安心できる先輩のそばに
初音視点です
会長たちに指示を出し終えたのか、先輩は立ち上がり、私に手を差し出してきた。
先輩はいつでもエスコートを忘れない。すごく丁寧な優しい手つきで、最初は戸惑ったものの、今はただ照れてしまう。気遣いがこんなにできる人を、私は知らないから、余計に。
「初音、お兄さん。大丈夫とは思うけど、けがしないように足元気をつけてね。」
「はい。」
「あぁ……そっか。足元とか、全然意識になかったな。俺も初音も、裸足だもんな。」
「そーだよねぇ。こういうとこだと、ガラスの破片とか木板のささくれとかを踏んで大出血なんてこともあるから。」
先輩の忠告を聞いて、私はふと足元を見た。見た限りでは怪我しそうなものはないけれど、先輩がそう言うならそうなんだろう。気をつけなくちゃ。先輩がせっかく怪我もなく助けてくれたのに、関係ないところで無駄な怪我して、困らせるわけにはいかない。
お兄ちゃんと私は、気をつけながら私物をまとめ、先輩の家へ向かう準備をした。その間ずっと、先輩はずっと私のそばについて、まだ足の震えている私の腰を支え、転ばないようにしてくれていた。暖かい人の体温をすぐ隣に感じ、ピリピリとしていた神経が凪いでいった。
「荷物はまとまった?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ行こうか。景介。」
先輩と会長と一緒に車に乗り、先輩の家に向かう。車の中でも、先輩は隣で私を安心させるように色々と話をしてくれた。
先輩のおかげで落ち着いてきた頃、先輩の家に着いた。
「ただいま。客人だよ、もてなして。初音、お兄さん。こっちだよ。部屋に案内するね。」
会ったことのある組員さんは、私に笑いかけてくれ、お兄ちゃんにも挨拶をしてから奥へと下がっていった。それを確認すると、先輩が先を促してくる。
少し慌ただしい雰囲気の中、私たちは少し広めの部屋に案内された。
「今日は大変だったよね。ここで一旦体を休めて。今飲み物持ってこさせるよ。」
そう言って私を置いて部屋を出ていこうとする先輩に、私は慌てて駆け寄った。
今先輩と離れるなんて、冗談じゃない。先輩の近くにいるのが一番安心するのに、離れる理由がない。どうして私から離れるの、と、まるで親鳥を求める雛になったように先輩を追いかけた。
「初音?……大丈夫。廊下にいるやつを呼ぶだけだよ。」
「あ、う……す、すいません……。その、なんか、不安になっちゃって。」
「……おいで。今日は安心するまで、俺と一緒にいよう。」
手を差し伸べてくれた先輩に、私は縋るように手を伸ばした。今は先輩の優しさがただ嬉しい。
手を繋ぎ廊下に出ると、近くにいた人に先輩は指示を出した。
……部屋を出るって、たったこれだけの用だったのか。大袈裟だった、恥ずかしい。
10秒にも満たない、なんならたぶん部屋からでも先輩の後ろ姿は見えていただろうことに気づき、私は羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
「あの……ごめんなさい、先輩。こんな、すぐ終わるのに……。」
「謝る必要なんてないよ、初音。それだけのことがあったんだから。それに……こっち来て。」
しょんぼりと肩を落とした私に笑いかけ、先輩は部屋に戻らず、そのまま廊下を進み、少し離れた部屋に入った。
「少し寒いね。すぐ暖めるよ。……初音、今は初音のしたいこと、何でもするよ。俺の全力をもって慰める。何しようか。」
「……いいん、ですか?……わ、私、……先輩といられたら十分です。その、……じゃ、邪魔になったら、すぐ離れますし!それまで、近くにいてもいいですか……?」
私は顔を真っ赤にしながら先輩にお願いした。
今はただ先輩のそばにいたい。だって、安心する。でも、先輩のお仕事とかの邪魔をするわけにはいかないから、先輩が許してくれるまでで、十分だ。
「それくらい。それに、俺が初音を邪魔に思うことなんて絶対にないよ。ずっと隣にいてくれていいんだよ。」
私のわがままに、それでも先輩は笑って許してくれた。その上、ずっといていいって。先輩はやっぱり優しい。
私は少しだけ期待しながら聞き返した。いまだ熱い真っ赤な顔を隠すように俯きながら。それでも目だけは先輩を見つめ、先輩の反応を見逃さないようにして。
「ほんとに……?いいんですか?」
「っ……。……うん、もちろん、だよ。ずっと、初音のそばにいるからね。」
とろけるような優しい笑みを浮かべた先輩に、私は安堵で笑み溢れた。
「おいで、初音。俺の時間は、初音のためにあるんだよ。」
先輩の言葉に誘われるように、私は先輩の方へと近寄っていった。
次話から貴斗視点が始まります




