第十九話 要救助者を保護しました
後はエレノアさんだけが新装備を試していないということで――いや、アレクもカレンさんも本当の新装備は試していないのだけど――場所を移動することにした。
第三階層にはモンスター部屋の罠がある。何もない大部屋だと思って中でくつろいでいると、全方位からゾンビやスケルトンがわらわらと押し寄せて来るのだ。
気が付くと囲まれていて逃げられない危険な罠なのだけれど、範囲魔術の試し打ちにはちょうどいい。エレノアさんが失敗してもアレクとカレンさんなら殲滅できそうだし。
そういうことで、モンスター部屋の罠のある場所まで来たのだけれど――
「どうやら、先客がいたようだな。」
アレクの言う通り、先にこの場に来て罠を発動させた冒険者がいるらしい。それも、やられて撤退しているみたいだ。
部屋には戦闘の跡があり、冒険者の荷物らしきものや未回収の摩核が散乱していた。
見た感じ、アンデッドの包囲を破って脱出したみたいだけど、逃げ延びられたかどうか。
第三階層にはここと似たような大部屋が近くにもあり、そちらは『ポーターの出口』になっている安全地帯だ。
別の場所でモンスターと戦って疲弊し、道を間違えて安全地帯のつもりでこの大部屋にやって来た場合は悲惨なことになる。
「『生命探知』」
既に遠くまで逃げ延びたか、全滅している可能性が高いのだけど、念のために生存者の確認をしておく。
生命探知の魔術は文字通り生きているものの反応を探知する。アンデッドは引っかからないのでこの階層では索敵に使えないのだけど、代わりに近くにいる冒険者を見つけることができる。
アンデッドは結構鈍いから、うまく隠れれば見つからない可能性もある。まあそううまくはいかないものだけど……って、いたよ。
「アレク! 向こうに生存者!」
急いで全員で駆け寄る。ダンジョンで危機に瀕している人を助けるのは冒険者の義務だ。
「いた! アリシア!」
「はい! 『回復』!」
アレクに言われる前から魔術の準備をしていたアリシアさんが、即座に回復の魔術をかける。これで一命はとりとめただろう。
倒れていたのは小柄な女の子だった。とりあえず息はしていたけど、意識を失っていたようだ。倒れて動かなくなったので死んだものと思われたのかもしれない。ゾンビやスケルトンに念のために止めを刺すといった知恵はない。逃げた仲間の方を追って行ったのだろう。
それにしても、この娘にも既視感があるなぁ。また前世の小説かな?
いまだ意識の戻らない女の子をよく見てみる。頭には猫のような耳が生えていて、お尻からはしっぽが伸びている。この娘は獣人だ。
この世界には亜人と呼ばれる人間とはちょっと異なる種族の人たちがいる。正しくは僕たちも人族と呼ばれ、他の種族と合わせて人類の一部となるらしい。
獣人というのは、獣の特徴を持った人のことだ。狭義には二足歩行する獣のような姿の人を指すので、人族に一部獣のパーツが付いているだけのこの娘のような人は獣人と呼ばれないことも多い。
アルスター王国は人族が中心の国家で亜人はあんまりいないのだけれど、ごく少数居住している。
ドワーフのトニーさんなんかも亜人の一種族だ。もっとも、優秀な鍛冶師であるドワーフはどの国でも優遇して招き入れているのだけど。
獣人系の亜人種は、獣のような身体能力や特殊能力を持つことが多いので、国によっては冒険者として活躍する者も多いらしい。
ただ、この娘の場合は事情が少々異なるようだ。
「これは……」
アレクが女の子を見て眉を顰める。その視線の先にあるのは、首輪だった。
ただの首輪ではない。これは奴隷の印だ。そして奴隷が主人に逆らったり逃げ出したりさせないための魔道具でもある。
