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現代ダンジョン ―世界は今日も世知辛い―  作者: AIやすし
第一章

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20/23

第9話 社会の仕事になる

 正式救援隊が列の前後を引き受けてから、八人の歩みは止まらず出入り口側へ続いた。


 先頭では救援隊員が帰還路の先を確かめ、後方からは別の隊員が一定の間隔で周囲へ視線を送っている。警戒を手放さないまま、列の速さは大崎を運ぶ歩調に合わせられていた。


 大崎の搬送は救援隊側へ移っている。相沢と三田村はすぐ横を歩き、地面が傾く場所では先に足場を知らせた。榎本は痛めた足をかばいながらも自分の足でついてくる。呼吸は荒くないが、着地するたびに片側の肩がわずかに下がった。


 康一の手には、もう大崎の体重がかかっていなかった。代わりに、握り直した短槍の重さと、搬送中には後回しにしていた肩の張りが戻ってきた。それでも、列の中に八人全員の姿があることを何度か確かめた。


 内部連絡拠点が近づくにつれ、人の声と無線の応答が木々の向こうから重なって聞こえた。等間隔に置かれた照明の先で、人影が横切る。救援隊員が短く現在地を伝えると、無線からすぐに返事があった。


 明かりの下へ入ると、拠点側ではすでに搬送者を受け入れる場所が空けられていた。通路を塞がないよう人が動き、戻った救援隊から管理担当者へ、移動中の変化と八人の現在位置が渡されていく。


「搬送中の方を先へ。歩ける方は列のまま入ってください」


 藤堂たちが事情を最初から説明し直すより早く指示が出た。帰還までの情報は、救援隊との連絡を通じて先に届いていた。


「救援協力側四名、遭難側四名。計八名、全員生存です」


 同行していた救援隊員が伝え、藤堂が現在の状態を補った。


「大崎さんは長距離の自力移動が難しく、搬送を引き継いでいただいています。榎本さんは歩けますが、走れません」


 相沢と三田村も、大崎を支えてきた位置と固定の状態、移動中に避けていた動きを必要な範囲で伝えた。三田村が話す間、相沢は搬送の支えが切り替わった箇所を目で追い、必要なことだけを補う。


 管理担当者は長い経過を求めず、まず八人の名前と現在の状態を一人ずつ確かめていく。


「痛みはありますが、歩けます」


 榎本が自分で答えた。大崎も搬送を受けたまま、名前を呼ばれると目を開け、短く応じる。


 康一も名前を呼ばれ、返事をした。藤堂、久我、南雲、相沢、三田村と確認が続く。返事をした者の名が一つずつ記録へ入るたび、救援隊員が持ってきた情報と、目の前にいる本人が結びつけられていった。


 拠点内の表示には、中層側からの帰還を促す案内が出ていた。別の担当者は入場記録を見ながら無線へ応答し、戻った班を確認する一方で、出入りする救援隊の動きを止めていない。


 八人が戻ってきて初めて動き始めたのではない。康一たちが帰還する間にも、管理側の対応は進んでいた。誰かが表示を更新し、誰かが記録を照らし合わせ、次に戻る者を受け入れる準備を続けている。


「遭難側四名、救援協力側四名。帰還者の照合を行います」


 担当者の指が記録を追う。


 その間だけ、康一たちは列を崩さず待った。周囲では無線の呼び出しと人の足音が途切れない。久我は通路の外側に立ったまま長柄斧から手を離さず、南雲は収めた端末へ一度目を落とした。藤堂は大崎と榎本の位置を見てから、確認中の画面へ視線を戻す。


 数十秒にも満たないはずの時間が、帰還路のどの待機より長く感じられた。


 やがて、画面を見ていた担当者が顔を上げた。


「計八名、帰還確認。行方不明者なしです」


 藤堂が長く息を吐いた。相沢は搬送される大崎へ目を向け、大崎も閉じかけた目をわずかに開く。榎本は返事をする代わりに、痛めていない足へ重心を移して立ち直した。


 危険域を抜けたときにも八人はそろっていた。だが今、その事実は康一たちだけが数えた結果ではなく、正式な帰還者の記録になった。


 詳細な事故経過は後で整理することになり、その場では境界通過に必要な確認だけが続けられた。


「外部側へ移ります。案内に従ってください」


 正式に帰還した八人は、管理担当者の案内で境界へ向かった。



 境界の前には、入るときと変わらない管理設備と通路があった。


 康一にとっては二年ほど繰り返し使ってきた場所だ。朝もここを通り、四人で通常探索へ入った。通路の幅も、足元を照らす光も、入場時の確認を受けた場所も変わらない。


 違っているのは、戻ってきた側だった。


 大崎を運ぶ足音に合わせ、装備の金具が小さく鳴る。榎本は床の境目を越える前に一度立ち止まり、痛めた足を置く位置を見てから進んだ。相沢と三田村は急かさず、その左右に残っている。


