第三十五話 事件の後始末です
2021年8月1日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
「臭覚」→「嗅覚」
臭覚も嗅覚と同じ意味の言葉として存在しますが、「嗅覚」の方が正しいようなので訂正します。
僕たちのピンチに颯爽と現れたアレクは、たくさんの衛兵を引き連れてきていた。アレクが飛び込んできた時点で、周囲は完全に包囲されていたのだ。
結果、生き残った野盗は一人残らずお縄になりました。最初に気絶させた頭目、カレンさんが手加減して戦闘不能にした者、終盤で戦意を喪失した連中と結構な人数が捕まった。
野盗に紛れていた手練れについても、魔術師の他にカレンさんが倒した内の一人と、アレクが倒した一人がまだ息があったので治療して拘束した。
これだけいれば、背後関係とかも洗い出せるだろう。
と言うか、黒幕の目星も既についているらしい。アレクがレオンハート殿下に呼び出されていたのは、今回の動きを察知したからなのだそうだ。
黒幕はアレクを担ごうとしていた小物貴族。アレクを自分の言いなりにするために今回の事件を画策したのだそうだ。
小説の主人公は復讐のために痛めつけて殺すことが目的だったけど、この黒幕は人質として生け捕りにすることが目的だったらしい。殺してしまっても、「お前の仲間はいつでも殺せるぞ」と脅す材料になるからと安直に考えたようだ。
うーん、本当に安直だ。アレクの性格を考えたら確実に敵に回すだろうに。
そんなこんなで、この日、どこかの間抜けな貴族がレオンハート殿下にぶっ潰されることが決まりました。
普通ならば実行犯から黒幕に繋がらないように巧妙に隠されているものなのだろうけど、こんな安直で迂闊なことをしでかす黒幕なら決定的な証拠も残しているかもしれない。不穏な動きも事前に察知されていたみたいだし。
とりあえず僕もカレンさんも無事だったということで、僕たちはダンジョン探索の日々に戻ることになった。
まあ、さすがに事件の後始末の関係でダンジョンに潜る予定は数日遅れたけれどね。
「やあ、ジャック。この前はありがとう。おかげで助かったよ。」
「俺は仕事をしただけだ。気にするな。」
王都の裏路地にある怪しげな酒場で、僕は明らかに堅気でない男と会っていた。
あ、こいつは堅気でないことは確かだけれど悪い奴じゃないからね。彼は僕と同じ孤児院で育った仲間なんだ。
僕は冒険者仲間のネットワークの他にもう一つ、孤児院出身者のネットワークに属している。
孤児院出身者はどうしても社会的に立場が弱い。堅気の職業に就くにはコネが重要になるし、いざという時に頼れる人も少ない。
だから、孤児院の出身者は互いに助け合うネットワークを作った。
まあ、それでもこの世界では孤児院出身でまともな職に就くことは難しい。堅気の職はだいたいが親のコネで就くもので、だから親の仕事を子供が引き継ぐのが当たり前になっている。
逆にコネを必要とせずに誰でもなれる職業が冒険者だ。孤児院から冒険者になる者が多い理由の一つがこれだった。
そして、堅気の仕事にも就けず、冒険者にもならなかった孤児院出身者の中には、裏社会に身を置くことになる者も多い。だから、孤児院出身者のネットワークには結構裏社会の情報も流れていたりする。
今僕の目の前にいるジャック(仮名)はグレーゾーンの住人だ。裏社会にも通じた情報屋をやっている。本名はもちろん知っているのだけれど、危ない仕事をしているので通り名の「ジャック」の方で呼んでくれと本人から言われている。
「いや、ジャックが情報を流してくれたおかげでどうにか生き残れたよ。」
しばらく前から僕はジャックに依頼していたんだ。アレクのパーティーメンバーに対して不穏な動きが無いか調べるようにと。
僕が復讐者にならなかったのに小説と同じような出来事が発生するのは不気味だったし、レオンハート殿下が対応している貴族周りのいざこざに巻き込まれる危険もあった。用心するに越したことはないだろう。
幸い依頼を出すだけのお金はあった。国からの給金もあるし、探索で得た収入はアレクが即座に分配していた。さらに騎士爵に叙された時点で支度金も支給されていた。身内価格抜きにしても、ジャックに依頼を出すには十分だった。
