ふくらむおやつ
電子キーを通し、ドアが消える。
「ただい……ふがっ」
声は透明な壁に吸い込まれた。物理的に。ぶよぶよした透明なものにぶつかって。
慌てて一歩下がる。
玄関ドアの向こうが、ぷるぷるした透明なもので満たされている。
とても既視感がある見た目だ。そう……天使の奴だ。
「は?え??」
だが、天使はコップに収まる程度のわがままボディだったのに対し、ドアの向こうは部屋中がぷるぷるで満たされている。
これでは巨大なスライムだ。
――などと思っている間に、ぷよぷよはドアが開いたことで廊下に押し出されてきた。
それどころか速度を増して膨らみ続ける。
「ちょ、お前何食べた!?」
『ぷぅみ゜……』
どこからともなく申し訳なさそうな声が聞こえてくるが、膨張は止まらない。
膨れ上がるぷるぷるに廊下を端まで押しやられ、かかとがガクンと落ちた。
……階段だ!
「うわあぁぁ!!」
『み゜ー!?』
だからあれほど勝手にものを食うなと……
背中から転落しながらも、俺は反射で小言を考えずにはいられなかった。
「……っうわあぁぁぁ!!」
自分の悲鳴で目が覚める。
どこにいるか一瞬わからず慌ててあたりを見回す。
頬に触れていたのは冷たい踊り場ではなく、キッチンのテーブルだった。
「あ……あれ?」
きょろきょろと見回すが、ぷよぷよボディのあいつはいない。当然だ。
俺がうろちょろするあいつをクローゼットに押し込んだ。
なぜなら、オーブンの中で菓子が焼き上がろうとしているから。
邪魔されてはかなわない。
机の上は、料理中に天使があちこちぶつかったおかげで混沌としていた。
穀物やふくらし粉、果物の砂糖煮に調理道具などが散乱している。
どうやら手伝おうとした節もあったのだが、結果はご覧の通りだ。ため息をつきながら立ち上がり、オーブンの中をのぞく。
「どれどれ……」
マフィンはカップから頭をふんわりのぞかせはじめていた。どうやら成功だ。
漂い始めた甘い匂いに、期待が膨らむ。
俺はキッチンの惨状を片付けて天使を呼びに行くことにする。ああ、なんて心の広い飼い主だろうか。
リビングを通り抜けながら呼びかける。
「おーい、天使。もうすぐ焼きあがるぞ、一緒に食うか?」
答えは聞くまでもないが、一応形式的に聞いてやる。
そういや「いらない」なんて答えが返ってきた日にはどうすりゃいいんだろな?不調のメンテナンスなんてわからないが。
部屋の照明をわざわざつけるのも面倒で、リビングから差し込む光を頼りにクローゼットへと向かう。
「おーい、天使?」
『み゜ぅー、み゛!!』
おお、元気そうだ。
ガラッと引き戸を開ける。
そういやこれは物理扉なんだな。いきなり扉消えたりしたら中のものが転がり落ちることもあるからか。
むぎゅ。
「……ぶっ!!」
顔が何かに埋まって声がつぶれる。
ぷるぷるスライム状の何か。すごく既視感がある。
開けたドアからじわりと膨れ上がるそれは、もしかしなくても……
天使だ。
チーン、とレトロなタイマー音がキッチンで鳴った。




