説明と提案
景介視点です
「私の……安全、ですか?」
俺の言葉を困惑した様子で繰り返した彼女に、俺は冷静に現状を説明した。
ヤクザが裏取引していたーーしかも茶戸家に潰されたーーところに居合わせたのだ。もし顔を見られでもしていたら、どうなっていたか。考えるだに恐ろしい。
俺の説明に、やっと危機感が出てきたのか、彼女は顔を青くさせた。
「あ、あの……それって、すっごいヤバイってことですよね……?どうしよう……。」
「一応、こちらで1ヶ月警護するように、と指示を受けています。茶戸家の組員でローテーションを組み、登校時から下校時の警護、ご自宅の警備を行います。」
「え、センパイのおうちでですか?そんなことまでしてくれるんですね。」
へぇー、と緊張感のない声をあげる彼女に、またもムッとしながら話を進める。彼女と長く話している暇は、俺にはないのだ。早く今日の後処理をしなければ、若にいつまでもご迷惑をおかけするわけにはいかない。
「これについては、決定事項ですので、拒否はできません。ただ、貴女からのご要望を反映することは可能ですので、何かあれば伺いますよ。」
「要望、ですか……。例えば、どんなのならいいんですか?」
「人員や警護時の対応ですね。組員は基本男しかいないので、女性に、というのは無理ですが、年齢、外見、戦闘力、性格あたりは融通できますよ。また、不安があるようでしたら、車での送迎も可能です。」
俺が説明をすると、彼女は顎に手を当て考え始めた。
彼女が考え込んでいる間に、俺は各所へ指示を出していく。家にいる奴にも今回の件の報告に必要な書類をまとめてもらわなければいけない。やることはまだまだたくさんだ。
連絡を入れていき一息ついていると、急に彼女は声を上げた。
「私、会長とお話ししたいです!」
「……は?」
これまでの話の流れで叫ぶことはそれか?ついドスの効いた低い声で聞き返し、睨み付けてしまった。
……いや、意味不明すぎる。俺と話したいだと?今聞いてるのはそんなことじゃないし、そもそも俺は忙しい。言っちゃ悪いが、彼女にかまけている時間はない。そこまで暇じゃないのだ。
「……私の説明が悪かったのでしょうか。私は今、警護に関する要望を、と申し上げたつもりだったのですが。」
「はい!なので、その中に会長がいると、とても嬉しいです。」
「……申し訳ございませんが、私はこれでも多忙の身なので無理です。」
大きくため息をつき、呆れた声をあげる。警護の人員を話し相手か何かとでも思っているのか。……バカなのではないだろうか。
多少嫌味を混ぜ込みそう言うと、彼女は少し不満げに口を尖らせた。
「……だって、どうせなら、知らない人より知ってる人の方がいいじゃないですか。」
「……はぁ。私は人員には加わりません。そもそも、突発的な警護にまわされるほど、私は暇な立場じゃありません。業務も異なるものですし。」
「え、会長お偉いさんなんですか?」
驚いたように目を丸くする彼女は、俺の話の何を聞いていたのか。幹部候補の立場の想像くらい付くだろう。……普通の学生には分からないものなのか?俺にはもう普通が分からない。
「……私の立場は、そうですね……。副社長秘書のようなものです。秘書が工場で製品を担当するわけがないでしょう。畑違いというものです。」
「……何となく分かった気がします。そうなんですね。うぅ……じゃ、誰でもいいです……。その、あんまり怖くない人がいいです、けど……。」
「了承しました。学生生活に影響を及ぼしそうな人選はいたしませんので、ご安心ください。何かございましたら、私へご連絡を。名刺をお渡ししておきます。有事の際にはこちらへ。」
裏に手早くメアドと携帯の番号を書き、手渡す。彼女はまじまじとそれを見ると、ボケッとした声で、名刺だぁ、などと呟いている。
本当に、なぜ俺がこの相手をするのにこんなに時間を取られているのか。納得いかない。
「それでは、私はこれで。……くれぐれも、このことは言い触らさないように。己の身がかわいいならね。」
いまいち緊張感と危機感に欠ける彼女に、最後にもう一度だけ忠告しておく。
これで面倒な対応はおしまいだ。ここからは別の組員の仕事になる。俺は解放された気持ちで、足取り軽く若の元へと急いだ。