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CHERRY  作者: のの
27/35

26

吉原がおれの中で時の人となっているように、おれもまた、全校生徒の中で時の人となってしまっているらしい。

今まではまだ二年生の間だけの知名度であったのに、昨日だけで噂は一気に校内を駆け巡り、おれに対する皆の認識を歪めた。

嫌な現実だった。

現実から目を逸らしてはならない、といくら自分に言い聞かせても、もう、なんというか、やだ。もうやだ。こんな現実の中で生きるくらいなら夢の世界から帰れなくなるほうがましだ。ちくしょう。

「チェリー、大丈夫?大変そう、だね。」

麻生のふわふわした声が、おれの耳元でそう言った。

大変そう、なのではない。

大変なのである。

「まぁね……あ、ところで麻生、話って何?」

昼休みの図書室。今日はいつもより人が多い。

というか、入口で回れ右する生徒が多い。

特に女子生徒が。

ああ、だんだんわかってきた。

彼女らはおれと吉原が二人で当番するのか確かめに来たのだ。

しかし残念だったな、おれと吉原は事前に打ち合わせをし、二人で当番をすることのないようにしてあるのである。ふふふ。大いにがっかりしたまえ。

「ええと、ね、チェリーって、妹ちゃん、いたよね?」

「あ、うん、いるよ」

あいりについて麻生に話したこと、あったっけ?

「あのね、まーくんがね、この前、家出、しちゃったんだけど、」

「まーくん?」

「うちの、お兄ちゃん。」

「へえ……」

麻生に兄ちゃんなんていたのか。初耳だ。

しかもまーくん……。

それって、おれがあいりに、チェリー、なんて呼ばれてるようなものだろ?

……………。

まぁ、悪い気はしないかもしれないけど。仲良しさんってかんじで。

「お兄ちゃん、て、家出、するとき、どんなとこに行くのかな、って、思って、ね?」

「………はぁ、お兄ちゃん、ですか」

それは、人によるんじゃねぇの?

「まーくんね、ちょっとだけ、子供っぽい、ので、チェリーだったら、丁度いい、かな、って。」

どういう意味だ。

おれが子供っぽいと言いたいのか?

……なんちゃって。

いかんいかん、なんかおれイライラしてる。

これはよくない。麻生に当たっても仕方がないのに。

「んっと、ね、うちが、悪くって。その、まーくんのね、プリンを、ね、うちが、食べちゃった、から。」

「うんうん」

「あ、けど、ね、食べていい、って、言ったのは、あっくん、なんだ、けど。」

「あっくん?それもお兄ちゃん?」

「あ、うん、うちのお兄ちゃん、で、まーくんの、弟、だよ。」

「三兄妹なんだ?」

「そだよ。」

にこ、と麻生は笑った。

喋り方とかは子供みたいに拙いくせに、笑顔は大人っぽいよな、麻生って。

「そっかぁ、麻生がプリン食べたから、まーくんは怒って出ていっちゃったんだ」

「うん、多分。」

それはまあ、麻生とあっくんが悪いわな。

と言いかけて、麻生が傷つくかなぁと思い言うのをやめた。

「けどさ、おれまーくんのこと全然知らないから、どこに行くだろうとか、そんなんわかんないよ」

「………そっか。」

麻生はそう言ったが、さして残念そうでもなかった。最初から期待してなどいなかったのかもしれない。

「まーくん、」

ただ、

麻生はちょっとだけ、寂しそうな顔をした。

「うちのこと、キライになった、のかな?」

「それは無いよ!」

と、

即答すると、即すぎたらしく、麻生は驚いたようにした。

麻生だから、結構、わかりにくいけど。

結構わかりにくいけど、

それでも、麻生が嬉しそうな顔に変わった、ということは、おれにもわかった。

「ねぇ、チェリー、」

言いながら麻生は、ふと視線をおれから外した。

「んー?」

「妹ちゃん、可愛い?」

「そりゃあもう!」

胸を張って答えると、

「………ふふ。」

と麻生は笑った。

「ん?何?」

「ううん……うちも、」

ふるふると首を振って、イスの上なのに、麻生は膝を抱えた。かの天才探偵とは似ても似つかないけれど。

「うちも、まーくんとあっくんに、チェリーの妹ちゃん、みたいに、思われてたら、いいな、って、思って。」

おれもだ。

と、言いたかった。

おれもあいりに、まーくんやあっくんみたいに思われてたらいいな、と思う。

けどそれは、やっぱ難しいかな?

