不穏な予感
初音視点です
「え?危ないこと、ですか?」
「うん。最近、うちの組員が絡まれててね。初音が巻き込まれないようにしたいんだ。今の時点では大丈夫なんだね。」
「はい。でも、その組員さん?は、大丈夫なんですか?けがとか……。」
先輩と2人の帰り道。先輩からの話に、私は少し不安に思いながら質問を返した。
私はまだ何もないからいいけど、絡まれたという組員さんは無事なんだろうか。
「うん。ウチの組員はみんな強いからね。ちゃんと捕まえて話を聞いたよ。そこで他の組が、ウチを狙ってるって聞いたから。」
「そう、なんですね。……私は、その、狙われる対象なんですか?」
「……まぁ、ね。初音は、茶戸家の若頭である俺の関係者。でも一般人だから、そういう状況に慣れてないでしょ?どっちかっていうと、狙いやすい存在かな……。」
「狙い、やすい……。」
気まずそうに苦い顔で言った先輩に、私は顔を俯かせて手を握りしめた。今までそんなこと考えてなかったけど、いよいよ危ないことが起こるのも想定しないといけない時が来たらしい。
顔いっぱいに不安が表れていたのか、先輩は私を安心させるように笑みを見せた。
「大丈夫だよ。初音には傷1つつけさせない。もちろん、初音の家族にもね。だから初音。もし、変だなとか、怖いなって思うことがあったら、すぐに俺に連絡してね。必ず俺が対処するから。」
「……はい。分かりました。絶対、先輩に言いますね。」
私の返事に、先輩は満足そうに目を細めた。その様子に、私は安堵で笑みを見せる。
先輩の望む応答ができたのなら、先輩の嬉しい返事ができたのならよかった。こういうことは積み重ねだ。先輩からの好感度は上げておかなくては。
「では先輩、また明日。」
「うん。初音、気をつけてね。」
家の前で別れ、私はすぐに家の中に入った。先輩の話を聞いた後だ。少し怖いし、用心して損はないだろう。
「何かあったら、先輩に言う……。うん、先輩なら絶対なんとかしてくれる。」
もう一度自分に言い聞かせ、私はリビングに向かった。
「ただいま。」
「おかえり、初音。今日も貴斗くん、送ってくれたのね。」
「うん。先輩が心配だからって。」
キッチンで夕飯を作っていたお母さんが、私に確認するように聞いてきた。
先輩は思った以上にマメで、ほぼ毎日私を家まで送り届けてくれる。早く帰れる時には一緒に徒歩で、遅い時間になるときには、車で。私が玄関をくぐるまでしっかり見届けてから帰るのだ。それはたぶん、さっき話してたことが起きないように。
お母さんも、毎日先輩が私を送ってくれているのを知ってる。だからいつも、”いつかお礼を言うから家に招いて”と言ってくる。先輩にその事を伝えても、毎回、お礼なんていいと返されるだけだから、どうしようか悩みどころだ。
「そうだ、初音。最近不審者が多く出てるみたいだし、ちゃんと気を付けなさいね。貴斗くんがいるから、滅多なことはないとは思うけど、それと初音が不用心でいていいのは違うからね。」
「不審者……。怖いね。分かってるよ。先輩にも気をつけてって言われてるんだもん。ちゃんと気をつけるよ。」
私にとって、先輩の言うことは絶対だ。逆らってもいいことなんて1つもないんだもん。だって私は、先輩に気に入っててもらわないといけなんだから。なのに、先輩の言うことに逆らったりなんかしたら、私なんてすぐに嫌われちゃうに決まってる。だから、気をつけろって言われたからには、私は気をつけなくてはいけない。
ね、先輩。私、イイ子で先輩の言うこと、ちゃんと守ってますよ。
私は心の中で先輩に呼びかけ、そう呟いた。