表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/191

第8話 行軍

 決して十分とは言えない催眠時間だったが、身体が動かない訳ではない。

 服屋の店員達が見事に仕立てた特注品の服を着て、袖と裾を開放する。さらに腰にも皮ベルトをあしらって貰い、ウエストの調整も可能となっている。

 大満足の服だった。

 その上から純白のフード付きロングコートを羽織り、瑞竜を持って部屋を出た。

 城門前には人が溢れかえっていた。椿は重装備の兵士達をかき分けながら、知っている顔を探す。



 明峰を見つける事に成功した椿は、連れ添って鏡華の居る舞台上まで辿り着いたのだが、そこから見下ろす光景は衝撃的だった。

 とんでもなく広い城門前から溢れ出る程の兵士を目の当たりにして怯んだ。

 しかし、それは兵士達も同じだった。

 普段から椿と鍛錬する日々を送っていた者達にとって椿という存在は異世界人であり、後輩であり、癒やしであり、アイドルだった。

 その椿がフード付きロングコートで素顔を隠し、背丈ほどある大剣を担いでいるのだ。その姿は主君の守護者か目立ちたがり屋の暗殺者か。

 さらに自分達が王と崇める存在と肩を並べている。凰花 椿と自分達では存在価値が大きく異なるのだと改めて再認識すると共に、これまでの日々の習慣に感激していた。



 出陣前の大号令で兵士達を鼓舞した鏡華は豪快に、しかし美しく騎乗した。

 鏡華の駆る馬は毛並みが綺麗に整っており、丁寧に飼育されている事が見て取れた。

 椿も鏡華に倣い、練習の成果を惜しげも無く発揮し騎乗する。渾身のドヤ顔を鏡華に見せつけ馬を歩かせた。

 この世界に来た時、初めて会った發に抱っこされて馬に乗せられていた事など遠い昔の話なのだ。



 椿の所属は警邏部隊となっているが、それは領地内での話であり、戦場では異なる。

 鏡華は椿を自身の隣に置く考えだった。所謂、懐刀というものである。いや、刀として使えるかどうかは今から試すのだが。

 今回の戦は椿にとっては初陣であり、戦というものを肌で感じさせる事が目的だった。さらに可能であれば椿に人を斬らせるつもりだ。

 少し強引な気もするが、それが鏡華のやり方だった。

 今回の戦は他軍との共同戦線であり、他軍に椿の存在を知らしめる良い機会なのだが、彼が彼女になる瞬間を見せるつもりはなかった。

 かねてよりその事を何度も椿に話したのだが、隣でフードをパタパタしている小僧を小突きたくなった。



「何度も言ったけれど、貴方が女になれる事は秘密にしたいわ。私達以外の前では何があってもその帽子を取っては駄目よ」


 ここはまだ領地内であり他軍の目はない。

 椿はフードを脱ぎ、汗でへばりついた髪を解くように首を左右に振り、乱れた前髪を整えた。



「分かっているわ。でも鏡華、もし知られたとしても最初から女だったと思われるだけよ。むしろ女の姿から男に戻る方がややこしそう。ま、どうせ誰も理解できないでしょうね」


 悪戯な笑みを向けてフードを被り直す椿を並走しながら眺めていた鏡華は、小さくこちらに手招きする。

 身体を鏡華の方へ傾けた事を確認して、そっと手を伸ばし、フードの上から頭を小突いておいた。

 別に痛みはないだろう。しかし、椿はフードの上から頭を撫でて、へへへと笑っている。

 鏡華の心情としては、悪戯っ子の甥でも相手にしているようなものだった。



 今現在、椿は武器である大剣を馬の体に縛り付けて搬送させているのだが、仮に担いでいたならば、フードを脱いだ瞬間に確実に落としていただろう。

 すでに鏡華や空璃から指摘、もとい指導を受けている。

 大剣とは別にもう一つ武器を用意していると説明し、難を逃れたのだが、この世界に来てから怒られる事が多い。しかし、それも椿にとっては喜ばしい事だった。



 話は変わるが、椿の話し方は鏡華の言葉遣いと似ている。

 それもその筈。言葉遣いだけは鏡華からのみ教わっているからだ。

 この軍において一番位の高い人物からの指南を受けて目上の者、目下の者、それぞれ異なる対応方法と共に学んでいる最中だ。

 少々、壮大な態度と言葉遣いだが、それを気に留める者はこの軍には居ない。

 その他の動作――座り方、立ち方、食事方法、礼儀作法、目配せ、仕草などは鏡華の侍女や海璃達から学んでいる。

 これは鏡華の教育方針であり、無意識に公私混同せずにその場に応じた振る舞いを出来る者へ育てるという狙いがあった。

 さらに椿を警邏部隊に置いたのは、この世界の一般女性の生活や姿を見せる為でもあった。

 何も伝えてはいないが、椿はそれらの情報を取り込み、適応を始めている。



 城下や平時の城内では少女のように。

 公の場では貴族令嬢のように。

 有事の際は女帝のように。



 これが鏡華の思い描く、阿軍の姫の姿だ。

 当然、椿はそんな事は知らず、与えられた課題をこなしていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