だってあいりだし。

「そんなの当たり前だよ」

「え?」

麻生がこっちを向いたので、おれと麻生は目が合った。

「妹が可愛くないお兄ちゃんなんて、いないんだよ」

「………そっか。」

「そうだよっ」

うなずく麻生に、おれは肯定した。おれにとってそれは、息をするみたいに当たり前のことだからだ。

「ねぇ、チェリー、」

「うん?」

「ありがと。」当たり前のことを言っただけなのに、麻生は安心したように言った。

「うんっ」

おれの言葉で麻生が元気になった。

そう思うと、なんとなくすごく嬉しかった。

「ねぇ、チェリー、」

「ん?」

「これ、あげる。」

麻生はそう言って、一枚の紙を差し出した。

あらら、これはもしや、相談に乗ってくれたお礼、みたいな?

とちょっと期待してしまったのだが、それはそんな可愛いものではなかった。

『2年7組 神波 さん

 カラフル の返却期限が過ぎています。至急返却して下さい。

 担当 麻生紗希』

「………え、何コレ」

「督促状。」

……………。

返却って、何を?

カラフルを。

カラフルってなんだっけ。

なんか聞いたことある気がするんだけど、ううむ、忘れちゃったぜぇ。

「本の、だよ。チェリー、まだ、返してない、でしょ。」

「本?おれ麻生に本なんて借りたっけ?」

「違うよ、うちじゃなくて、ここ、だよ。」

………ここ?

ここって、

ここってどこ、っていったら、そりゃあ、ここなわけで、それは少し推理するだけで容易に理解することができるのだけど、だがしかし一つだけ、ものすごく重大な否定材料が存在するため、いやそれはありえん、とおれが判断するに充分すぎるその材料を、軽い抵抗のつもりで、おれは麻生に言った。

「おれ図書室で本借りたことないよ」

「それはチェリーが忘れているだけだよ。」

たちまち打破された。

「だって、日付、一年前だもん。」

大分昔だった。

「けどおれ本当に借りた覚え無いよ?」

「だって、チェリー、大事なことほどすぐ忘れちゃうでしょ。」

「う」

ことごとく言い返されてしまったおれは、真理を突かれているぶん分が悪く、言葉に詰まって口をつぐんだ。

「うちも、これが、お仕事、だから。」

カラフル。

家に無かったらマジでどうしよう。

おれが真剣に、弁償するとしたらいくらになるんだろう、と悩み始めたその時、


その声は、聞こえた。


「ねー来てみなよ、本当に女のコがいるんだって、南中の制服着たすっごいカワイイ小学生!」

「だから、それ小学生じゃなくて中学生なんじゃないの?」

「だってどう見ても4年生くらいにしか見えないよ?あんなちっちゃい中学生いないって!」


「………あいり?」

おれは一瞬、絶対にあり得ないことを考えた。

いや無い、それは無い。

おれがカラフルを借りているという説より、まーくんが麻生を嫌いになるより、もっともっとありえない。

だって今の時間、

平日の昼間だぞ?

「だいたいさ、こんな時間に小学生や中学生が、なんで高校にいるのさ」

そうだよ。

中学生のあいりは、当然、学校に行っている、に、決まってるじゃないか。

けど、

「知らないよそんなのォ。ねぇ一緒に行こうよー」

でも、

「ハイハイ。で、どこだっけ、そのコがいるのは……3階?」

小学4年生に見えるくらい小さくてすっごいカワイイ南中の女のコ?

そんなの、

あいり以外に、ありえないし。

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