5話 『力が欲しいか』したいだけなのに、王位継承争いに巻き込まれる
王都の屋敷。
その一室に、精悍な顔立ちの男がいた。
「レイヴン……一体、何者なのだ」
ワルター・セレスティオン、26歳。
この国の第三王子だ。
武勇にすぐれた戦士として名高く、王位継承の有力候補である。
ただ母が小貴族出身であるため、後ろ盾を持っていない。
そのため……王位を継いだ後の繁栄を約束し、邪教であるベリアル教団と手を組んだ。
ベリアル教団に、ワルターは様々な働きを期待していた。資金の獲得、暗殺者部隊の利用など。
(だが)
ベリアル教団は、なんと一日で滅ぼされた。
王位継承のライバルである、妹のリネヴェート――リネットを暗殺しにいったドロテアという女が、何故か乱心。
教団本部に戻って教主を殺害し、建物を壊滅させた。
何故か、いつもとは段違いに強かったという。
(それも不可解だが、何より異様なのは……)
教団で暴れ回るドロテアを見ていた、黒衣の男。
――レイヴン。
とつぜん騎士養成学校に現れ、リネットに剣を教え始めた。
ドロテアが乱心前に寄越していた報告書によると、凄まじい使い手だそうだ。
(しかも、それだけではない)
レイヴンは、どうやってかは分からないがドロテアを味方にし、教団を壊滅させたようなのだ。
謎は尽きない。
だが第三王子ワルターには、一つの確信が生まれていた。
(レイヴンを部下にすれば、俺は王位にグッと近づく)
ベリアル教団は無くなったが、それを補って余りある活躍をしてくれるだろう。
今や王位継承争いは、血で血を洗うものになっている。
何としても強者であるレイヴンを部下とし、優位に立ちたい。
(ヤツのもとへ、誰かを派遣――いや、俺みずから行くか)
いずれ片腕となる男かもしれない。どういう人間かもっと知りたいし、直接話してみよう。
だが勧誘に応じなければ、その場合は……
(殺す。いくらレイヴンが強かろうと、俺に敵うものか)
ワルターは、王国でも五指に入る強者であった。
ワルターは馬で、騎士養成学校の裏山へとやってきた。
ここでレイヴンは、放課後にリネットへ剣を教えているらしい。
(……む)
報告書どおり、黒衣の男がいた。あれがレイヴンだろう。
何故か、高い木の一番上で直立している。長いマントが風に激しく靡いている。仮面で表情はわからない。
一人たたずむ、その姿はまるで――
(俗世から離れ、真理を探求する隠者のようだ)
ワルターは思わず、見入ってしまった。
(いったい何を考えている? 王位継承争いの行方か。それとも、この国の未来か……)
●
(うっひょおぉ~~『超越者ごっこ』楽しいぃ~~!! んほほほぉぉお~~!!!)
僕は高い所に立つのが大好きだ。いかにも『力が欲しいか』をする超越者っぽいからね。
ときどき「また血が流れるな……」「人は、いつまでも愚かなままだ……」などと、意味深なことを呟いたりもする。
前世からの、お気に入りの遊びだ。
転生してからは風魔法も覚えたので、マントをカッコよく靡かせられるようにもなった。
そんな具合に、ひとりでキャッキャしていると、
「貴公がレイヴンだな! 話がある!」
大音声が聞こえた。
見下ろすと、立派な服を着た二十代半ばくらいの男。馬から下りて、こちらへ歩いてくる。
(誰だろ?)
木から飛び降りる。
マントを蝙蝠の翼のように広げ、音もなく優雅に着地する。僕は細部でも超越者っぽさにこだわる。
見知らぬ男は、僕から二メートルほど離れた所で止まり、
「木の上で、何を考えていたのだ?」
僕は、たっぷり間を取ってから、
「……人の世を、憂いていた……」
「やはりな」
え、周りからも、そう見えたの?
