若とお嬢の仲の進展は
景介視点です
校門を出て、周囲に人影がないのを確認してから、俺は若に話しかけた。
「若、転入生はいかがでしたでしょうか。」
「面白いよねー。着眼点は悪くないし、一般人にしては情報の集まりもいいし、理解もいい。惜しむらくは若干の取り溢しや情報の結びつけの弱さだけど……まぁ俺らみたいに家業がどうとか、必要に駆られてってわけでもないだろうし、十分でしょ。」
若の返答に、見込んだ通りあの転入生が若の興味に触れたことを確信し、俺も機嫌よく頷いた。
「若のお眼鏡に適ったようで重畳です。私も、彼の現在の状況などを鑑みるに、およそ高い能力を持っていると推察いたしました。」
「しばらくは相手してもいいかもねー。暇潰しにはなるかも。あ、景介が育ててくれてもいいんだよ?」
「まさか。無関係の者を育てるくらいならば、若にとって有用な者を見るなり仕事を終わらせるなりしますよ。無論、ご命令とあらば、今すぐ全力でもって事に当たらせていただきますが。」
若の楽しそうな顔に笑みを返し、頭の中で教育内容を考える。若も仰っていた通り、あの転入生に足りないのは、より正確に情報を得る方法、情報を取捨選択し結びつける能力だ。茶戸家の情報部を担う立場としては、育てることに不足はない。
「いや、今はいいよ。下手にちょっかいかけて巻き込んでも面倒だし。初音、さっきはずっとほったらかしにしてごめんね。りゅーちゃんと何か話した?」
「……えと、先輩のお父さんとお知り合いだって、聞きました。その関係で、先輩とも話すって……。」
お嬢は畑本先生の過去を詳しく聞いたわけではなさそうだ。転入生の話から逸れたのに合わせて思考を浮上させ、お嬢の話に耳を傾ける。
「そうだね。俺の親父の1つ下で、高校の時知り合ったんだって。今はあんまり会ってないみたいだけど。」
「そうなんですか。先生は、今はあんまり交流がないんですね……。」
少し安堵したように肩の力を抜くお嬢に、若は静かに苦笑いを漏らした。俺も、歯痒い思いのままお嬢を見つめる。
若に止められているし、若の仰るように俺の役目ではないからやらないが、お嬢には早く若の素晴らしさを知ってほしい。知らせて差し上げたい。
「そ。まぁ、りゅーちゃん本人は俺より親父寄りだから、俺とは交流してないってのもあるんだけど。だから、りゅーちゃんは俺の仲間じゃないよ。」
「あ……私は別に……その、変なことするつもりなんて、ありませんから……!」
若のキラキラしい笑みに、お嬢は何を思ったのか、顔を青ざめさせ、一生懸命に弁明し始めた。
「別に初音のことは疑ってないよ。ふふっ。初音は思うようにしてくれていいんだよ。初音がしたいことをできるようにするのが俺の役目。初音の恋人になった俺の、取るべき責任だよ。」
「えぇ。そして、それを補佐するのが私の役目です。」
俺も、もちろん若も、お嬢が何をしようと咎める気はない。お嬢が若の手の内にある限りは、必要以上に制限するつもりはないのだ。危険が迫っていたり、知る必要がないと判断したりすればもちろん止めるが、畑本先生と話す分にはなんら問題はない。
俺個人としては、お嬢には、若のお側で掌中の珠のごとく守られていてほしいが、若はそれをお望みではない。お嬢自身が選んでその状況を良しとするのならばまだしも、あくまで、無理矢理外界との接触を断つ気はないという。それが若のご本心なら、俺はそれに従うまでだ。
「……ありがとうございます。……でも、私は先輩の意に沿わないことはしません。言ってくれたら、何だって、します。……それが、私の役目ですから。」
「……あはっ。嬉しいね、初音がそんな風に思ってくれてたなんて。初音が俺のこと考えてくれるだけで、俺は嬉しいよ。……でも初音。何でもするなんて、簡単に言っちゃダメだよ。自分を安売りしちゃだめ。いい?」
「……分かりました。」
若の言葉に、お嬢は頷いた。
キュっと握られた手が、安堵と同時に少しだけ傷ついたように見えたのは、俺の欲目だろうか。




