まだ入れない世界
駿弥視点です
「まず、君には直接警護を付けられる。組員の中から5人。君のご家族にも、1人につき1人。スケジュールを共有してもいいのなら、事前に安全確保もできる。」
1つ1つ説明を聞き、双方の都合に合致するように話し合っていく。
ずいぶんと手厚い対応がなされるようだ。当事者の俺だけでなく、家族まで対象に入れてもらえるなんて。
言うまでもなく、俺に拒否する謂れはない。これが先パイの世界にいるための条件だというなら、喜んで受け入れよう。家族のことだって、むしろ俺から申し出なければいけないことだ。
「……色々とご配慮いただいたご提案、ありがとうございます。今の内容でこちらに異論はありません。」
「そうか。それはよかった。貴斗、お前からはあるか?」
「こっちからはそれでいいんじゃない?いきなりガッツリ関わらせるのも、負担大きいだろうし。追加があれば追い追いで。」
先パイたちも了承し、この件は締結となった。
これまでにあまり体感したことのない種類の緊張感で、体がどことなく力んでいたらしい。強張った体を、軽くほぐしながら、次の話へと移った。
「で、駿弥くんからの要望なんだけど。俺単独の方がいい?組員動員してもいい?」
「……それぞれのメリットを伺いたいです。」
「俺単体なら、現時点での駿弥くんの性格とかもある程度把握してるから、すぐにでも駿弥くんに合ったカリキュラム組めるよ。組員も動かしていいなら、ほぼ毎日、駿弥くんの予定が許す限り指南できる。」
「……デメリットは。」
「俺はそういつでも時間を取れるわけじゃない。若頭って立場上、組の仕事をしないといけないし、いつでも見てあげられるわけじゃない。あと、俺のは喧嘩術を自己流アレンジしたってのも一応。」
先パイの話すメリットデメリットを聞き、自分にとって譲れないものを照らし合わせていく。
先パイだけに指南される。別に、先パイの時間を奪ってでも拘ることじゃない。俺は先パイと肩を並べたいんだ、可及的速やかに。ならば、やはり場数を踏む意味でもより多くの時間を使ってやるべきだろう。
「……俺は、可能な限り早く力を付けたいと思っています。先パイ1人に拘るつもりはありません。無論、先パイに指南いただけるなら嬉しく思いますが、それだけです。ご協力いただけるのなら、みなさんの力をお借りしたいと思います。」
「分かった。景介、人選しといて。なるべく教えるのうまそうな奴で。駿弥くんやる気みたいだし、余裕みて4人つけて。」
「承知しました。……私も加わっても?」
「好きにすれば?景介入ってくれんなら、安心だし。」
先パイの命じ慣れた声色と、会長の従い慣れた態度に、先程の考えに確信を持つ。やはり会長はここの一員らしい。なら、遠慮なく力を貸してもらおう。この世界を知る入り口にもなってもらえるかもしれない。
「会長にも手解きしてもらえるなら、僥倖です。」
「いえ。私も、若のサポートをしておりますので、同じくいつでもお相手できるわけではありませんが、駿弥くんのサポートも、能う限りさせていただきます。」
慇懃に頭を下げた会長に、校内での面影はない。化けるものだと思いながら、先パイの方を見る。
「ここまでしていただいて、ありがとうございます。……俺から提供できる対価はありますか。」
ここまでしてもらいっぱなしだ。こんなにされてばかりだと、さすがに座りが悪い。取引は対等であるべきだ。俺にできることが、例え少なかろうと、やるべきはやりたい。
俺の言葉に、先パイは目を数回瞬かせた。
「駿弥くんって、意外に義理堅いんだね。んー、別にいいよ?これは言っちゃえば、ボランティアなわけだし。対価とか。」
「……ボランティア。」
「そ。茶戸家の慈善事業。それに、これは駿弥くんと茶戸家の取引じゃん。対価を払わせるってなったら、100%こっちに関わることになるし。そんな危ない橋、ボランティアの対価に渡らせらんないって。」
先パイの言い様に、言葉にし難い寂寥感が胸中に広がった。
まだ先パイの中で、俺はお客さんなんだ。その世界は見せるけど、中枢には入れない。……早く先パイの信頼を得なければ。
先パイにも、俺が有能だと認めさせる。先パイだって、俺が優秀だと分かれば、その世界に入れてくれるはずだ。
次話から景介視点が始まります




