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越冬  作者: 社 やすみ
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何をやってるのよ

 雪匡の隣には見知らぬ女がいる。女というか、女の子。少女と言って差し支えないだろう。(とう)が立ってしまった私とは比べ物にならない若さに溢れている。距離があってもわかってしまう、淡い感情だけで出来たかの様な彼女の存在感は、歳をとった私にはあまりにも眩しい。


 俯く彼女は、今にも泣きそうな雰囲気で、だけど必死に耐えているのがわかる。その手は雪匡の手を握っていて、雪匡は困惑顔だ。大方、雪匡が手を出したものの、適当に逃げようとしていて、少女の方はそれが嫌なのだ。


 顔の造形が極めて整っている彼女の泣き顔は、男から見れば庇護欲をそそるだろう。あんなにも自然に整った顔は見たことがない。かつてナギサは学年いちの美少女だったが、当時のナギサとあの彼女を並べたら、ナギサはたちまち霞んでしまうだろう。それ程までに、あの見知らぬ少女は美しい。


 だが可哀想なことに、相手は雪匡なのだ。そんな生やさしい感情なんか持ち合わせているはずがない。女の気持ちは分かってるはずなのに、とことん無頓着で興味がなくて、好きなだけ遊んで、最後の一歩を踏み込まずにだらだらと続ける。それが私の知る雪匡だし、ナギサが知る雪匡もそうだと思う。もっともナギサはナギサで、人をちゃんと見ていないところがあるから、あんまり雪匡のことを深く考えていないかもしれないけど。


「何をやってるのよ」


 私が呟いた一言は、無論、雪匡に向けた呆れからの非難のつもりだった。私と同級生の雪匡は、30歳を超えたオジサンのはず。それが、明らかに10代の若い子と手を繋いでいるのだから、みっともないったらありゃしない。だけどこの一言は、私自身にも痛烈に突き刺さるもので、ただ雪匡を傍観して、ああだこうだと考えているだけの私の、それこそみっともなさが身にしみた。


 自分に軽く失望し、ため息をつきながら、私は何を見ているのだろう。まさに「何をやってるのよ」といったところだけど、長年こうやって雪匡を見続けて来たお陰で、今更何かを変えようとしても、雪匡の何かを変えられるわけじゃないのがわかってる。女の気持ちに対してとことん無責任で逃げる雪匡だからこそ、私も最終的には冷静になれるし、いわゆる浮気も容認出来るのだ。相手の子は若いから、きっととてつもなく傷つくだろう。しかしそれは私の知ったことじゃない。冷静にはなれても、人の彼氏と寝たであろう女に同情する程、私も呑気な女じゃない。熱を帯びていたであろう私の視線は、いつしか冷えて、雪匡よりも相手の子に向けられていた。


 雪匡は私のヒモ。そんな男に騙されてしまうあの子は、不幸ではあるけれど、それは無防備にボーッと生きてるバカだからだと思う。ナギサもそう。10年以上も何をだらだらと彼女面してるのよと思わずにはいられない。元ホストのヒモなんかを信じても、報われるはずないのに……なんて考えながら、私は自重気味に笑った。ああだこうだと私が何を考えても、あの子にもナギサにも関係がないからだ。あの子もナギサも、私と雪匡の関係を知らない。知るはずがない。私は肝心なことを誰にも言わずに生きてきた。一番近い存在であるはずの雪匡が、10年以上もの間続けてる裏切りすら見て見ぬふりして、ここまで言わずにきたんだから。酒屋の店主への一言が唯一の()らしではないだろうか。だから今見てるあの子とのことについても、雪匡に何も言わないまま、これまで通りやり過ごすつもり。大丈夫。私は大丈夫。……でも、無意識のうちに、再び口をついて出て来るのはまたあの言葉。


「何をやってるのよ……」


 ……何だか笑えてきた。気持ちはどこか沈むけど、もう慣れているので、雪匡に捨てられるであろう女の様子を見て心が弾む自分もどこかにいる。私は雪匡が他の女を捨てるということについてだけは、雪匡を信じられる。見ていると雪匡と少女は向かい合い、少女が雪匡の胸に顔を埋めた。若いわね、なんて思う私は薄ら笑いを浮かべていたのだけど、次の瞬間、信じられない光景を見てしまう。何と雪匡が愛しそうに彼女を抱きしめ、その頭に口づけたのだ。こんな場所で。


「何を……やってるのよ……」


 雪匡の行動は、冷えたはずの私の頭の中と胸の中をいっぺんに燃やした。あんた街中でそんなことするガラじゃないでしょう?やめてよ。何で私の前でそんなことするのよ。やめてよ。私の気持ちをかき乱さないでよ。やめてよ。


「何を……やってる……のよ……」


 こんなに気持ちがざわめくのはいつ以来かわからない。自分でも分かるくらいに険しい顔になるのもいつ以来かわからない。信号が変わり、私は足早に二人に近付く。雪匡と少女を睨む私に気付かず、二人は幸せそうに笑い合い、人目もはばからずキスをした。その瞬間、私の中で何かが弾けた。……それから数時間のことを私は覚えていない。気付くと私は買い物を済ませ、店にいて、今日の開店準備を終えていた。そして一人、虚ろな気持ちで家路について、泥のように眠った。

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