昔話を始めよう
景介視点です
「景介、駿弥くんの様子はどう?」
春の長期休暇に入り、若とともに仕事に追われている中、ふと若に尋ねられた。
駿弥くんが茶戸家に来てから10日あまり。駿弥くんは、毎日ここへ顔を出していた。指南役とも良好な関係を築き、畑本先生からの前評判通りの高い身体能力で日々訓練をこなしていた。
「問題はないようです。今は基礎的なことをやっているようですが、休暇中までには次に進めるかと。」
「そっか。じゃ、4月最初の土曜に、ちょっとした実戦入れようか。これ、駿弥くんに予定確認しといてよ。」
「承知しました。」
若に手渡された資料には、最近目立つ行動をしていると話題になっている学生の不良グループの名が書かれていた。
昨今の暴力団やヤクザの人材確保源は、こういった不良グループであることが多い。また、薬関係の被害に遭いやすいのも、同じくこういうグループだ。犯罪行為に引っ張り込みやすいという点で、ターゲットになりやすいからだ。
今回のこのグループも、目をつけられていると調べはついている。巻き込まれて、深みに嵌まって戻れなくなる前に、対処しておきたい。
ちょうどこのグループがこちらの世界の人間と、薬取引のために接触するらしいと話があった。それを、元は俺と若で叩こうと話していたが、駿弥くんも連れていくようだ。
「大人相手は俺らでやるけど、学生は2、3人って話でしょ?なら、駿弥くんに任せてもいっかな。景介は、駿弥くんのこともちょっとは気にかけてあげてね。」
「はい。お任せください。」
仕事の目処をつけ、今日も来ていた駿弥くんに、さっそくこの話を持っていく。
「……まじで言ってるんですか?俺に、これに行けと?」
「はい。心配なさらずとも、若と私が同行しますし、サポートいたしますよ。」
「そういう問題ではありません。……これは、どういう意図なんですか。」
「先に述べた通り、実戦経験を積ませるため、と。」
「違います。先パイは、俺をその世界に入れてもいいと判断したということですか、という意味です。」
駿弥くんの真剣な目に、少しばかり身に覚えのある、祈りにも似た懇願が見てとれ、苦笑が漏れる。
若は本当に罪作りな方だ。無自覚の内に人を魅了し、分かった上でそれとなく拒絶する。その心の内に入るのは、とても難しいのだ。
「……今はまだ、その時ではないでしょう。焦ることはありません。私も、そうでしたから。」
「会長も、ですか。」
意外そうな表情で、駿弥くんが俺を見てくる。以前お嬢にお話ししたときとは、また違った反応だな、と思った。
今でこそ、俺は若の側近として側近くに置いていただけているが、ここに至るまでに、紆余曲折あったのだ。……それはもう、大変な。
「いい機会ですし、少し昔話をしましょうか。私の話を聞けば、時間がかかるのも仕方のないことだと思えてくると思います。」
「昔話……。」
「はい。私がなぜ若の側近になったのか。なぜここまで若を尊敬しているかに関わる話です。」
「!以前言っていた、先パイへの恩ってのも関わるんですね。」
「そうですね。あの一件があったからこそ、私は若を我が唯一の主と思い定めることができたので。」
あの時が、俺の人生の最大の岐路だった。あそこでこの世界に入る選択をしていなかったら、俺はこんなに充実した人生を送らなかっただろうし、最高の趣味を見つけることもなかった。何より、一番の親友を失っていたのは間違いない。
「……会長がどうやって先パイに登用されることになったのか、気になります。ぜひ教えてください。」
ある種必死な様子の駿弥くんに、俺は昔語りを始めた。
あれは5年前、俺と若が小学生の時の話だ。