そして、集まった不穏な情報を匿名でレオンハート殿下に密告してもらったのだ。
「あいつらは疎まれていたからな、裏社会の連中も喜んで協力してくれたぞ。」
「へー、でも野盗たちを引き入れたのは裏社会の人なんでしょ?」
「裏社会の人間で『死神カレン』と事を構える者はいない。ただ、断れない依頼人の強い要望に、妥協策として外部の野盗を引き入れたらしい。」
この『死神カレン』という物騒な呼び名は、裏社会でのカレンさんを指すものだそうだ。傭兵時代、カレンさんを雇えなかった陣営が、裏社会にカレンさんの暗殺を依頼したところ、全て返り討ちにあったのだそうだ。それ以来、どこの国の裏社会もカレンさんの暗殺を拒み、『死神カレン』と呼んで恐れているという。
裏社会って、結局社会のあぶれ者や犯罪者の集まりであって、凄腕暗殺者の集団じゃないからね。相手がカレンさんじゃ何十人集めても返り討ちに遭うだけだろう。
そんな裏社会にカレンさんの拉致や殺害を依頼しても引き受けるはずがない。
その点、大きな都市には近寄らず、裏社会の持つ情報から隔離されていた野盗にはカレンさんのヤバさが伝わっておらず、気楽に引き受けたらしい。
つまり、裏社会の連中はやりたくない仕事を外部に丸投げしたわけだ。今頃、問題の貴族と手を切ろうと裏社会の人間は奔走しているんじゃないかな。失敗すると貴族と一緒にレオンハート殿下にプチっと潰されちゃうからね。
「直接野盗を手引きした『金欠のダレン』は既に王都の外へ逃亡した。まあ、逃走資金が無くなったら帰って来るだろう。」
金欠のダレンは当局にわざと泳がされている節がある。金の匂いを嗅ぎつける嗅覚が鋭いので、大きな悪事が進むとそのお零れに与ろうと食らいつくのがダレン氏だった。つまりダレン氏を監視していれば悪事を察知するのに役に立つのだ。
「それよりも、『贖罪騎士団』の正体が、『死神カレン』個人だったとはな。そちらの方が驚きだ。」
「そうだね、あれは完全に予想外だったよ。」
『贖罪騎士団』と言うのは、孤児院出身者の間で囁かれている都市伝説のようなものだ。
各国の孤児院に名も告げずに多額の寄付をして回っている者がいる。その事実に対して、寄付の贈り主として皆でいろいろと想像して作り上げたのが『贖罪騎士団』と言う存在だ。
個人が出すには大き過ぎる金額の寄付は、何らかの組織によるものだろう。名乗り出ないのは何か後ろめたいことがあるからだろう。
そうした考察の結果、戦災孤児を量産してしまった退役軍人が集まって、贖罪のために寄付をして回っているのだろうという結論に落ち着いた。そして架空の組織に『贖罪騎士団』と名付けたわけだ。
ただの想像だったのだけど、結構いい線行っていたたわけだ。違っていたのは、組織ではなく個人だったこと、退役軍人ではなく現役の傭兵だったことくらいだ。
「まあとともかく、これからもよろしく頼むよ。」
さすがにここまでの大失敗をみて、これ以上カレンさんを狙うものはいないだろうけど、アレクの仲間はまだいる。小説の復讐イベントもエレノアさん、アリシアさん、そしてアレクと続くから油断できないしね。
「ああ任せておけ。今後裏社会は『死神カレン』とその仲間の味方に付く。何かあればすぐに伝えよう。」
王都の裏社会には孤児院の出身者がかなり入り込んでいる。彼らは犯罪者に身を落としても、孤児院出身者のネットワークに属していて仲間意識も強い。裏社会は彼らの意向を無視できない。
だから、裏社会の人間は孤児院の子供や貧民街の住人に対しては保護する方向で動く。まあ、それが余計に孤児院出身者がまともな職に就き難い要因にもなっているのだけれど。
カレンさんが孤児院を支援していたと分かった以上、そこに恩義を感じる者は多いのだ。それに元々裏社会では『死神カレン』への手出しはタブー視されていたという話だし、敵に回ることはないだろう。
「だが、あくまで裏社会の話だ。貴族が裏社会に頼らず、自前の戦力を持ち出したら分からないから気を付けろよ。」
「そっちはレオンハート殿下がどうにかしそうだけど……うん、気を付けるよ。」




