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第4話 元婚約者様、謝罪の前に噂を流す

王宮での婚約破棄騒動から、数日が過ぎた。

私は今日、中立派として知られる侯爵家が主催する大規模な茶会に出席していた。


本来なら、あのような騒ぎの直後に公の場に出るべきではないのかもしれない。しかし、ここで引きこもってしまえば、フォンドール伯爵家そのものが社交界から逃げ出したと見なされてしまう。

気丈に振る舞うことだけが、今の私にできる唯一の家の守り方だった。


だが、茶会の会場である美しい庭園に足を踏み入れた瞬間から、私を取り巻く空気は冷ややかなものだった。

誰一人として私に挨拶を寄越す者はなく、遠巻きに扇で口元を隠し、ひそひそと囁き合っている。


「……見まして? よくあのような姿で、抜け抜けと茶会に来られますこと」

「エドガー様が本当に不憫でなりませんわ。ずっとあんな方を我慢してエスコートなさっていたなんて」

「なんでも、王弟殿下に泣きついて同情を買ったそうですわよ」

「まあ、はしたない。自分の醜さを武器にして王族に媚びを売るなんて」


あえて私に聞こえるように発せられる、悪意に満ちた言葉の数々。

なるほど、これがエドガー様の選んだ手というわけか。


あの日、王弟であるクラウス殿下に一蹴され、青ざめて立ち尽くしていたエドガー様。彼からの謝罪は一切なく、代わりに社交界には私を貶める噂が瞬く間に広がっていた。

おそらく、背後で糸を引いているのはエドガー様の母上――社交界の女王と名高い、ヴィクトリア・ラザフォード侯爵夫人だろう。


自分たちから婚約破棄を突きつけた手前、息子に傷がつくことは許されない。だからこそ、私を「王族に媚びを売る見苦しい女」に仕立て上げ、正当化しようとしているのだ。


(……ええ、好きに言えばいいわ)


私は静かに息を吐き、庭園の隅にある小さなテーブルに一人で腰を下ろした。

自分の価値を低く見積もることには慣れている。彼らが私の体型を嘲笑し、陰口を叩くのは今に始まったことではない。私が傷ついた顔を見せなければ、いずれ彼らも飽きるだろう。


私は周囲の視線を締め出し、テーブルの上に並べられた見事な茶菓子に目を向けた。

色とりどりのマカロン、艶やかな果実のタルト、たっぷりとクリームが添えられたスコーン。どれも素晴らしい職人の手によるものだが、周囲のテーブルを見渡しても、令嬢たちは誰一人としてそれらに手をつけていない。

皆、砂糖もミルクも入れない澄んだ紅茶を、ほんの少し唇を濡らす程度に口へ運ぶだけだ。


たくさん食べてはいけない。それが、この社交界の絶対的な「美しさ」の基準。

選ばれるためには、自分を削り、空腹を隠し、作り物の微笑みを浮かべていなければならないのだ。


ふと、少し離れた席にいる一人の令嬢に目が留まった。

マリアベル・クライン様。この数ヶ月で、見違えるほどほっそりとした体型になったと、ヴィクトリア夫人が大層褒めちぎっていた令嬢だ。


だが、私の目から見た彼女の姿は、美しさとは程遠いものだった。

透き通るようだと称賛される肌は血の気を失って青白く、ドレスの首元から覗く鎖骨は痛々しいほどに浮き出ている。扇を持つ手は微かに震え、焦点の合わない虚ろな瞳で、ただじっとテーブルの上のタルトを見つめていた。


(……限界だわ。あんな状態になるまで、何も食べていないなんて)


彼女からは、ひどい緊張と、生命が削られていくような極限の空腹が伝わってくる。

しかし、周囲の令嬢たちは彼女の異常に気づくどころか、「今日のドレスもウエストが細くて素敵ね」「本当に素晴らしい努力ですわ」と、無責任な賞賛を浴びせ続けていた。


その時だった。


「……あ、」


マリアベル様が立ち上がろうとした瞬間、彼女の身体が糸の切れた操り人形のようにぐらりと傾いた。

カシャンッ、という鋭い音と共に、テーブルの上のティーカップが床に落ちて砕け散る。


「きゃあっ!?」

「いやだ、ドレスに紅茶が跳ねたじゃないの!」

「マリアベル様、突然倒れるなんて、なんてはしたない……」


倒れ伏した彼女を助け起こそうとする者は誰もいない。

それどころか、周囲の貴族たちは自分のドレスの汚れを気にし、茶会の空気を乱した彼女を冷たい目で見下ろしていた。


誰かを体型で序列化し、極限の我慢を強いる価値観。

それに従い、限界を超えて倒れた者にすら、手を差し伸べようとしないこの場所の異常さ。


気づけば、私は立ち上がっていた。

自分のために怒ることはできない。けれど、他人が理不尽に傷つけられ、尊厳を奪われることだけは、どうしても見過ごせなかった。


私は周囲の冷ややかな視線を押し除けて駆け寄り、冷たい芝生の上に倒れ込んだマリアベル様をそっと抱き起こした。

私の腕の中に収まった彼女の身体は、驚くほど軽く、そして氷のように冷たかった。まるで、命の灯火そのものが消えかかっているかのように。


「マリアベル様! しっかりなさって!」


私の呼びかけに、彼女は薄く目を開けたが、声を発する力すら残っていないようだった。

このままでは危ない。体温を戻し、少しでも胃に優しいものを入れなければ。


私は騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた主催者の使用人たちに向かって、はっきりと、通る声で命じた。


「甘いものと温かいスープを」

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