嬉しいな-、ありがとう。僕、超越者っぷりが板に付いてるんだね。
男が己を指さし、
「俺はワルター・セレスティオン……と言えば、分かるな?」
(いや、知らんけど)
でもその姓、どっかで聞いたことあるな。なんだっけ。
だが超越者としては、無知をさらけ出すわけにはいかない。なので誤魔化しておく。
「無論……」
これは『無論わからない』の略である。
だが男は頷いてくれて、
「そう――この国の第三王子。リネットの異母兄だ」
あー! 『セレスティオン』って、王家の姓か。はいはい。
リネットは『リーゼロッテ』という姓を使ってる。でもあれは偽りの姓なんだろうな。王女ということを隠してたし。
僕は尋ねる。
「で、その第三王子が何の用だ?」
「タメ口とは……まあよかろう。リネットのもとを離れ、俺に力を貸せ」
(リネットの師である僕に、『力を貸せ』か……)
別にいいよ!
貸すどころか、与えたいくらいだもん。君のスケールが大きければ、全然オッケー。
(そういえば、リネットが)
邪教であるベリアル教団の暗殺者・ドロテアに襲われたとき、こう言っていた。
『きっと、兄妹の誰かの差し金でしょう』
『兄妹の誰か』とは、おそらくワルターだろう。
ここは、襲われたのと同じ場所。暗殺者と情報を共有していたんじゃないか。
「ワルターよ、貴様はベリアル教団と繋がりがあったのだろう」
「気付いていたか。その通りだ」
いいねー。王族なのに、邪神を崇拝してるの?
(ワルターの野望は『この国を邪神ベリアルに捧げたい』とかかな?)
それなら、ラスボス級のスケールだよ。力を与え甲斐があって、テンション上がる。
だがワルターは、こう言う。
「俺にとって、ベリアル教団など手駒にすぎぬ。王位についたら切り捨てるつもりだったからな」
(あ、そうですか……)
しょんぼりする僕に、ワルターは王位についた後の野望を語る。
『遠征してオークの集落から財宝を奪う』だの、『何人もの美女を俺のものにする』だの、とにかくスケールが小さい。もう帰ってくんねぇかな。
(コイツと違ってドロテアは、力を与え甲斐があったな)
ベリアル教団に裏切られた絶望、強い復讐心、力への渇望……
彼女には素晴らしい『力が欲しいか』ができた。
思い出に浸る間も、ワルターは勧誘を続けてくる。
「俺のもとに来い。王位に就いた暁には、褒美をやろう――なんでも貴公の思いのままだ」
(『思いのまま』だと?)
少し、イラッとする。
僕は生まれた時から……いや、前世から、『力が欲しいか』をするための努力を続けてきた。
でも一番力を与えたいリネットは、全然受け取ってくれない。
それは、ワルターの部下になっても変わらないだろう。
「やめておく――貴様の部下になっても『本当に大事なもの』は思いのままにならない」
「ほう、それはなんだ?」
「リネットの、心だ」
驚いた顔をするワルター。
「ほう……貴様、リネットを愛しているのか」
(ん?)
