デミドラゴンはお怒りです。な件
森の奥に突然出現した洞窟。
その洞窟の中から感じる圧倒的な力の波動。
前進が震えるようなこの感じは、異世界に僕が転生してはじめて感じる感覚で僕は戸惑う。
まるで重石が載せられたかのように身動きがとれなくなる。
体が訳もなく、震える。
「ぴぎー(うう)」
「あら、怖がってるのねシーちゃん。私がいるから大丈夫よ、よしよし。」
僕の状態に気づいたアレックスが、僕の体を優しく撫でた。
その手の感触に、僕は多少であるが安らいだ。
「アレックスさん、逃げましょう。ど、ドラゴンなんて勝てませんよ。」
背後のミチちゃんが、顔を青ざめてアレックスにそんな事を言った。
さらにその後ろのキルトちゃんも表情こそあまり変化は無いけど、手にもった杖を体に引き付けて、体をこわばらせている。
余裕な態度を保っているのは、アレックスだけである。
さすが、一流の冒険者というべきか。
「私もミチと同意見。ドラゴンは、魔王級。いくら、アレックスさんでも勝てるとは思えない。」
異世界に転生して、そんなに日が立っていない僕もその単語の意味は知っている。
魔王。
あらゆる魔物の進化の終着点。
その存在の数は極僅かであるが、魔王へと至った魔物は人に匹敵する知性を有し、その力やスキルは通常の魔物の比ではない。
一流の冒険者であるアレックスですらも、魔王とは闘った事はないそうだ。
魔王と闘える存在は人間でもほんの一部の強者、勇者や英雄だけであると、ギルドで誰かが話しているのを耳にした。
え、じゃあドラゴンやべーじゃん。
はやく、逃げないと!!
「ぴぎっ!(逃走一択!)」
僕は前進を震わせて、そう訴えるがアレックスは僕を撫でるだけだ。
くそっ、なぜ僕はスライムなんだ!
意志疎通が出来ねえ!
今更ながらに後悔しても遅い、か.....。
「あんたたち早とちりし過ぎよ。ドラゴンっていっても、デミよ。デミドラゴン。まあ、あんたたちには早すぎる獲物であることは確かなんだけどねえ。」
デミドラゴン。
いや、知らん。
「なんだ、デミドラゴンか。」
「確かに、ドラゴンはもっと大きい、かも。」
あからさまにほっとする、美少女コンビ。
そうか、デミドラゴンはドラゴンよりも弱いんだな。
まあ、でもぜんぜん安心出来ないんですけどね、僕スライムだし。
「アレックスさん、ここにデミドラゴンが住み着いていたこと知ってたんですか?」
「まあね。でも、デミドラゴンの経験値なんて知れてるから無視しておいたんだけど、まだ討伐されていなかったようね。」
「なるほど。じゃあ、なんで今日デミドラゴンを狙いに来たんですか?」
「シーちゃんのパワーレベリングのためよ。」
二人の視線が僕に突き刺さる。
えっ、僕?
「スライムの癖にパワーレベリングなんて、羨ましい。」
「至れり尽くせり.....妬ましい。」
なんか、この二人のヘイトかなり稼いでいる気がする。
しかし、パワーレベリング、か。
ゲーム用語で、レベル制のRPGでよく使われる手法だ。
レベルの低いキャラクターを育て上がったレベルの高いキャラクターとパーティーを組ませ、育てたい方のキャラクターのレベルの適正よりも大分高いフィールドでレベルの高いキャラクターがモンスターを倒し、たくさんの経験値を稼いで一気にレベル上げをするというものだ。
アレックスは、目の前のデミドラゴンを倒して、一気に僕のレベルを上げようという魂胆らしい。
レベルが上がったとしても、スライムなんて大して強くならないのにアレックスはどうして僕を鍛えようとするのだろうか。
不満が言えるような立場でもないんだけど。
「しかし、奴さん寝てるようね。叩き起こす必要があるわ。」
「デミドラゴンは夜行性ですからね。」
「よしキルト、魔法よ魔法。デミちゃんのお尻をおもいっきりひっぱたいてあげなさい。」
アレックスに促されて、キルトちゃんが杖を掲げた。
「承知。ブレイズボール。」
杖の先に巨大な火の玉が出来上がり、キルトちゃんが杖を振るうと、火の玉は洞窟の穴のなかに一目散に飛んでいった。
「GYAAAAAA!!!」
火の玉が洞窟に入ったあと、何かに直撃した音が響き、続いてデミドラゴンらしきものの鳴き声が響き渡った。
「命中ね。」
アレックスがハンマーを構える。
次の瞬間、洞窟の中から蜥蜴に羽が生えたような巨大なモンスター、デミドラゴンが飛び出てくる。
案の定、尻尾あたりが焦げていた。
「GYA!!GUGYAAA!!」
よっぽど、痛かったのか僕たちの姿を見つけると大きくうなり声を上げるデミドラゴン。
息も荒々しく、お怒りのご様子だ。
「さあ、蜥蜴退治、始めるわよお。」




