プロローグ
私には黒歴史がある。
以前住んでいた家の隣には同じ年の双子の兄弟がいて、幼い頃、私はその兄弟とよく遊んでいた。
彼らは大学までエスカレーター式の私立学園の幼稚園に通っていて、毎日お手伝いさんに送り迎えをしてもらっているようなお坊ちゃまだったが、普通の家の子供の私とも近所の子供たちとも仲良く遊ぶようないたずら好きの楽しい子供たちだった。
私の家の裏手は彼らの家の敷地である裏山につながっていて、私たちはそこでよく一緒に遊んだ。鬼ごっこ、缶蹴り、かくれんぼ、宝探し、海賊ごっこなど。家でゲームをしたりするよりも外で遊んだ。
それがいつから始まったのかは覚えていないが、双子が親戚のお兄さんの家で仕入れてきた知識から始まったのは間違いない。彼らと私との付き合いは、私が引越しをする小学三年生の秋まで続いた。
双子の兄弟は兄が海、弟が陸といった。
母親が舞台女優さんで父親が映画監督といった背景もあり、母親似の二人は子役のように可愛らしく、ちょっとアーティスティックでもあった。それは遊びの中にオリジナリティあふれる創意工夫を凝らすというところに顕著に現れていた。
わざわざ自作のシナリオをつくって舞台を演じ、互いに演出家のようにロールプレイのチェックをしあったり、この角度での方がいい、とか、この声のトーンがいい、とか生意気にも自分たちの魅せ方をよく熟知しているようなところまであった。
そんな彼らと一緒に遊ぶ私まで指導され、ダメ出しされたりやる気はあるのかとか発破をかけられるはめに何故か陥ったが、それはまあそれで楽しめた。たまに本気で泣かされたけど。
それがいつから始まったのか、気づいたらそれはいつのまにか海賊ごっこだったり探検家ごっこだったり竜の騎士ごっこだったりと形を変えながらも常にゴールは一緒という不変のシステムになっていた。
入り口は様々でも結局、二人が囚われのお姫様を救い出して終わる。
そこまでは可愛い子供の遊びと思えると思う。
問題は、その最後の結末よりちょっと前にある盛り上がりどころ?の危機場面にあった。
遊びは基本的に一人二~三役やるために、兄弟は救い主のヒーロー役と悪者役も兼ねていた。
私もそっち側をしたいと言ってヒーロー役や悪者役をやらせてもらえることもあるが、囚われの姫役はいつも私。よって悪者にいじめられる役も私。
それは大抵、木に縛られるとか洞穴に閉じ込められるとか落とし穴に落とされるとかで、いじめ役は海と陸の二人、救い出す役も二人なわけで、最後にお礼のキスを(悪者と戦ってすらないのに?)ヒーローの二人にしてハッピーエンドとなるときにいつもなんか納得がいかなかったのも今思えば当たり前だと思う。
小学三年生の秋に私は父の実家へ家族で引っ越しすることになり、仲良しの双子兄弟と涙のお別れをして父の実家のある都会の小学校へ転校した。
それ迄住んでいたところは父の実家のあるところよりずっとのんびりしたところで、都心に出るまでに電車で一~二時間かかる。ド田舎ではないがそれほど都会というわけでもなかった。
裏山にはたぬきがいたし、蛇もいた。子供たちが悪戯をしに畑に入ると鎌を持って追いかけ回す、足切りじじいと呼ばれるおっかない爺さんまでいた。しかし新天地はコンクリートで固められた道ばかりが続いてちょっとだけ気持ち程度に残してくれたような緑地はあるけれど、臆病な動物や怖がられる蛇や虫たちが隠れられるスペースがそもそもないようなところだった。通りはいつも明るく、24時間営業のお店がたくさんあるから人の通りも途絶えることなく何となく常にあるくらいだった。公園もきれいに整備されてあるが小さい、しかもボール遊びは禁止で暗くなる前の時間に閉鎖されて鍵がかかるようなところだった。
子供たちの遊び場は家か家の前かコンビニの周辺が殆ど。つまりいつもどこかしら大人の目があるところでしか基本遊ばない。だから新しい学校での友達と遊んだりおしゃべりしているときに、あれ、と思うことがいくつかあった。でもすぐになれた。
小三の女子にしろ男子にしろ以前の学校の友達はまだまだ子供コドモしていたのに、引越して来たらこっちの子供たちは普通にませていて、大人がするようなおしゃれや芸能人の真似なんかをしていて大人っぽかった。それで私も必死におしゃれをしたりしてがんばってみたりした。あまり面白いとは思えなかったけれど、そのうちにだんだん面白くなってきてそれもなれた。
ごっこ遊びはこっちの子供たち同士でも人気だった。
ただそれは海賊ごっことか竜の騎士ごっことかではなく、好きな芸能人が出演している流行のドラマとか恋愛映画とか人気の恋愛マンガの登場人物になりきって遊ぶというシロモノで、言ってしまえば恋人ごっこだ。それは男の子とではなく女の子だけで彼役と彼女役とに分かれて演じるロールプレイで、壁ドンして甘い言葉で決めゼリフを言ってロマンチックに口説かれるとか、二人以上の男役に取り合いされるとか、女子のお姫様ドリーム全開なものが殆どだったが、たまにきわどいのもあった。
でも女子同士なのでふざけっこで終わるけど何となく秘密めいた感じはある。私は、はじめそれがキワドイものだという認識がなかった。けれど彼女たちの素振りで何かこれは秘密めいた物事に属しているのを薄々感じてはいたがいまいちよくわからなかった。そして友達に貸してもらった恋愛マンガや雑誌、DVD、そして専ら耳年増の彼女たちからのレクチャーによって初めて性についてのあれこれを知ることになったのだ。
それは、まだ子供じみた遊びが主流の脳内お花畑世界にいたあか抜けない私からしてみたら、けっこう衝撃的な目覚めだった。
何が衝撃って、それは、実は知らずに双子兄弟とのごっこ遊びの中でもじゅうぶん演じられてきていたものだったからだ。
無邪気な遊びだと思っていた海賊ごっこ遊びや竜騎士ごっこ遊びや探検家ごっこに、まさかのきわどい遊びが含まれていたのに私はとても衝撃を受けた。そして知らずに自分もしていたことと、あの悪魔の双子兄弟は知っててやっていやがった、ということに、今更になって気づいたからだった。親戚のお兄さんのところに遊びに行っては二人が何かとニヤニヤして帰って来てシナリオを書いていたのを思い出し、得た知識を活用してシナリオにませがきがエロ要素を持ち込んでいたことに、遠く離れたところに来て初めて知ることになったからだった。
恥ずかしいと思うよりもむちゃくちゃ腹が立ったが、今となっては遠く離れているので(小学生にとっては遠い距離だったのだ)、びんたや蹴りのひとつやふたつでも、三つでも四つでも何なら百発でもお見舞いしてやりたくてもそれができないのがしんそこ悔しかった。
それまでは可愛らしく互いにハガキのやり取りなんかもして近況報告をし合ったりしていたが、それはバッサリやめることにして、海と陸の双子兄弟からもらった物は怒りにまかせてすべて捨てた。お気に入りのマスコットやベネチアグラスのきれいなブローチ、可愛いノートやシール、外国の珍しい絵本なんかもあったけれど。そして捨ててからちょっと後悔したけれど。
その日から彼らは悪魔の双子兄弟として私の黒歴史の中に封印されることになったのだった。