 案内に従って一人ずつ進む。大崎の搬送が先に通り、相沢と三田村がそのそばについた。榎本も自分の歩幅で続いた。


 康一の番が来た。


 肩へ掛かる装備の重さを感じたまま、朝と同じ通路を踏み、境界を越える。


 外部側の空気と明かりが戻った。皮膚に触れる空気は内部より乾き、視界の色もわずかに違う。特別な変化が起きたわけではない。それでも今日は、日常に帰るためではなく、無事の生還をかみしめながら同じ場所を通った。


 境界を抜けて数歩進んだところで、康一の背中から力が少し落ちた。警戒を終えていいと身体が理解するまで、歩数が必要だった。


 立ち止まって感傷に浸る余裕はなかった。外部側では、大崎と榎本を受け入れる医療者が待っていた。


「大崎さんの状態を引き継ぎます」


 相沢が声をかける。正式救援隊と医療側の支えが途切れないことを確かめてから、搬送中に空けていた位置を譲った。


 相沢は負傷後にどこまで自力で動けたか、どの動作で支えが必要だったかを伝えた。三田村は固定後に観察した範囲と、移動中に本人が訴えた変化を分けて説明する。分からないことを診断のように言い切らず、見たことと本人の言葉だけを渡していった。


 大崎は質問に答えられる範囲で自分の状態を伝えた。声は短かったが、相沢と三田村の説明に違いがあれば自分で補い、そのまま医療側へ移る。


 榎本にも別の医療者が声をかけた。


「歩けます。走るのは無理です。移動中、急に痛みが増えたことはありません」


 榎本はそう答え、求められた動きだけをゆっくり示した。支えを受けられる位置へ進むと、それまで自分で保っていた歩幅をようやく緩める。


 ここから先の診断や処置は、康一たちが決めることではなかった。


 藤堂、久我、南雲、康一も境界を越えた。装備を下ろす前に疲労や小さな傷の確認を受けたが、新たに動けなくなる者はいない。


 外部側へ戻った八人のうち、負傷した二人は専門の手へ引き継がれた。


 相沢と三田村が医療側の質問へ答え終え、正式救援隊員が搬送中の記録を渡す。そこで初めて、康一たちが人を支え、前後を警戒し続ける時間が終わった。



 医療側への引継ぎが進む間、康一たち四人には管理担当者から今後の扱いが説明された。


 説明を受ける場所からも、人の動きは見えていた。戻った班の確認を続ける者、救援隊から情報を受け取る者、表示の内容を確かめている者がいる。康一たちの帰還で、周囲の仕事が止まったわけではない。


 近くの表示には、中層の該当区域と関連経路について、新たな進入を止める案内が出ている。対象は全域ではなく、当日の情報と接触地点に関わる範囲に限られていた。


「原因はまだ確定していません。該当区域と関連経路は一時的に進入を制限し、確認を進めます」


 担当者は異常の正体を断定しなかった。長期の封鎖や、ダンジョン全体の危険度を変える話にもしていない。いま確認できている範囲へ人を入れず、その間に追加の情報を集めるという説明だった。


 当日入場した班の確認、未帰還者の照合、帰還を促す案内はすでに進められていた。康一が内部連絡拠点で見た表示や無線のやり取りも、その対応の一部だった。


 帰還した康一たちの情報は、何もなかったところへ最初の答えを持ち込むものではない。進行中の対応へ、現場で確認した事実を加えるものだった。


 担当者は表示から四人へ向き直り、手元の記録を切り替えた。


「皆さん四名の行動は、正式救援協力として記録されています」


 説明の対象が康一、藤堂、久我、南雲へ移る。


「救援協力報酬のほか、合理的に認定できる応急用品などの費用や、装備損傷について確認します。通常探索を中断したことも、一定の範囲で扱われます」


 久我は長柄斧の柄へ視線を落とした。藤堂の盾には樹甲獣と根穿虫を受けた擦れが残り、康一の短槍にも硬い顎へ触れた跡がある。途中で使った物も、持ち帰れなかった物も、四人にとっては今日の収支そのものだった。


