:今生こそ思い通りに生きるのよ、エリザベス:
それから数日――王都は、シュテファンとティレイアの電撃結婚でおおさわぎだった。
誰もが二人が付き合っていたことを知らないのだから、それも無理のないことだった。
だが、リズは一人不貞腐れて、屋敷に閉じこもっていた。
「おーい、リズ、機嫌直してくれよ」
「いやよ!」
すっかり臍を曲げてしまったリズの部屋に、レオが日参していた。だが、レオは楽しそうである。
「今日は、バラの花束を持ってきたよ。リズ、バラが好きだろう?」
ドアをノックする。耳を済ませれば室内で何やら慌てる音がする。察するに、ドアに張り付いて廊下の様子を窺っていたが、ノックに驚いて飛び下がったのだろう。レオは吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
「す、す……好きよっ」
ようやく、うわずったような声で返事がある。
「お母上に渡しておくから。また来るよ」
「ちょ、ちょっと、もう帰るの?」
「お? 俺が帰ったら寂しい?」
「そ、そんなわけっ……」
「ふーん、じゃあ、またね」
レオが部屋の前を立ち去ると、慌ただしくドアが開いて完璧に装ったリズが飛び出してきた。明らかに、レオを待っていた装いである。
「レ、レオさま?」
廊下できょろきょろするリズは、完璧な装いでありながら純真無垢な少女のようである。
「本当に帰ってしまわれたの?」
「そんなわけ、ないでしょう? 俺が、きみの顔を見ずに帰るわけないんだから」
物陰からレオが出てきて、リズをふわりと抱き寄せる。ぴたり、と額をくっつけられて、かーっ、とリズの顔が真っ赤になる。頬から耳、うなじへと朱が広まっていく。
「可愛いなぁ……」
「あーん、もう! ばかっ、知らない!」
「いいじゃないか。そろそろ、機嫌直して俺と付き合わない? きみをこの国で一番幸せなレディにできるのは、俺だけだと思うけど?」
ぷくっとリズが頬を膨らませた。おや? とレオが形のいい眉毛を持ち上げて見せる。
「何か、気に入らないかい?」
「お……」
「お?」
「お付き合いだけですの? 他に言うことはないの?」
からりと笑ったレオが、片膝をついて上着のポケットから小箱を差し出した。そこにはもちろん、指輪。
「レディ・エリザベス、わたくしと結婚してください」
「はい、よろこんで――レオンハルト皇太子殿下」
やった、と飛び上がったレオがリズを抱きしめる。そっとリズが目を閉じ、レオは心を込めて愛らしい唇にキスを贈った。
※ ※ ※ ※
『はじまりの泉』では、リズの母として今生を送っている『随伴者』と、リズの転生を管理している『会社の者』がリズを見守っていた。
「今生こそは……彼女の思い通りの人生になりそうですね、今のところは」
「……だといいのですけれど、母としてはまだまだ心配です」
美貌の侯爵令嬢が皇太子と結婚した。
何事もない――保証はない。
彼女の人生はいつも、波乱に満ちて思い通りになったことは一度もなかったのだ。今回も、油断ならない。
「今生こそ、思い通りにしっかり生きるのよ、エリザベス!」
【了】