あ、僕の言葉、そう聞こえなくもないか。
ワルターが「確かにアイツは美しいからな」と下卑た笑みを浮かべ、
「なら尚のこと、部下になれ。宮廷魔術師に、リネットへ洗脳魔法をかけさせてやる。お前の玩具にすればいい」
だから、そういう事じゃないんだよ。噛み合わないな。
「……くだらん。我がリネットに興味を惹かれたのは、見た目ではない」
「ほう?」
「気高き、魂だ」
僕は嘆息して続ける。
「去れ。これ以上貴様と話す暇はない」
超越者ごっこを再開したいからね。
すると突然、ワルターが目の前から消えた。背後から声が聞こえる。
「ならば死ね!!」
僕を殺すつもりか。
漫画でもそうだけど、なんで背後に回ったヤツって声を出すかな。無言で殺せばいいのに。
僕の首へ、刃が五センチほどの所まで来た時――
「【停止】」
時間を止めた。
振り返ると、ワルターが剣を振った体勢で止まっている。さてどうしよう。殺すのは簡単だが……
(あ、せっかくだから『アレ』やってみるか)
でもこのままだと、少し難しいかもしれない。なので魔力を練ってから、手をかざす。
「【力付与】」
僕はワルターに力を与え、強さを10倍にした。
それからジャンプし、ある物の上に乗った。
再び、時間を動かす。
「なぁッ!?」
ワルターが、大きく目を見ひらく。
当然だろう。殺したと思った人間が、かわすどころか……
振った剣の、刃に乗っているのだから。
――そう。
僕がやりたかったのは『刃に乗る』である。
漫画とかで達人が行うアレ。『ベルセルク』でグリフィスもやってたよね。
でも実行するとなれば、大きな問題がある。相手が、僕の体重を支えきれるかどうかだ。
それを解決するため、ワルターを付与魔法で強化したのである。
ワルターは叫んだ。
「貴様はやはり尋常ではない男! 俺に力を貸せ!」
(いやもう、貸したよ。君の戦闘力10倍になってるよ)
王位継承争い、もう楽勝だろ。でもワルターは混乱のあまり、気付いていないようだ。
「何度言えばわかるのだ。断る」
「――!」
ワルターが剣を捨て、懐からナイフを取り出した。
(はぁ。『刃に乗る』をやらせてもらったから、見逃そうと思ったけど……)
二度も殺そうとしてくるヤツを許すほど、僕は優しくない。
(【力付与】)
己の身体能力を100倍にし、手刀で袈裟切りにする。
ワルターはもんどり打って倒れ、血を吐きながら、
「つ、強い!! 強すぎる……!」
「ワルターよ。貴様のことは忘れぬ」
『刃に乗る』をやらせてくれたからね。
「そ、そうか……」
驚いた様子のワルター。
続いて、どこか清々《すがすが》しい笑みを浮かべ、
「レイヴンよ――違う出会い方をしていたら、我らは友になれたかもしれぬな」
それはいいや。話が噛み合わないし。
●
(さて、この死体どうしようかな)
佇んでいると、リネットが駆けてきた。
「レイヴン様!」
「リネットか……見ての通り、我はお前の兄を手にかけた」
「ワルター兄様は戦士。剣を向けた時点で、こうなることも覚悟の上だったでしょう」
さすが王位継承争いの渦中にいる王女。優しいだけでなく、こういう一面もあるようだ。
リネットが、羨望のまなざしで見上げてきて、
「でも凄いです。相手が振った剣に乗るなんて、見たことがありません」
(いやあ!!)
仮面の下でドヤ顔する。
(しかしリネット、僕とワルターのやりとりを見てたのかな)
そう思う僕の前で……
リネットは胸に手を当て、おずおずと言う。
「あの――私は、あなたの望みを叶えることはできません」
(なんだと……?)
愕然とする。リネットには一生『力が欲しいか』が出来ないのか?
「私は王女である以上、政略結婚は避けられません」
(ん?)
何の話?
「だから――貴方が私を愛していようとも、その思いに応えることはできないのです」
(はぁ!?)
あ、さっきのワルターとの会話か! やっぱそういう意味に聞こえたのか!
リネットは耳まで真っ赤にして、
「『リネットの心が大切』とか、『気高き魂に惹かれた』とか、すごく嬉しかったですけど」
モジモジ語る王女を、僕は呆然と見つめる。
「私もレイヴン様を憎からず想っております! どこか遠くへ連れ去って欲しいですッ!! …………いえ、何でもありません」
なにが『何でもありません』だよ。でかい声で全部言ってるじゃねーか!
僕は深い溜息をついて、
「ああ。理解した。理解したぞリネット」
「り、理解! いつか私を連れ去ってくれるのですか」
ああ理解したよ――お前ら兄妹とは、全く噛み合わないという事が!
(本当にドロテアは、素晴らしいヤツだった)
『出会って五分で合体』ならぬ、『出会って五分で力が欲しいか』が出来たからな。死んだのがつくづく惜しまれる。
本当に……いくら強くなっても、思い通りにはいかないものだ。
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