 南雲は持ち帰った記録端末を開き、移動中に残した項目を指で追った。


「使用した物と、途中で減らした回収品は分けて記録しています」


「放棄した物も同じ扱いか」


 久我の問いに、担当者は首を横へ振った。


「放棄した戦利品や、拾わなかった回収物が自動的に全額補償されるわけではありません。通常探索で得られたはずの利益も、完全に保証するものではありません」


 久我はすぐに反論せず、どこからが確認対象になるのかを聞き直した。担当者も金額を先に約束せず、使用した応急用品、実際に生じた装備損傷、通常探索から救援へ切り替えた時点が分かる記録を挙げた。


 戦いの最中には一本の消耗品、一つの傷でしかなかったものが、ここでは誰が何のために使い、何が残ったかという確認へ変わっていく。


 藤堂は説明が途切れるのを待ってから尋ねた。


「私たちが提出するのは、行動経過と使用品、装備の状態でよろしいですか」


「はい。通信記録や正式救援隊側の記録もあります。皆さんには、それぞれが確認した範囲を提出していただきます」


 南雲は端末内の経路記録をもう一度確かめた。藤堂は提出が必要な項目を順に確認し、久我は実際の損傷と失った回収機会が同じ扱いではないことを聞き分けている。


 康一は示された内容を見直した。制度の細部を知っているわけではない。それでも、自分たちの判断が正式救援協力として扱われ、使った物と生じた損傷が確認の対象になることは理解できた。


 救援を選んだ四人が、すべてを無条件に自分たちだけで負担するわけではない。同時に、失ったかもしれない利益まで確定した収入として戻るわけでもない。


 管理担当者の説明が終わっても、該当区域への案内は表示されたままだった。医療側では負傷者の引継ぎが続き、救援隊の記録は管理側へ渡されている。


 中層で続いていた戦闘と搬送は、区域の安全確認、補償、記録へ形を変え、人から人へ引き継がれていた。


 事件はもう、探索者だけが抱える仕事ではなくなっていた。



 緊急の引継ぎと最初の確認が終わると、四人は外部側の通路脇で装備を整えた。


 誰もすぐには話し始めなかった。留め具を外す音、硬い装備を床へ置く音、息を吐く音が順に重なる。戦闘中は意識の外に置いていた疲労が、動きを止めた身体へ戻ってきていた。


 藤堂は盾の表面についた汚れを拭い、縁に残った擦れを指で確かめた。久我は長柄斧を横に置き、刃だけでなく柄の握りと接合部まで見る。南雲は弓の状態を確かめてから収め、記録端末が残っていることを確認した。


 康一も短槍を分ける前に、穂先と接合部を目で追った。朝に持ち込んだ荷物は軽くなっていたが、楽な一日だったからではない。肩を回すと、搬送中に固まっていた筋が遅れて痛んだ。


「本日の行動は、ここまでにしましょう」


 藤堂は三人の状態を見てから、いつもの丁寧な調子で言った。命令ではない。今日の臨時の四人が、これ以上仕事を続けないための確認だった。


「提出する記録で確認が必要になれば、改めて連絡します。今日は休んでください」


「位置と経路の記録は、提出できる形にまとめておきます」


 南雲が答えた。弓を扱っていた指で端末を持ち、内部で残した地点を短く見直している。彼女が担ったのは記録だけではない。先行、経路確認、警戒に使った情報を、次は他の人間が読める形へ戻そうとしていた。


 久我は長柄斧を収めると、康一を見た。


「伊東さん。あの樹甲獣の見立ては良かった」


「久我さんが実際に動きを見てくれたからです。あの情報だけでは決められませんでした」


「次も同じようにいくとは思うなよ。使えるかどうかは、その場で確かめる」


「はい」


 久我はそれ以上評価を重ねず、留め具を引いて斧を固定した。無条件の信頼を口にする代わりに、次も事実を見て判断すると伝える。それで十分だった。


 藤堂は久我と南雲にも一礼し、康一へ向き直った。


「予定が合うことがあれば、またお願いします」


「こちらこそ」


 固定の班を作る約束ではない。次の仕事をその場で決めることもなかった。


 それでも朝に集まったときより、三人が何を見て、どこまで任せられる相手なのかを、康一は分かるようになっていた。藤堂は全員の情報を拾って順序を決め、久我は自分で使えるかを確かめ、南雲は経路と周囲の変化を見続けた。