この国でも奴隷制度はあるけれど、この国の奴隷はかなり緩い。だいたいが期限と待遇と報酬を交渉した上で奴隷になるのだ。住み込みの労働者のようなもので、主人が奴隷に対して非道な真似をすれば罰せられる。
奴隷を隷属させる魔道具の使用が認められているのは、犯罪者に対する強制労働くらいなものだ。
ただ、国外では事情が異なって来る。奴隷を人権を持たない所有物扱いしている国も多いし、獣人差別がある国では攫ってきた獣人を強制的に奴隷にすることが合法的に認められている場合もある。
魔道具で強制されているこの娘も、そうやって意に反して奴隷にされた口なのだろう。
ああ、思い出した。この娘は小説の中で、主人公のハーレムメンバーの一人だ。名前はミーナといった。いや、その名前は主人公が付けたんだっけ。
小説では、主人公の人外ハーレムはその大部分がアンデッドで構成される。
主人公はダンジョンで死んだ冒険者を不死之王の死霊術で蘇らせ、手駒とした。その多くは意志を持たないゾンビなんだけど、一部自我を残したまま上位のアンデッドとして甦る者もいた。自我を持つアンデッドは主人公に忠誠を誓い、彼を支える部下となる。その大半が美女でハーレムになるの話の都合だね。
で、アンデッドだらけのハーレムで数少ない例外の一人が奴隷のミーナだった。主人公は彼女の主人の冒険者をプチっと殺し、そのまま自分の奴隷にしてしまったのだ。
考えてみれば、死霊術や魔道具で強制的に隷属させておいて普通に慕われるなんて都合のいい話だよね。小説なのだからそういうものなのだろうけど。
「……主人不在になっている。ここは、アレクを主人として登録すべき。」
首輪を調べていたエレノアさんが、そう提言する。
本来この国では魔道具で強制して奴隷にすることは許されていない。しかし例はある。他国で購入した奴隷を連れて入国した場合だ。
他の国で個人の財産として認められている奴隷を、勝手に解放することはできない。国によっては要人が奴隷を引き連れて訪問することもあるから、そんなことを許したら国際問題になってしまう。
国外からやって来て、戦闘奴隷を肉壁扱いする冒険者もいるけど、それを止めることはできないのだ。この国の冒険者は忌避する行為だけど、この国ではそんな人権のない奴隷は入手できないからせいぜい大切に扱えと言うことしかできなかった。
ただ、ここにも一つ抜け道がある。ダンジョン内で入手したものはその冒険者のものになる。それは各国共通のルールで、私財である奴隷もそこに含まれる。
特に、主人が死亡した奴隷の場合、魔道具にはその場で新しい主人を登録することができる。この行為はどの国でも合法で、誰も文句を言えない。
逆に、主人登録を空白のままでダンジョンに外に連れ出すと、それを検知した奴隷商が回収にやって来て面倒なことになる場合もある。
その点、王族であるアレクを主人にしてしまえばこの娘は安全になる。たとえ元の主人の仲間が生きていたとしても、アレクを相手に言い掛かりをつけることもできないだろう。
その辺りはアレクも理解している。だから渋々といった風情であったけど、奴隷の主人として魔道具に登録した。
「今日はこれで引き揚げよう。」
アレクは探索の中断を決めた。意識不明の娘を抱えたまま探索なんかやってられない。
僕たちはその場に散乱していた摩核と荷物(たぶん遺品)を回収して帰還用の『ポーター』に向かった。
途中念のために生命探知の魔術を使っておいたのだけど、他の生存者は発見できなかった。
こうして、勇者パーティーの二度目のダンジョンアタックは終わった。
けれど、ちょっ妙な気分だ。僕が不死之王にならなくてもミーナの主人は死んだようだし、小説の筋書きから離れまくっているのに僕は彼女と出会った。まあ、僕ではなくアレクの奴隷になったんだけどね。
そう言えば、小説では書かれていなかった彼女の本名が聞けるかな?




