば前に行商人が来た時に聞いた話だと、あの勇者君も無事に魔王を封印することに成功して王国でヤンデレ共と盛大な結婚式を挙げたらしいけど、彼は幸せになれたんだろうか?
いや、きっと幸せに違いないな。何せ婚約している相手がいるのを知った上で力尽くで自分のものにする程に愛している女達と結婚できたんだからな。
最後まで読んでくださりありがとうございます。