 八人の帰還は、康一一人の判断で成立したものではない。藤堂の調整、久我の実動、南雲の経路と警戒、康一の観察と補助。遭難側四人が自分の状態を伝え、動ける者が動き、正式救援隊が搬送と帰還路を引き受け、管理側が戻る先を整えた。それらが途切れずにつながった結果だった。


 四人は短く挨拶を交わした。久我が先に装備を持ち上げ、南雲は端末を収める。藤堂も盾を持ち直し、それぞれの一日を終えるために別れた。



 帰還直後の対応から時間を置いて、康一は管理側へ提出する事故経過の記録を開いた。


 画面には、帰還時に説明された提出項目が並んでいる。管理側には救難通報、通信、正式救援隊、他の当事者による記録が別に残る。康一が求められたのは、その全体を一人でまとめることではなく、自分が確認した経過を提出することだった。


 康一は最初の地点から出来事を時系列に並べた。


 接触した場所。確認したモンスターの種類と数。見た時点での移動方向。遭難者と合流したときの状態。選んだ帰還経路。自分で見た事実と、藤堂や南雲たちから共有された事実を、同じ書き方にしないよう分けていく。


 一度入力した順序を読み返し、前後が逆になっていた記述を直す。判断した時点では知らなかった情報が、最初から分かっていたように読める箇所では手を止めた。


 原因を先に決めると、並べるべき事実までその形に寄ってしまう。前職で記録を扱っていた頃と同じように、康一は確認事実、当時の推定、撤回した判断、現在も分からないことを別の文にした。


 中層で接触が重なり始めた時点では、モンスターが一方向から押し出されている可能性を考えていた。


 その一文を読み返し、康一の指が止まる。


 結果だけを整えるなら、誤っていた推定は消せる。だが、それでは当時なぜその可能性を考えたのか、その後どの情報で判断を改めたのかが残らない。


 康一は削除せず、先頭に当時の推定であることを示した。


 続けて、その後に確認した樹甲獣と葉翅虫の移動方向がそろわなかったこと、通常の位置に残る根穿虫もいたことを記す。同じ方向への押し出しだけでは説明できず、残る三人へ向かう途中で推定を撤回した。


 一度、そこまでの記述を読み返す。


 推定を事実のようには書いていない。撤回も、何となく考え直したのではなく、どの確認事実と一致しなかったのかまで残っている。間違っていた考えも、見直した根拠と並べれば、当時の判断経過になる。


 康一は次の項目へ移り、水系で確認した変化を記した。


 同じ日の同じ区域で、先に減水を確認したこと。その後、増水を確認したこと。


 二つの変化は同じ欄へまとめず、確認した順に別々に置いた。モンスターの配置と移動のずれについて書いた箇所とも分ける。


 両者を結びつける根拠はない。


 原因は不明。関連も未確定。


 康一はその二文から先へ進みかけ、もう一度戻った。関連を示す言葉も、無関係と断定する言葉も足していない。同じ日に確認した事実を記録から外す理由はないが、同じ記録にあること自体は因果にならなかった。


 樹甲獣前脚の負荷偏りは、事故全体の原因を示す情報ではなく、突破時に限って用いた観察として簡潔に位置づけた。どの向きへ動くかが分かったわけではなく、久我が実際の動きで確かめ、藤堂がその場の条件を見て採用したことも分けて書く。


 記録の末尾には、八人全員帰還、行方不明者なし、大崎と榎本の医療引継ぎ、関連区域の限定措置、救援協力報酬と補償の確認へ移ったことを記した。


 四人の通常探索は終わり、救援協力について康一自身に求められた記録提出も完了した。


 康一は最初から内容を読み返した。確認した事実と共有された事実。事実と推定。推定した時点と、それを撤回した時点。未確定のものには、未確定のままの言葉を置く。


 結論を急いでいる箇所がないことを確かめてから、提出する。


 表示が切り替わり、記録が受け付けられたことだけを確認した。


 八人は戻った。負傷者は医療へ渡り、区域への対応と補償処理は管理側の仕事として続いている。


 人的事故と救援の案件として、康一たちがその場で担うべきことは終わった。


 画面を閉じる前に、康一は最後の記述へ目を戻した。


 モンスターの配置と移動のずれ。減水。増水。


 それらは関連づけられず、別々の確認事実として同じ記録の中に残っている。


 康一は結論を付け足さず、そのまま記録を閉じた。


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